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樽酒 アーカイブ

2006年02月25日

樽屋、樽酒で陣中見舞い

 

アヴァンギャルド書家米岡満寿美さんの個展がギャラリーミウラで催されました。
樽屋ですから、花束代わりに「おうち樽酒」(高さ、僅か16センチ)を持参しました。杉樽の腹書(表のラベル)には
米岡酒造の満寿美と和紙に手書きしたら好評でした。限定一部の一升樽です。
「真澄」という銘柄は存在しますが、「満寿美」という地酒は、この夜限りの幻の酒です。

2006年02月26日

杉樽で樽酒が呑める店

東京、大塚の「江戸一」さんでは「泉正宗」醸の清酒が「たるや竹十」謹製の特上四斗樽から直に呑むことが出来ます。
灘から江戸へ運ばれていく間に、まろやかな吉野杉の木香が灘の生一本と一体になります。
昔は、日本酒といえば樽酒で、この呑み方が当たり前でした。


       雑誌「サライ」2002年6号(通巻305号)より

2006年03月04日

樽屋、杉樽を出荷する

2月26日にエントリーした東京、大塚の「江戸一さん」から、注文が入ったので、早速、杉樽を届けました。
これは、「仮巻き」といって菰を巻かない裸の樽です。正式には薄い菰をくるんでいましたが、数年前から、それも略して本当の「裸樽」に縄を「三つ輪がけ」して出荷しています。樽屋にとっては折角つくった樽をコモで隠されるのは長年の風習とはいえ、不本意なことです。
菰屋さんには悪いのですが「杉樽たる」は、やはり木目の美しい吉野杉と青竹を見てもらいたいものです。

「江戸一さん」以外ですと季節限定ですが、横浜の「キンパイ酒店」でも杉樽の樽酒を呑むことが出来ます。
どちらの居酒屋さんでも、使い終わった杉樽は近隣の小学校などに引き取られていくそうです。
樽太鼓として、第二の人生をおくる訳です。
ただし一度、酒を入れた杉樽は乾燥してしまって、楽器としては、余り良い音は出ません。
↓のように竹のタガを締め直してやらないと半年位の命です。

2006年03月22日

花見前の樽屋は大忙し

この時期、樽屋の竹十は四斗樽や、二斗樽をたくさん作って各地に発送します。
三月も半ばを過ぎると、各蔵元は花見に持って行く酒樽の準備にかかるのです。

一般のお客さんも注文に来られて、今の樽屋は年末に次ぐ繁忙期です。

昔は、桜見といえば酒樽を持参することが風習でした。
今ではドイツ人の真似をしてビールを呑む人が増えましたが、
日本人にとって桜といえばやっぱり清酒なのです。

2006年10月30日

樽酒のおいしい季節になりました

秋の京都の宵、「おめん」に、ふらりと寄りました。

偶然、座敷で隣り合わせた、ご婦人お二人が注文なさったのは樽酒。
このお二人は樽酒が、めっぽう、お好きな様子で、暖簾ごしに樽があることを確かめてから入店されたとか。

「おめん」で樽酒が呑めるのは毎年10月から4月のみです。

なみなみと枡に注がれ、余りにおいしそうに呑まれるのを見て、思わず、お声を掛けました。

樽の上にあるのはサーヴィス用の片口

お店のカウンターに鎮座する酒樽の材は、実は「たるや竹十」のものなのです。
奈良県川上村の百年もの吉野杉です。

残念ながら作ったのは「たるや竹十」ではありませんが、この吉野杉の甲付側は「竹十」が支給して仲間の樽屋さんが作ったものです。

京都とニューヨークでしか食べられない「おめん」のうどん。(数年前までは神戸にも店がありました)

