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木樽 アーカイブ

2008年10月07日

売場用の木樽

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京都の某漬物屋さんに売場樽を作りました。
売場樽は普通は液体が漏れても良いものを作るのですが、
今回は特別にもれないタイプの売場樽をたくさん作ったので少々くたびれました。

2008年10月08日

売場樽を木樽で作る

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今度は、液体を入れない売場樽を作りました。
漏れてもいいので楽なようですが、木樽は空調の乾燥に弱いのでタガの加減が微妙です。
木樽で何を作っても楽なことはないのです。

2008年12月17日

酒樽屋 各種類の樽(たる)を全国へ発送

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酒樽屋も師走になりますと、酒樽(さかだる)以外に漬物樽(つけものダル)、味噌樽(味噌ダル)、樽太鼓(タイコ)等々。
各種の樽(たる)を全国に発送するので、忙しくなります。

こんな季節ですから、酒樽に次いで注文が多いのは漬物樽(つけものダル)でしょうか。

2008年12月18日

毎日、酒樽屋は酒樽(さかだる)を梱包

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今日も酒樽(さかだる)屋から全国に酒樽(さかだる)が発送されます。
12月だから当然なのですが、酒樽以外に木樽の良さが見直されて漬物樽(つけものダル)の発送も多くなっております。

2009年01月11日

吉野杉で作った木製樽(たる)

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樽(たる)といえば、木製樽(たる)です。
清酒だけではなく、漬物や味噌あるいは太鼓などにも木製樽(たる)が使われています。

プラスチックや陶器の樽(たる)と違って、木製樽(たる)は樽(たる)自体が呼吸するので、醗酵食品の醸造には最適なのです。
町から樽屋や桶屋が消えていくなか、たるや竹十は江戸時代と変わらない製法で木製樽(たる)をつくり続けております。

写真は吉野杉赤味の一斗入り木製樽(たる)、清酒用の酒樽(さかだる)です。
樽の下方の角(つの)のようなものは「呑み口」
この呑み口から樽酒が枡や片口に注がれます。

2009年01月12日

店内に並べる木製樽(たる)

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「売場樽」とも呼ぶ木製樽です
商品を木製樽の中に並べるために底を上の方に組み上げています。
酒樽(さかだる)の場合は「上げ底樽」とも呼びます。

商品が木製樽のなかに並んでいると吉野杉が持つ特性でしょうか、自然と雰囲気が良くなりますので、木製樽を展示用に使う店舗が増えています。

右の展示用木製樽は上から12センチ位
左の展示用木製樽は上から25センチ位の所に中底を組込んでいます。

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売場用の木製樽の裏側。
液体を入れませんから、この種の木製樽には吉野杉の中でも比較的安価な材を選びます。
底も節だらけです。
時には下の底を除く場合もあります。

2009年01月13日

漬物には木製樽が一番

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木製樽の材料となる良質の吉野杉を植林している奈良県吉野郡川上村に行った時に同村で採れた「鷹の爪」を買って来ました。
木製樽の中の糠床に入れるのです。
漬物や味噌づくりには木製樽が最適であることが少しずつ最認識されては来たのですが、
もう木製樽を作る職人は いないと思っておられる方が未だ多数おられます。
たるや竹十では毎日、川上村の吉野杉を使って木製樽を作っております。

機械で作った柾目の「桶(おけ)」ではなく、板目の吉野杉を使った手作りの木製樽で美味しい漬物や味噌を仕込んで下さい。

2009年01月31日

酒樽屋が使う天の星

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「天星(てんぼし)」です。
高野槙(こうやまき)で出来た木栓の呼び名です。
樽屋はフタの事を「天」と呼ぶ事があるので、そこに空いている穴を埋める木栓を星と称したのでしょうか。語源は定かではありません。

高野山でよく採れたので、この名が付いていますが、実際は木曽の槙(まき)も使うようです。
霊木いわれ、魔除けとして家の玄関によく槙の木を植えているので身近な存在ですが、
水にも大変強いので、主に浴槽や風呂桶に使われ、槙の風呂が最上と言われています。

