2008年11月18日

酒樽屋が出入りする蔵元が作った奈良漬

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酒樽屋はかつて、蔵元と対等の立場にはなく、あくまで出入りの業者の一人でしかなかったのですが、ここまで日本に於ける酒樽屋の数が減って来たりしますと、二者の関係は密になって来ます。
先日、酒樽の配達に参りました折、自作の(販売はしない)奈良漬とお茶を出して頂き、たいそう恐縮しました。
昔は酒樽屋は蔵元の店先で失礼するもので、逆はあっても このような例はありませんでした。
帰店後、画像を見て時の推移を感じる酒樽屋でありました。

書き忘れましたが、肝心の「奈良漬」は絶品で来年から市販出来そうです。

2008年11月13日

酒樽屋がつくる漬物樽(つけものだる)

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晩秋です。いえ、立冬も過ぎたのでしたね....................
酒樽の季節なのですが、漬物の季節でもあります。
酒樽屋では酒樽製造と平行して、漬物樽(つけものだる)
を作っております。


画像は二斗漬物樽(つけものだる)の中に一斗漬物樽(つけものだる)を入れ子にしたもの。
一個口になるので、運送費が安くなります。

2008年11月12日

酒樽屋の恩人古書店主死す

酒樽屋が十代の頃から、お世話になっていた大阪の古書店「浪速書林」の主人梶原正弘氏が昨日、急逝されました。
葬儀は明日13日正午、大阪府池田市新町1−16
弘誓寺(ぐぜいじ)
酒樽とは何の関係もありませんが、ご専門の近代文学とは縁のない酒樽関係の資料蒐集に随分協力して下さいました。

ご冥福をお祈り致します。

2008年11月11日

酒樽屋の前に並ぶ末竹

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酒樽(さかだる)の箍(タガ)には竹の中でも真竹のみを使います。
細工しやすく、かつ強度があるからです。

根元の部分「もと」と写真の先の部分「すえ」は切断します。
それらを使って竹杓や取手、竹釘、ささら、等を作り、残りは消却します。

何故か竹は材木より火力が強いので、冬は自宅のストーブに投げ込んで暖房用に使い、
夏は友人のピザ屋さんが軽トラックで取りにやって来てイタリア食材と交換します。

2008年11月06日

酒樽屋に酒樽が戻って来る

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世に瓶詰めの樽酒というものが流通しております。

一般に酒樽そのものを使う機会はそんなに無い事ですから、樽酒の普及の為には
有り難いことですし、皆さんも手軽に樽酒を呑む事が出来る訳です。

もちろん本当に清酒を酒樽に詰めて、木香を取るのですが、
この蔵元が使っている木香取り用木樽は、いわゆる甲付樽(こうつきだる)
ゆっくり、ほんのりとした杉の香が酒自身の芳香と数日の貯蔵期間の間にうまく、
あいまって樽酒特有ののどごしが生まれます。
ただ、ここの酒樽は甲付樽ですから、樽酒に使った後の処理に困ります。
つまり、外側の白い部分が水に弱く、長期保存用の容器には向いていないのです。

フタを抜いて漬物樽に使うには赤味樽あるいは中赤や黒樽の方が向いております。

物事には用途に適したものを使うという事が大事です。
シルクのスーツを着てマラソンに参加する人は どこにもいないでしょう。
この「甲付たる」は酒樽屋竹十の職人が一旦全部分解しフタやタガを新たなものに取り替えて、展示用や樽太鼓に改造し再利用します。

また、残念な事に底蓋と側などすべてに吉野杉を使っている蔵元は数える程です。
秋田杉や肥後杉、周山杉、木曽杉などは樽酒には向いておりません。
やはり、清酒には吉野杉が一番です。その中でも川上村産が最高です。
殊に、酒に最も長い間 触れている底(そこ)には必ず吉野杉を使うべきなのです。
酒樽屋竹十の酒樽は吉野杉を使っております。

2008年11月05日

再び消えた「樽廻船」

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路上を奇妙な形のバスが走っております。
普通のバスではないと気づき、酒樽屋が後を追いかけて行くと

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なんと数十人の乗客を乗せたまま、バスは海の中へ!!!!!
水陸両用バスだった訳ですね。
ここは神戸市灘区および東灘区で唯一、歩いて海へ行ける地点で、
樽屋竹十のすぐ近くです。