「おめん」四条店のご主人によると、「樽酒」を愉しみにされている、お客様が多いそうです。

しかし、残念なことに枡はヒノキ。来年から「杉枡」に替えてもらう様にお願いしました。
「おめん」の名物「樽酒」は更においしくなるでしょう。

2008年01月21日

海を渡った「たるや竹十」の酒樽

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このごろ、酒樽を使って鏡開きをしたいという依頼が海外からよくあります。
昨年は、ロンドンへ結婚式の披露宴用に酒樽をお送りしたのですが、
今度はアメリカのノースカロライナ州から現地で催す新年会に酒樽のよる鏡開きをしたいので四斗樽(72リットル)を手に入れたいとの相談がありました。

ロンドンに送ったのは一斗樽(18リットル)だったのですけれど、今度は100人以上が参加する催しなので大きな酒樽でないと迫力が出ません。
ところが、航空便の運賃は三辺の合計が160センチを超えると酒樽の価格をはるかに上回ります。
そこで、今回は上から見ると四斗樽(72リットル)ですが、36リットル入りに底上げして、更に下の部分を切り取ってしまうという、かつて無い手法をとりました。

これを更に段ボール梱包しないと海外輸送は受け付けてくれないので、サイズ合わせに少々苦労しましたが、その甲斐あってか樽酒(中身はカリフォルニア米の吟醸の由)はさすがに美味しい、と現地の方々にもたいそう気に入ってもらえたそうです。

吉野杉の酒樽に清酒を入れておくと酒の味がまろやかになって、口当たりが良くなっていきます。


皆さん、最初は菰樽を依頼されてこられるのですけれど、菰(こも)は植物検疫により殆どの国で通関出来ません。
仕方なくビニール菰を使うのですが、これほど味気ないものはありません。
菰(こも)はあくまで輸送中における酒樽のための保護材。
酒樽が届いたら、菰を解いて裸の樽を出し、杉の木目と結い竹の美しさを楽しんで頂きたいものです。

写真のように正面に好みの文字を和紙に墨書きして貼れば酒樽が引き締まります。


この酒樽は トライアングル地区日本企業商工会(TJBA)から、この合同新年会に寄付されたものだそうです。


「米国ノースカロライナ州トライアングル地区日本関連団体合同新年会」
会場はダーラム市デューク大学内デュークガーデン

この日の様子は地元の新聞The News & Observer紙に「餅つき」や「おせち」と共に紹介されました。
日本以上に日本古来の伝統的な風習に則った新年会だったようで、世話をされた方々は さぞ大変だった事だろうと、その苦労が偲ばれます。

2008年03月03日

特製の菰樽と塗枡

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有馬の旅館から依頼があって、パーティー用に特別な桃色の菰(こも)をつくりました。
四斗樽の鏡開き用です。(桃の節句だからという訳ではありません)
枡もロゴ入りの特製を別注しました。
樽屋としては、青竹の見える酒樽で鏡開きをしていただきかったのですけれど、お客様の要望は「コモダル」だったので、仕方なく一日がかりで、「印」を描きました。


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2008年07月19日

江戸の江戸一に 四斗の酒樽が 二丁並ぶ

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余分なものが一切無く、かつ清潔な店構え。
おなじみさん以外は入り難いと思う。

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左が「泉正宗」、右が「白鷹」の四斗酒樽 。
どちらも赤味樽です。
左の「泉正宗」の四斗酒樽は「たるや竹十」による吉野杉の酒樽です。

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初めて行く者にとっては、まるで酒道場のような居酒屋です。
扉を開けるとU字型のカウンターの奥に座る、いかにも江戸っ子めく女将さんの眼が語る。
「あなた方はじめての客だわね」「どんな呑み方をするのかしらねえ」..................

通されたのはカウンターの一番奥、即ち女将さんの前。
酒を呑めない酒樽屋夫婦は、やや緊張気味。
取り敢えず二種の樽酒を注文。白鷹の樽は周山杉の香りが。
全員が身内と思われるスタッフの動きもキビキビとして気持ちがいい。

二丁の四斗酒樽以外にも、選び抜かれた地酒が一升瓶でずらり。
基本的に樽酒も含めて、燗が基本。
周囲を見渡すと静かに酒を呑む常連の一人客が目立つ。
その間も全ての客の酒の進み具合と肴の食べ方に女将さんの鋭いチェックが。