どんなに良い酒樽を作っても、良質の「天星」がなければ、商品にはなりません。
灘五郷には、かつて何軒もの「木栓屋」さんがありましたが、尼崎の大物にあった最後の一軒の廃業に伴い、近所の木栓屋は皆無になりました。
昔の木栓は全て吉野杉製でしたが、「滲み」には勝てませんでした。
毎日、蔵元へ朝早く栓の取り替えに出かけるのが苦痛だった記憶があります。
今でも、香りを重視する極少数の蔵元が杉製の栓を使っています。


今は高野槙の地元、和歌山の業者が殆どの木栓類を作っています。
槙の樹も辺材は水を漏らしますので、杉と同じように中心付近だけを使います。

2009年02月26日

樽屋は樽が「はしゃぐ」事が一番怖い

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木の樽は乾燥に弱いので、湿度と温度が変化が繰り返されると木と木の間に隙間が出来てしまいます。
こういう事を「はしゃぐ」と言います。
の側が一枚一枚、所定の方向ではない向きになってしまった状態を
子供達があちこちの場所で遊んで「はしゃいでいる」光景に当てはめたのでしょう。

容器としての樽にとって、最悪の事態です。
保管状態が大切なのです。
常に液体が入っている事が前提の木樽ですから、空で放置しますとこうなってしまいます。

洩れても、繰り返し水や ぬるま湯を張って行けば樽は元に近い状態に復元出来ます。
の持つ特性です。
最終手段としては熱湯をかける方法もありますが、樽が変な形になってしまう事があるので、
余りおすすめ出来ません。

2009年03月22日

酒樽(さかだる)屋が酒樽(さかだる)を発送する

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突然、暖かくなってきました。
味噌樽(みそたる)や漬物樽(つけものだる)の寒い時期が終わりかけると、
かわって、お花見用に「酒樽(さかだる)」の注文が増えて来ます。
写真は四斗樽(たる)の形をしていますが、中身は二斗だけという変形樽です。

手前に見えるのは、次の酒樽(さかだる)を作るための箍(たが)用の竹の束。

因に、味噌作りは五月頃に仕込む方もおられるので、味噌樽(たる)の注文は、まだ続きます。

2009年04月17日

五島列島へ行った酒樽(さかだる)

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日本の西の端、五島列島の中でも更に西端の福江島に五島列島酒造という名の酒屋さんが新しく出来て、
「たるや竹十」の酒樽が、船に乗せられて渡って行きました。
この蔵が作っているものは清酒ではなく、焼酎で、しかも醸造用ではなく展示用です。

先ず長崎まで運んで、そこから船に乗せて行くので樽が到着する日程は判らないそうです。
かつて、石垣島まで樽を送った事がありますが、その時は一週間位かかりました。
去年、アイルランドにも酒樽を送ったのですが,航空便ですから翌日に到着したそうです。
ただし、通関に数日かかりました。

2009年04月26日

小さい酒樽(タル)、漬物樽(タル)、樽(タル)太鼓を作る

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樽(タル)屋は3種類の長さの榑(クレ)を使用して3種類の木樽(タル)を作ります。
最近は小さい木樽(タル)の需要が増えて長さ9寸(約29.33333333333333.......㎝)を
利用した木樽(タル)即ち五升樽(タル)を作る機会が多くなりました。
一斗樽(タル)の半分の容量です。
赤鉛筆と比べると、その小ささが判ると思います。

これ以上小さな樽(たる)と逆に高さが一尺八寸(約59.99999999999999..........㎝)の物は桶(おけ)屋さんの仕事になります。
ただし、作った樽(たる)を短く切って、四寸(約13,333,333,33333.....㎝)や三寸(約9.99999999999999999999999999999......㎝)等、背の低い樽は製作可能です。
直径に限界があるだけです。

今回は東京郊外の方の御要望により、一斗樽(タル)と五升樽(タル)の中間の大きさの木樽(タル)を作りました。
昔から使っていた樽(たる)が寿命で使えなくなり、同じ大きさの物が必要になったのです。