つまり、かつて酒樽を満載した樽廻船(たるかいせん)が江戸に向かった浜なのです。

スプラッシュこうべ」という企画だそうです。「飛沫」という意味ですね。
海に入る時には、確かに乗客も水浸しになります。
そういう理由ではないのでしょうが、現在は神戸市中央区のメリケン波止場からしか海には入らなくなり、灘の浜から定期的に かつての樽廻船のごとく船が出てゆく光景を眺めることは
出来なくなってしまいました。

はじめてこの企画を耳にした時は中央区の波止場から海上を遊覧し樽屋竹十横の浜に着くのかなと想像していたのですが、実際は余りに危険なので樽屋竹十付近を少し周海するだけでがっかりしました。

2008年11月04日

酒樽屋の今月の自転車 銀座のチネリ

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銀座 伊東屋のウインドーに何故か80年代のチネリのロードが,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,

左のホイール振れ取り台や小物を見る限り、どうやら横尾双輪館あたりに協力を仰ぎ、
展示した模様です。
コンポーネンツはカンパニョーロのグランスポルトですが、CINELLIのロゴは新しい方。

実際はここで大々的に売っているフライターグをメッセンジャーよろしく肩にかけろというつもりなのでしょう。

2008年11月03日

酒樽屋の「手前味噌」

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味噌だるの御注文は全国から頂くのですが、
恥ずかしながら、樽屋の親方もその女房も味噌を作った経験がなく、
皆さんの様々な問合せに対し具体的に返答する事が出来ず困っておりました。

味噌だる自体は売るほど持っているのですが、味噌をこしらえるのは初めてです。
今年の冬に、友人からもらった大豆、樽屋竹十が納めた木樽で作られた天草の塩、
そして麹は泉酒造の西野さんに分けてもらった山田錦の米麹と いい材料で仕込みました。

初めてながら、ご覧のように美味しく出来ました。
表面の白い黴はチーズのそれと同じで害はありません。

2008年11月02日

酒樽屋が出荷する樽太鼓

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さる幼稚園からの依頼で樽太鼓をたくさん出荷しました。

本来、この時期は樽太鼓の注文が止まり、漬物樽、味噌だるの注文へ移行する頃なのですが、
祭りや音楽会が終わりますと樽太鼓も相当痛みますから、来年用に新調される方もいらっしゃる訳です。
この幼稚園は少し時期が遅くて、11月に音楽会を催されるらしく、樽太鼓が急遽必要になり、
注文下さったようです。
樽屋竹十の樽太鼓の在庫は他の木樽に比べると多い方なのですが、手持ちの樽太鼓では数が足らず、
慌てて、残業して納期に間に合わせました。
ですから、樽屋竹十には樽太鼓の在庫は今はありません。
来週、酒樽を作る合間に又、30個ばかり作らねばなりません。

写真の右に写っている丸いものは、醸造用桶の底です。
これも分厚い吉野杉で出来ております。

2008年11月01日

十一月、霜月、昴宿、漬物だる

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ようやく、「秋」です。植物の季節です。
紅葉もしていないし、昼間はシャツ一枚でないと暑かった時期が続きましたが、
ここのところ、朝晩涼しいどころか寒くなって来て、風邪を召される方も続出。
このまま一気に「秋」を飛ばして「冬」に突入の兆しです。
日本だけが持つ「秋」の期間が年々、短くなって行くような気がします。
確か「春」の頃もそうでした。
日本特有の四季というものが無くなって、夏と冬だけになってしまう時代が来るのも
時間の問題かも知れません。

写真は酒樽を再利用した植木樽ですが、
暦によれば11月は大根を漬けるのに最適な時期、漬物だるの注文が増えております。
つまり、「たくあん」作り用ですね。

漬物だるも某国製のプラスチックでは気味が悪い、陶磁器のカメでは水が上がる
というので、吉野杉製の漬物だるに代える方が殆どです。

2008年10月30日

爆発寸前の漬物樽(だる)

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これは、日本ではなく北フランスの光景です。
どこの国でも木樽は年々減って来て石油を原料とした化学物質製の容器が99%を占めるようになりました。

この容器は草入れに使っていますが、余りに大量に入れたためと経年による劣化のために
側面が割れて来ております。ますます亀裂は広がって、爆発するのは時間の問題でしょう。