奥に手書された肴が美味しい。この日は本当に魚ばかりだったけど。
清酒と相性のいい肴が揃っていて、注文に迷う。
女将さん手作りの漬物を頼んだら、ようやく「おいしいでしょ」と女将の一言。
多分、たるや竹十の一空樽で漬けた物。本当においしかった。
糠を混ぜる手は複数の人ではいけない。同じ人が混ぜないと美味しくならないとか。

お勘定の時に時代を感じさせる算盤で女将自らパチパチ。
料理を少しでも残していたら、叱られる。清酒が徳利に残っていたら「全部呑みなさい」という厳しい指令が。
江戸時代、茶道、華道など共に「酒道」というものがあったのですが、それを思い出しました。
現代では希有な一店です。

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2008年08月26日

神戸 三宮でも酒樽で樽酒が呑め枡

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店内に酒樽が鎮座し、本当の樽酒を呑む事の出来る店が神戸にも何軒かあったのですが、
震災後、皆無になっておりました。
今年の初夏、灘の金盃酒造酒樽屋竹十の協力で高架下の老舗「森井本店」に
一斗の酒樽を常備することになりました。


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酒樽から出した樽酒は、きちんと杉の枡に入れてくれ枡。
枡と言えば、桧が最高だと勘違いされている蔵元やお客さんが多い事は残念なことです。
酒樽は杉製なので吉野杉の木香がついた清酒は杉の枡に入れて呑まないと、杉で酒樽を
作った意味がないのです。
桧の枡で呑んだら、折角の樽酒が支離滅裂になってしまいます。

今、桧枡が市場を席巻していますが、清酒は必ず昔のように杉枡を使うべきです。
むしろ、塗り枡風のプラスチック枡の方が、ずっと清酒に優しいのです。
桧ほど清酒に合わない素材はない事に関係者すら気がつかないと思うと悲しくなります。

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今のそごう百貨店の南で大正7年に創業。当時は金盃酒造も三宮付近にありました。
昭和20年の戦災で店舗が消失。現在の高架下に移転。
昭和7年の地震のため改装。この時、古いポスターや前垂れ、扁額などを救出し、
今の店内に飾り、昔の雰囲気復活の一助となる。

自分で「良心的な大衆酒場」という暖簾をかけているところがリョウシン的ですね。
今年が創業90周年なのです。二階で宴会も出来るところが嬉しい。


金盃 森井本店
078-331-5071
650-0012 兵庫県神戸市中央区北長狭通2-31-42 (高架下)
17:00-22:30(22:00LO)日祝休

2008年09月18日

酒樽(さかだる)に酒を詰める

%E6%A8%BD%E5%A0%B4.jpg 菊正宗酒造記念館蔵

上田耕甫画 「酒造り繪巻」昭和四年作

かつては、大桶から小桶に入れ替えて酒樽に運び直接、清酒を樽詰めしておりました。
その後、琺瑯のタンクの時代になりますと、タンクから太いホースを使い酒樽から あふれる程、樽詰めしていた時期もあります。
少し位の清酒が あふれても誰も気にしないし、あふれた清酒は入るだけ お腹の中に入れて帰っても誰も咎めない良き時代でした。(瓶に詰めて外部に持ち出す事は今も昔も御法度です)

どこの蔵元にも、こういう「樽場(たるば)」という場所がありましたが、年々見かけなくなってきました。

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現在は、正確な容量と酒税の関係から無駄なようですが、一升瓶に詰めた清酒の封を切って、酒樽に詰めます。

2008年10月19日

樽酒(たるざけ)売り切れる。酒樽屋は忙しい

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いつも「金盃」の酒を「たるや竹十」の酒樽に入れて、置いてもらっている神戸の居酒屋「森井本店」では、この気候なのに樽酒が人気で、ついに「うりきれ」!
もちろん翌日、新しい酒樽を配達しましたから、今日からは安心して たっぷり呑めます。

ここ森井本店では真夏でもよく売れて関係者を驚かせました。
冬はどれ位でるのでしょう?
酒樽が間に合うかな?