写真は左から一斗樽(たる)太鼓、今回の中間の寸法の樽(たる)太鼓、五升樽(たる)の三種。
右端の五升樽(たる)のみ酒樽(たる)です。

調べてみますと、この大きさは昭和50年頃まで奈良漬用の樽(たる)として全国に進物用に出荷していた寸法です。
今では、こんなに沢山の奈良漬を食べる機会が少なくなったので製造を中断しています。

2009年05月01日

酒樽屋が作る小さい樽(たる)

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酒樽(たる)屋が作る樽(たる)には大きさに限界があります。
基本的に樽屋が作ることの出来る最大の寸法は高さが一尺八寸(約59.999999999.........㎝)の樽(たる)。
いちばん小さい物は高さが九寸(約29,99999999...................㎝)の樽(たる)です。

但し、写真の右側にあるような 大きい味噌樽(たる)サイズのものを作ってから高さを調節します。
このようにして、高さが六寸(約19.99999.....㎝)や五寸の小型の樽(たる)を作る事も出来ます。
偶然ながら、写真の左に見える作業用の水桶が、よく似た寸法です。

2009年05月21日

酒樽(タル)屋が、昔つくった醤油樽(タル)

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多分、昭和30年代の物かと思われます。
清々しい青竹も、およそ30年以上経ちますと樽(タル)の箍(タガ)も飴色になってまいります
この飴色がいいと良いと仰る方もおられます。

昭和40年前後だったと思います。
醤油業界が木樽詰を全国一斉に廃止し、全てを一升瓶に移行したものですから、
それまで使っていた赤味側の行き場がなくなりました。
かつて、清酒樽は甲付樽、醤油樽は赤味樽とはっきりと分けて作っていたものです。
冬は清酒樽、夏は醤油樽を作るという風に、なにもかも樽の業界はバランスが取れていました。
この写真の古い醤油樽が何故、今「たるや竹十」に戻って来ているのか謎ですが、
醤油樽は酒樽と違って呑み口がダメになると、別の場所に又「呑み穴」を開けて、
長く使ったものです。それでもダメな樽が修理の為に戻って来たままかと思っていましたが、
鏡の木栓の径が違うので別の樽屋さんの物かも知れません。


嫌がる清酒メーカーに懇願して、当時の特級酒(現在の特選など)を甲付樽に、
一級酒(現在の上選など)と二級酒(現在の佳選など)を赤味樽に詰めるように
変更してもらいました。
当時、頑として要請を受け入れてくれなかった蔵元が今でも甲付樽だけを使っております。

大きなウエイトをしめていた醤油樽が無くなるということは大変な事件でした。
「たるや竹十」でも、工場の南に広がっていた浜から「天神丸」という大型船に醤油樽を満載して小豆島へ定期的に運んでおりました。
「天神丸」の船長さんは優しい人で、お小遣いの他に小豆島特産の珍しい食べ物を樽職人達に配っていました。
子供だった僕たちにも御菓子を配ってくれるのが楽しみでした。
毎月、僕が電話の取り次ぎをしていましたが、船長さんの名前は失念してしまい天神丸という船名だけ鮮やかに覚えています。

樽だけではありません。樽職人も仕事を失い、小豆島だけではなく、
岡山の玉島や関東の野田から多くの職人が「たるや竹十」にやって来ました。
彼等は殆ど一斗樽しか作る事が出来ませんでしたので、
「二番職人」と呼ばれて一段下に見られ、待遇も違っていたので、かわいそうでした。

職人だけではありません。小豆島や千葉県の野田にあった樽工場の廃業に伴い、
そこの機械や道具も、まるごと「たるや竹十」や他の樽屋さんが引き取りました。
岡山の玉島出身や広島出身の職人さんも「たるや竹十」の二階に住み込んでいたのを覚えています。
各地の樽職人が集まりますから、それぞれ作り方も違い、もめ事の原因にもなりましたが、
実は互いの技術交換になって、結局全体の技術向上になっていたのだと思われます。