こういった人工樹脂による容器は安価で扱いも簡単なので1970年頃から急速に普及した事は皆さんの家の中にある各種容器をご覧になればお判りかと思います。

ただ、その反面、どの町にもあった桶屋さんが壊滅状態になり、樽屋も需要が激減しました。
また外材に押されて内材が売れないものですから日本の森林も手入れをしないものですから、
荒れ放題になってしまいました。
竹もしかりです。
今頃になって、昔の方がよかったから元に戻せと言われても、手遅れです。
職人もいなくなり、技術の伝承もされることなく消えてしまいました。


「たるや竹十」では、古い資料を参考にして昔の製法を復元し、材料は各地の業者の協力のもとに良質の木樽を作るよう心がけております。


2008年10月29日

酒樽屋を撮るアマチュアカメラマンとウーマン

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酒樽屋も観光地化してきて、アマチュアのカメラマンや日曜画家たちがよく来訪します。

左側に見える出来立ての酒樽よりも
「たるや竹十」の店先に並んでいる古樽がお気に入りのようです。
古樽やタガを並べている木製の棚は醸造用の桶を干すためのもので、決して古い酒樽(さかだる)を並べるためのものではありません。
普通に「たな」と呼んでいますが、特別な呼び方があるのかも知れません。
暖気樽を乾かす棚はもっとシンプルな形をしていて「ぬくめだな」と呼びます。

2008年10月26日

酒樽屋のお八つ 其の貳拾肆

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地元では知らない人はいない「大西商店」の焼きまんじゅうです

注文を受けてから三代目の店主自ら焼いてくれます。(一人で切り盛りしているのですが)
ご覧のように、この日は5個頼んだのです。
自家製の美味しい餡とカスタードの二種あり。
一個なんと80円
どこのデパ地下に行っても売っていませんよ。
たこ焼きも人気商品のひとつ。

夏になると、「アイスもなか」が人気になります。
何故か今の季節でも「かき氷」が食べられるのも不思議です。
店内でも食べられるようになったのですが、扉は開けっ放しですから。

神戸市東灘区御影本町 2-17-10
10:00~20:30頃

078-811-2114
不定休


2008年10月25日

新潟の樽太鼓(たるだいこ)


秋祭りにおける樽太鼓の極めつけは、やはり「にいがた総おどり」でしょう。
かつて農民たちが三日三晩、樽太鼓を叩き下駄を鳴らして踊り続けたという祭りを
地元の若い有志たちと企業の協賛を得て復活させ、動画の中心で樽太鼓を叩いている永島鼓山先生の指導の元、祭り好きの若い男女の共鳴をバックに今や新潟を代表する祭りに発展しました。
たるや竹十へもメンバーの一人佐藤さんがわざわざ訪ねて来てくれて、強いバチにも耐えられる特殊な樽太鼓を何種も試作し、現在の新潟専用強化型樽太鼓が完成しました。

来年こそ、この祭りに参加するつもりでおります。

  水の新潟〜〜〜〜〜〜〜〜
 
  末は万代ばんだい はしゃ長い はしゃ長い
  とんとと たたけよ 樽たる砧 きぬた 港にお船が よってきた
  (サアサ ハラショ ハラショノロンロン) 北原白秋作詞「新潟小唄」

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新潟樽きぬた ~明和義人口伝~ という本が出たというので、昨年早速注文しましたが、
残念ながら、内容は「祭り」から少し外れていました。

2008年10月24日

金比羅山に酒樽を発送する

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四国の金比羅宮の祭に「流し樽」という儀式があります。

宮本昌孝氏の「こんぴら樽」という小説の冒頭で簡略に説明されているので紹介します。

「こんぴら樽(だる)」。
流し樽、流し初穂ともいう。
金比羅参りをしたくとも、自分では参詣出来ない者が[奉納金比羅大権現]の旗を立てた
空き樽に初穂料を入れて、これを海に流すという習わしである。
俗謡にいう。

 沖のかもめか こんぴら樽か
 今もゆらゆら 波の上

こんぴら樽を拾った者は、金比羅宮へ代参して、これを奉納しなければならぬ。」

  講談社 1995年初版 後に改題して文庫化 初出同年刊「季刊歴史ピープル」初夏号
                           「りや女の仇討ち」を改題

今では、地元の各企業が祭に協賛して各社の旗を酒樽に付け、
海には流さず直接、金比羅宮に奉納するようです。
一空樽(一度酒樽に使った古樽)が現在は入手し難くなって来たので、
樽屋に新しい酒樽の注文が入ります。
奉納する酒樽ですから、普段より襟を正し、材料も心持ち良いものを吟味して作ります。