2009年01月19日

吉野杉の里帰り 木製樽を使って、おいしい樽酒をつくる

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吉野杉の樽酒(たるざけ)です。
瓶詰めの樽酒(たるざけ)は各蔵元が各種作っておりますが、
本当の樽酒を作ろうとしたら樽(たる)材料である榑(くれ)と呼ばれる側板は勿論、
底と蓋(ふた)の全てに良質の「吉野杉」を使用しなければ美味しい樽酒(たるざけ)は出来ません。

写真は最近、材料の地元吉野の蔵元「北岡本店」さんが作った本物の樽酒(たるざけ)です。
「やたがらす」という銘柄で有名なメーカーです。

巷に出回っている瓶詰の樽酒(たるざけ)は作る時に
吉野杉の木製樽を使っていないので、おいしいものが少ないのが現状です。

肥後杉、秋田杉、周山杉、木曽杉など清酒に不向きな酒樽(さかだる)を使うと樽酒(たるざけ)が
美味しく出来ません。
美味しくない樽酒(たるざけ)を呑んだ方は樽酒は不味いと思い込んでしまうので、
樽嫌い、酒嫌いになってしまいます。
ひいては吉野杉の木製樽の人気も落ちてしまいます。

この「吉野の樽酒」のための樽を納めるにあたって、北岡本店のY氏と綿密な打ち合わせをして、川上村産の良質な榑(くれ)を吟味し、底や蓋も吉野杉を使い、竹釘で継ぎ、接着剤を一切使わない本来の木製樽を作りました。
努力の甲斐あって、北岡本店のしっかりした清酒とあいまった大変美味しい樽酒(たるざけ)が出来上がりました。
地元吉野町の蔵元の酒樽を本場吉野杉を使って「吉野の樽酒」を作る事に協力出来たことを誇りに思っております。
今は、特別に吉野杉の枡が、もれなく付いて来て、お買い得です。

清酒も食品ですから、いくら人体に無害と言えども木製樽に化学製品の接着剤は木製樽に使うべきではないと
「たるや竹十」は考えております。

写真・右には五升(9ℓ)の木製樽、高さ27㎝ですが、左の一升瓶が小さく見えます。

2009年04月01日

酒樽屋の酒樽を築地で「鏡開き」する

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東京に魚がし日本一という寿司屋さんのチェーン店がオープンしたので、各店舗の店先での鏡開きのために各店舗二丁ずつの酒樽を発送しました。都内で26店舗もあって、まだまだ増え続けているそうです。
店の名の入った杉枡も数百個つくりました。


残念ながら、清酒離れと連動して酒樽の需要は年々落ちているため、年末の最盛期を除けば、
普通はこの時期に多くの鏡開き用酒樽の注文は余り無く、
季節はずれの注文に応じるため汗だくになりました。

「魚がし日本一」の全店舗では鏡開きした酒樽からの振舞酒が数時間で空になったそうです。
どんどん店舗を増やし、今度は羽田空港国際線BIGBIRDにも開店するらしいので、次の鏡開き用酒樽を準備しておかねばなりません。

酒樽のよる鏡開きが、こうして今一度、新鮮な眼で見直されて来たことは喜ばしい事です。

画像は浜松町に先日開店した、ハマサイト店のチラシです。


2009年05月13日

酒樽(タル)屋は酒樽(タル)を作る

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長い連休が終わりますと、急に暖かくなってまいりました。
しかも,雨が多く、湿気があります。このまま梅雨に入るかも知れません。
この時期が酒樽(タル)屋にとって、一番困った季節なのです。
新酒が出尽くして、酒樽(たる)の出荷が鈍るのに、竹の箍(たが)や蓋(ふた)の裏に、
黴(かび)が発生し易く、ビニール袋は大敵なのですが輸送上、やむを得ません。
完成した酒樽(タル)を余り密封して保管してはいけない時候なのです。
かといって、裸で樽(タル)を放置しますと、この後やって来る夏の高温と日差しに、負けて
一気に乾燥してしまうから困ったものです。
倉庫にある酒樽(タル)の管理に苦労します。