「樽は手作りでないと樽ではない」と機械導入を全員で反対する職人達の意気に反するので、
機械類は近所の別の業者に全部運び、そこで機械樽を作ることにしました。

90歳を過ぎても職人としての矜持から、決して輪締機を使わず、
手締めしていた職人さんは一番見事な仕事をしておりましたが、96歳の春でした。
「もう自分で納得いく樽を作る事は出来ません」と言って道具を弟子に譲り、一週間後に亡くなりました。
「たるや竹十」の樽は作った職人の責任の所在が判るように記号を底にイロハで印を押しておりました。
「へ」の印の樽を作り続けたTさんは尋常小学校に通いながら樽屋に見習いで入り、
苦労して腕を磨き、最期まで見事な職人人生を遂げたと思います。

2009年05月23日

酒樽(タル)屋がつくる不思議な樽(タル)、阿波踊り用

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二つとない、不思議な樽(タル)です。
他の樽(タル)屋さんが見たら、きっと笑うことでしょう。

「たるや竹十」は基本的に全ての商品がオーダーメイドですから、
胴輪を所定の位置ではなく、上の方に入れて欲しいという依頼だったので、言われるままに入れたのですけれど、
どうも巧く出来ないので、二本も入れたら、こんな不思議な樽(タル)が出来上がりました。
これはこれで、面白いものです。どこにも売っていない樽(タル)です。
阿波踊りの際に腰に付けて使うもので、専用の金具に合わせるため、
こんな風に改造する事になったのです。

同時に見せてもらった阿波踊り専用道具店が作った太鼓は、桶屋さんが作った物ですから、
仕事は丁寧なのですが、繊細過ぎて阿波踊りのパワーに付いて行けそうもない美品でした。
柾目の桶は、どう考えても阿波踊りの樽太鼓には向いていないと思います。
それに天板になる蓋(フタ)を南洋材に替えているので、周囲の杉との相性が悪く、
全く音が出ません。
外材と内地材では乾燥の仕方が違うので、同じ物に異質な材料を使わない方が良いのです。
阿波踊りに関しては、軽さも要求される事ですから、樽屋にとっては今後の課題です。

写真の右側に見えているのは一斗の漬物樽(タル)。
四斗酒樽(タル)の上に乗っています。

桶(オケ)屋さんは、もっと様々な種類の物をこしらえる事が出来ますが、
樽(タル)屋は高さが一尺八寸まで、直径は五寸まで等の制限はあるものの、
毎日、限界に挑戦しております。

最近、特に多くなって来ましたが、不思議な注文をもらうと、
俄然、はりきってしまいます。

今年も阿波踊りや八木節など夏祭りに使う樽(タル)太鼓の練習の時期になって来ました。

2009年05月26日

古いウヰスキィの樽(タル)の蓋(フタ)

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多分、百年位前の洋樽(タル)の蓋(フタ)です。若くても60年は経っています。
還暦ですね。
洋樽(タル)は和樽(タル)と違って、フタと底に同じものを使います。
前にも紹介しましたが、これは某ウヰスキィメーカーがスコットランドから中古を輸入し、
充分使った後、更にベトナムへ送るというグローバルな,リユースの途中で「竹十」が1コンテナ分譲ってもらったものです。
樽(タル)そのものは、余りに嵩張るので、方々に差し上げて残りは処分してしまい、
今は蓋だけが沢山残っております。
最近、ウヰスキィ樽材を使って家具を作ることが一般的になり、入手が困難になってしまいました。
蓋(フタ)は外に放置しているのですが、昨日一部を切り取って鉋(カンナ)をかけると、
やはり、未だ微かにモルトの甘い香りが..........
でも一瞬です。直ぐに香りは消えます。
一番驚くのが、古材一般に言える事だけれど、一鉋かけると新材が出現することです。
写真でも、左の大きい方は何年も風雨に晒されたもの、右の木片は切断して、鉋をかけたもの。
接ぎには金釘を使っています。
見違えるように変身します。
これは何をしているのかと言うと、「竹十」の樽(タル)作りに使う道具は、この樫を加工するのです。