写真は昨年、若冲と応挙の展覧会を観に行った折に最上段まで登って撮影したもの。
因に酒樽の中でも上段左の縄の架かっていない物は本当に酒樽として使われた「一空樽」で
「たるや竹十」製ではありません。

全ての酒樽には三ツ輪掛けという特殊な縛り方の縄を掛けて奉納します。

2008年10月23日

酒樽屋の前を神輿が通る

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まことにローカルな町内の話です。
秋祭りの季節です。
「たるや竹十」の前で町内の神輿が御祓の儀を執り行なってくれました。
樽屋の前には、いつも出荷待ちの酒樽や漬物樽がたくさん並んでいるのですが、
この日は日曜日、酒樽類を全て片付けてしまっていたので、慌ててひとつだけ樽太鼓を店内から
出して来ました。
樽太鼓だけではなくて、酒樽も出しておけばよかったと後悔するも
来年から、祭り前のは きちんと店舗前も掃除しておこう。

神輿を担ぐのは知った顔ばかり。
酒樽屋の主人も、この祭りに参加したいのですが全国各地で同時期に秋祭りや秋の音楽会が続き、それに使う酒樽や樽太鼓の製作に夜なべが続く時期ですので練習に出る時間がとれないのです。

2008年10月22日

酒樽屋の蟲養ひ 其之玖

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虫養ひには少々、量が多いかも知れませんが、大阪高麗橋のすし萬の詰め合わせです。
もちろん名物「雀鮨」も入っています。

雀鮨に限ってだと記憶しますが、今でも薪を使い竃(かまど)で米を炊いている所が、
どこか「たるや竹十」と共通する気がします。
頑固という事とは違うのです。そうしないと美味しいものを作る事が出来ないのでしょう。
創業から300年以上、同じ製法を続けておられるようです。
雀鮨は小さな木桶に入って販売されています。

2008年10月21日

大桶における杉と竹の妙

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写真は大桶ですが、酒だるでも同じ状態になります。
経年と共に吉野杉は冬目が立ち、夏目が縮み、美しい木目を見せて来ます。
吉野杉は、このように時間が経っても元の木目が秀でているので趣のある風景を醸し出してくれます。
竹は青竹から白味を帯び、更に年月を重ねると飴色になります。
この大桶は50年ほど前に作ったものですし、屋外に置いてあったので、組輪の竹は色褪せて来ています。
竹の退色は誰にも止める事は出来ません。
塗装したりラッカー仕上げや木工用ボンドを塗ったりする事は後年、酒樽や桶を
むしろ見苦しくしていまいますから、おすすめ出来ません。


2008年10月20日

笑う酒樽(さかだる)

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それこそ江戸川乱歩の新発見小説のタイトルのようですが、
酒樽(さかだる)は怒ることはありませんが、笑うことは稀にあります。

正確には竹の箍(タガ)が笑うのです。
細長い割竹を丸く巻く時にどうしても、自然の形に逆らって巻く訳ですから
決まった位置に竹が入らず、一部飛び出してしまった状態になることもあります。
これを見落として酒樽(さかだる)にしてしまった場合、職人たちの間では「酒樽(さかだる)が笑っている」と言います。

実際に職人の間では恥ずかしいことなので、職人が実際に笑う訳ではありませんが、
作った方の職人は自分の技量を笑われている気分になります。

勿論、「たるや竹十」としては商品にならないわけですから、箍(タガ)の工程は一から作り直し出荷します。

「わらう」には「咲う」という書き方もあり、つぼみが開いたり実が熟して皮が裂けることや、縫い目がほころびる意味になります。
「樽がわらう」という場合は、こちらの意味の方が近いかも知れません。

ほっこんとわろうて栗の落ちにけり(尤草子)

2008年10月19日

樽酒(たるざけ)売り切れる。酒樽屋は忙しい

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いつも「金盃」の酒を「たるや竹十」の酒樽に入れて、置いてもらっている神戸の居酒屋「森井本店」では、この気候なのに樽酒が人気で、ついに「うりきれ」!
もちろん翌日、新しい酒樽を配達しましたから、今日からは安心して たっぷり呑めます。

ここ森井本店では真夏でもよく売れて関係者を驚かせました。
冬はどれ位でるのでしょう?
酒樽が間に合うかな?