昔は湿度の高い「つゆのあとさき」には注文品以外の酒樽(タル)は決して作らず、作り置きしなかったものです。
結婚式に使う鏡開き用酒樽(タル)以外には殆ど、酒樽(タル)の受注は途絶えるのですが、
稀に何かのイベント用に沢山の酒樽(タル)を出荷することが最近は多くなりました。

2009年10月19日

酒樽(さかだる)における呑み口(のみくち)の立て方

これが出来ないと、いくら酒樽(さかだる)が目の前にあっても、
美味しい樽酒(たるざけ)を呑む事が出来ません。
「鏡開き」をするなら、このままでも樽酒(たるざけ)を呑む事は出来ます。
「鏡開き」の段取りに関しては、また別の機会に詳細を記述します。

*最初に用意する道具 

木槌(直径3センチから4センチ位)
清潔な布
小型のプライヤー
*よく切れるカッターナイフ(菰巻きに立てる場合のみ)

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上の写真が「呑み口」セットです。
①先ず、「呑み口」セットを写真のように二つにはずします。

正確には上の尖った物を「呑み」と呼び、ヒノキで出来ており、 下の赤い丸印の付いた円筒形の穴が貫通した物を「呑み口」と謂います。 これは桐の木で出来ていて、太さ(直径)から「八分」と「六分」の二種があります。


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②酒樽を寝かせます。
その時、写真のように木栓「ダボ」を上にしておきます。
酒樽をブロックなどでしっかり安定させます。
ブロックや木片などで酒樽の底部、または両側に置いて樽が転ばないようにします。
さらに寝かした樽の、床に接している部分に木槌を挟み込んで、樽の上部を水平にします。
このように丸い酒樽を動かないようにし、また水平にすることで作業がやり易くなり、きれいに仕上がります。

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③木製栓「ダボ」をプライヤーで挟みます。
プライヤーを注意深く動かしながら緩めて行き、最後に完全に抜きます。
ダボ穴周辺は酒で濡れ易いので、その際に溢れた酒を清潔な布で拭き取ります。
この工程を怠ると黴の発生原因となります。

本来の抜き方は、小槌の柄の先を利用して左右に少しずつ叩き、緩んだ頃合いを見て、手で掴み抜くのですが、プライヤーで挟む方が簡単です。


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抜いた「ダボ」は後で酒樽を漬物樽や樽太鼓等に再利用する際には必要になりますので、失わないないようにします。
因みに「ダボ」も昔は杉の芯材で作りましたが、滲みにくいという利点から、今は高野槙が主流です。地方によっては「腹星(はらぼし)」とも呼びます。


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④先に準備していた呑み口の赤い印の入った方を、開いた穴に木槌で軽く垂直に叩き込みます。

余り強く叩くと酒樽の穴が割れて洩れの原因になりますので、ゆる過ぎるかなと思われる位が程よい強さです。
緩ければ更に叩けば良いのですが、強過ぎると割れてしまった酒樽の穴は元には戻りません。
この力加減が「呑み口立て」の中で最も重要なポイントです。

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❸菰(こも)が巻かれている場合は縄に結んでいる赤い紙を目印にして、その下部にある「ダボ」を探り、木槌の柄などを使って菰を左右に押し開き空間を作ります。

「ダボ」が酒樽の正面に来ている場合は、「ダボ」のある部分をカッターナイフで四角い小窓のように菰を小さく切り取って、その部分から裸樽の場合と同じように「ダボ」を抜きます。

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❹裸樽の場合のように、呑み口を軽く叩き込みます。この時も細心の注意が必要です。
歪まないよう垂直に数回に分けて叩きます。

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⑤「呑み口」セットの残った方の先が尖った「呑み」をそっと「呑み口」に差し込みます。
この時は道具を使いません。少し緩めに差し込むだけで、木と木が密着するため手の力で充分なのです。
決して、木槌を使わないで下さい。湿気を含むと後で抜けなくなりますから。