蓋(フタ)を原型の丸いまま、テーブルの天板にされる方もいらっしゃいます。

2009年05月29日

深夜の酒樽屋 で杉樽(タル)が、さみしく出番を待つ

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仕事を終えて、鍵をかけた後の酒樽屋は真夏でもひんやりして、不思議な雰囲気です。
週明けに出荷する予定の酒樽だけが静かに出番を待っています。

かつて樽屋は杉樽(タル)や杉材が乾燥しないように、必ず北向きに造りました。
背表紙が日焼けしないように北向きに建てる古書店と同じ理由です。

商品を第一に考えているので、中で働く人間は その犠牲にならざるを得ません。
今は、古書店には空調がありますが、樽屋に空調は厳禁です。
冬は恐ろしい寒さですが、汗だくになるので休憩時間以外は案外暖かく、
この冬は小さな電気ストーブひとつで乗り切りました。
決して石油が高騰したからではありません。暖冬だったからでしょう。
これから夏にかけては南向きの日当りの良い工房よりも少しは楽に仕事が出来ます。

2009年06月24日

酒樽屋は頼まれれば変形の樽(タル)も作る

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特殊な注文の樽です。
水を入れ、更に氷も入れて、「缶入の茶」を沢山冷やして、店頭だか何かの催しに並べるのだそうです。
詳しい事は判りません。高さ25センチで、直径55センチ位の樽は出来るかと問われたので、
「出来ます」と答え、翌日は朝から「ハンダルセット」という特殊な樽を原型にして作って見ました。
変わった注文が来ると俄然、元気になります。失敗もありますが、うまく出来上がると
これ程、うれしい事はありません。
静岡の方からの注文の樽だったので、お茶を入れる事には違いないでしょう。

酒樽屋ですから、高さが約56センチ、直径も56センチ以上の樽を作る事は困難です。

2009年06月25日

酒樽屋は全国へ樽(タル)を発送する

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毎日のように電話やFAX,メールによる樽の注文を頂き、漬物樽、樽太鼓、酒樽.......
それぞれが違う形の樽ですから、作るのも大変ですけれど、梱包にも結構手間取ります。
通販をしている以上は避けられない工程です。

樽は形が丸いので、力強く紐を巻く事は案外むつかしいのだそうです。
樽屋竹十では「菰(コモ)」も巻きますから、その手法を応用すれば梱包は簡単です。
送った樽を褒めて下さったついでに、その樽の梱包まで褒めて下さった方がおられた事があり、
ちょっと恥ずかしい思いをした事があります。
樽屋竹十では海外発送の際は段ボールを用いますが、普段は写真のようにエアーキャップを使います。
面倒な時は専用の段ボール函に詰めてテープを貼って完成という方法も取りますけれど、
さすがに、高さ一尺八寸(約56センチ)の四斗樽(72リットル)は段ボール函に入れると、嵩張るので出来る限り裸で送ります。
稀に気が向いた日には余った菰を使うこともあります。
菰(コモ)は、あくまで輸送用のプロテクターであることを再認識します。
但し、縄だけは作業中に埃は立つし、手は荒れるし、下手に扱うと切れますので苦手です。

2009年11月30日

酒樽屋が作る木製樽(タル)

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明日から師走です。

11月は本業の酒樽(タル)に加えて、宮樽太鼓や漬物樽、味噌樽の御注文が重なり、
ずいぶん長く「酒樽屋日誌」をUPで来ませんでした。

毎年、気温が下がる頃に樽屋は忙しくなるのです。
丁度この頃に新酒が出ますし、晩秋の宮樽太鼓の催しが盛んになります。
各地の学校では音楽会に樽太鼓を使って下さるし、
結婚式では酒樽による鏡開きも復活して来ました。
漬物作りや味噌作りに木製樽(タル)が最適だと言う事にようやく皆さんが気付きはじめて下さったようです。
更に接着剤を一切使わない「樽屋竹十」の木製樽(タル)を評価して下さるようになり、
御陰様で大忙しでした。