これで「呑み口」を立てる事が出来ました。


後は酒樽を元のように縦に起こし、適度な高さの台に乗せ、必ず「片口」のような大きめの容器に一旦、酒を酌んでから盃やぐい呑み、桝など好みの器に移します。
台に乗せるかわりに、机のような所に酒樽を置き「片口」を机の下に持ち、流れ出る酒を受け取るという方法もあります。
「片口」が見近にない場合は、趣は無くなるものの中位のボゥルで代用することも可能です。

なお、一度立てた「呑み口」は決して抜かないで下さい。 水道の蛇口等と違い、酒樽の「呑み口」は少しずつ緩めて、加減を見つつ隙間から酒を出す道具です。 抜いてしまうと、酒樽から勢いよく酒が吹き出してしまいます。 何らかの不具合から酒が出にくい時は酒樽の蓋に錐(キリ)で小さな空気穴を開ける場合もあります。


トクットクッと「呑み口」から注がれる樽酒。
一段と清酒の美味しい季節になってまいりました。

2009年12月18日

年末や正月に木製樽を使って本物の樽酒を。

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ここ数日、関西も突然寒くなってまいりました。
寒い時にはビールではなく、やはり清酒(日本酒ともいうらしい)です。

いよいよ新年が近づいてまいりました。
年末のカウントダウンに樽酒で鏡開きをされる方や、正月に御家庭で樽酒、
あるいは忘年会や新年会に木製樽詰の本物の樽酒の予約が殺到しております。

正月に呑むためには5日から7日前に酒樽に清酒を詰めておかねば樽酒にはなりません。
そうすることによって、吉野杉の香りが丁度良い程度に酒についてくるというわけです。
これ以上の期間、酒樽に清酒を詰めたままにして置くと逆に味が落ちて参ります。
丁度、気温が低い時期ですから2週間位は大丈夫ですが、暖房の効いた屋内においた場合は
この限りではありません。

樽酒の鏡開きが不安だという方には、写真のように最初から蓋(ふた)を外したタイプもご用意出来ます。


ガラスの味がする一升瓶や、ましては紙の味たっぷりの紙パックの酒は廉価で、便利ですが、新年位は日本文化の象徴でもある酒樽詰めの樽酒で正月を祝うのもいいものです。

2010年08月28日

阿波踊りに使う樽太鼓、あるいは最も小さな樽太鼓

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毎年、夏の終わりには地元徳島だけでなく、全国各地で阿波踊りの催しがあります。
阿波踊りに使う樽太鼓は普通の樽太鼓より少々小さいので、別途に拵えます。
肩から掛けた専用の金属器具に樽太鼓を取り付け、両手が使える状態にして、
樽太鼓を叩きます。
そんな訳で軽くて良い音が出るように、HPに出している樽太鼓の「小」の半分の小さい物を使います。
箍(たが)も太い胴輪が金具の邪魔になるので省略し、4本だけです。

阿波踊りでは囃子方が樽太鼓を各一個、担当するだけですから、
幼稚園や保育園用に「小」の樽太鼓でも大き過ぎる場合に、よく特別に作ります。
基本的に樽屋の技術では、これが最小なのです。
これより小さな樽(たる)をつくる時は、桶(おけ)の技法を要します。

昔、奈良漬を10キロ近く樽詰めしたものが進物用に大量に出ていた昭和40年代、
あるいは5升入の醤油樽も夏の間にたくさん作っていた頃の風景を憶えております。
今でも樽屋竹十の向かいには目立たないのですが奈良漬屋さんがあります。

この度の樽太鼓は、この時代の手法をアレンジ致しました。

右上に乗せている樽が一番大きな四斗樽(しとだる)です。
大きさの違いが良く判ります。

2010年08月31日

真夏に大量の四斗樽

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八月も今日で終わりだというのに、突然四斗樽(たる)の注文が沢山あり、
樽屋の全盛期でも真夏に大量の四斗樽(たる)を作ったという記録はありません。
夏には竹はないし、今年のような尋常ではない暑さの時期に大樽作りは汗びっしょりです。
写真の手前に見えるのが一斗樽(たる)=(18リットル)ですから、
四斗樽(たる)=(72リットル)の大きさがよく判るでしょう。

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これだけの量の四斗樽(たる)の梱包や、運送の手間も大変だなあと思っていたら、
トラックで引き取りに来てくれました。
最初は午後6時頃という約束だったのが、当日に突然午後3時に変更になったのですが、
それでは最後の一丁が出来上がっておりません。
無理を言って4時過ぎに変更。

江戸明治期における酒樽(たる)と言えば甲付の四斗樽(たる)だけと決まっておりましたが、
後年その利便性から、半分の量が入る二斗樽(たる)を「はんだる」と呼んで作り、
更に半分の一斗樽(たる)を「こだる」称して、四斗樽(たる)以上に流通せしめました。

ところが、ここ数年の日本の清酒離れと連動して、最大生産量を誇っていた一斗樽(たる)=
18リットル入がすっかり衰退し、むしろ本来の酒樽である四斗樽(たる)が復活してきております。
一斗樽(たる)は醤油にも酢にも使っていたので、その生産量は半端な数ではなく、
全体の7割近くを占めていた程で、とても手作りでは間に合わず、醤油メーカーが率先して、
特殊な技術がなくても、一日に200丁以上も量産出来る機械が第二次大戦前に開発された程です。
「樽屋竹十」にも、昭和40年代半ばに、この種の機械一式が小豆島から運ばれて来ましたが、頑固な樽職人ばかりが居並ぶ「竹十」のことです。
一番職人が率先して「こんな無粋な機械を導入するのなら、お暇を頂きたい、長い間お世話になりました。」という通告を受け、機械より職人の技の方が大切ですから、機械導入は断念。
この機械一式は別の場所へ移動し、そこで一斗樽(たる)を増産して完成品を「竹十」へ運ぶという方法をとりました。
職人達にとっては自らの技に対する矜持もさることながら、自分たちの職を奪われそうな恐怖を感じたと、引退したある職人が回顧しておりました。
それほど巨大で無機質な物体が威圧感を漂わせて、工場の入り口に長く鎮座しておりました。

2010年12月11日

樽酒(たるざけ)用の酒米の収穫

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正月や大晦日の樽酒(たるざけ)鏡開きには間に合いませんが、
この冬に寒造りする酒のための米が収穫されて、
各蔵元へ続々と届いて来ました。
灘五郷では殆ど山田錦という特別の米を使います。
六甲山の裏側の方で丹念に育てられた清酒専用の米です。
写真の米は神戸市北区大沢(おおぞう)地区の西さんが育てた米です。

2013年01月11日

本日は酒樽も鏡開き

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一月十一日、「鏡開き」であります。
画像は酒樽の鏡開きで、肝心の「鏡(酒樽のフタ)は写真の外へ。
実際には正月飾りに使われていた鏡餅を割って(忌み言葉なので、切るとは呼びません)
ぜんざい等を食す事をさします。

樽(たる)の場合は、その蓋(ふた)を「鏡」と呼ぶ事から
「鏡開き」と言う訳です。

2013年11月21日

鏡開きの新酒とボジョレーヌーボー

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巷ではボジョレーヌーボー本日解禁などと騒いでおりますが、清酒も丁度このころに新酒が出るのです。ブルゴーニュの新鮮なワインも美味しいものですが、日本でも全国各地で今年最初の若い酒が出来上がって、皆さんに御披露目です。
連休を利用して「蔵開き」が方々で開催されます。
日本の酒も期日を決めて、一斉に解禁にしてみては如何でしょうか。

2014年04月27日

酒樽(さかだる)に酒を詰める

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写真は戦前の甲付四斗樽です。当時は普通の光景でした。
明治にガラスの一升瓶が、昭和に紙パックが登場し、
最近はペットボトルやビニール袋入りまで登場し、
吉野杉の木樽(たる)は輸送容器の役目を終え、祝い事の際における鏡開きに使われる事が主になって来ました。

たるや 竹十

  • たるや 竹十



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