夜遅くまで響く樽作りの音に我慢して下さった近所の皆さん、申し訳ありませんでした。

2010年01月20日

酒樽屋の入り口

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酒樽屋のおもてに出来上がった樽を並べて、数を調べました。
これから、これらを梱包しなければなりません。この作業も案外手間取ります。

この時期、味噌樽と漬物樽の注文が酒樽を上回ります。

味噌樽は高度な技術を要するので、漬物樽より高価になってしまいます。
味噌樽は出来るだけ空気に触れないように細長く、逆に漬物樽は空気をよく通すように作ります。
漬物樽を使っても味噌を作る事は出来ますが、仕上がりは、やはり味噌樽には及びません。
それでもプラスチックや琺瑯(ほうろう)の容器を使った味噌よりはずっと美味しいものが出来る筈です。


2010年02月07日

樽(たる)

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樽という漢字は木偏に尊と書きます。稀に土偏になることもあります。
もとは、尊だけで「たる」呼びました。

尊という字が角樽の形に似ているので、これだけで「たる」や「そん」と呼んでいましたが、
「尊い」と区別するために左に木を付けて「樽」となったといいます。

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こちらは撮影風景。アイルランドの写真家デビットさんのセッティング。
フランスの出版社の企画、写真集[SAKE](仮題)のための撮影です。
樽などをお貸ししたご縁で、彼の了解の元、酒樽屋も撮らせていただきました。
さすがにプロのセッティングですね、拙写(上の写真)もうまくいきました。

2010年04月20日

古い醤油用の木樽(たる)

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倉庫を整理していたら、昔の醤油樽(たる)がいくつか出て来ました。
明治から昭和30年代の終わり頃まで、
竹十では主に小豆島の醤油屋さんへ大量の醤油樽(たる)を
船積みして出荷しておりました。
もっぱら業務用の四斗樽(72ℓ)でした。

木樽(たる)の箍(たが)も何十年も経過しますと画像のように飴色になります。
切ったばかりの青い竹も清々しいものですが、このように古色が出て来ますと、
また別の味わいがあって、むしろ需要が増えて来て探し出すのに苦労いたします。
新しく同じ物を作ることは出来ませんから、これに似た古い感じの樽(たる)を
作る機会が増えました。

2010年08月07日

元気のない和樽(たる)組合

DSC09565.JPG中古のウヰスキィ樽の再利用

気が付いたら、「立秋」ですが、本格的な暑さはこれからでしょうね。

和服と洋服があるように、樽(たる)にも和樽(たる)と洋樽(たる)の二種があります。
基本的な製造工程が似ている点などは書きはじめると長くなるので、又の機会に譲ります。

和服は本来、「着物」と呼ぶべきで、明治維新前後に西洋から彼の地の衣服が到来した頃、ふたつを区別するために作られた急造日本語で、繊維業界では「和服」が定着してしまいましたが、
樽(たる)の場合は、樽(たる)そのものを目にする機会も近年減って来たからでしょう。
「和樽(わだる)」という変な日本語は死語になりつつあり、「樽(たる)」と呼ぶだけで、
吉野杉の樽(たる)を示すように本来の呼び方に戻って来ました。

日本には、かつて全国各地に「和樽組合」という団体が組織されました。
酒樽(さかだる)を酒造メーカーに納める際に、その価格の改訂を蔵元側と折衝したり、
(戦前は醤油メーカーと樽の価格相談もありました)
「樽職人労働組合」との賃上げ交渉、「輪竹製造組合」との価格相談、吉野の「樽丸組合」と材料の価格を調整する際等に、その窓口になっておりました。

大手酒造メーカーが強い影響力を持っていたので、一軒ずつの交渉は受けてもらえず「和樽(わだる)組合」が全ての窓口になっていたのです。
明治の半ば灘五郷とその周辺の樽関係の業者が集まって「灘五郷酒樽製造業者組合」を組織しました。
今は、「兵庫県和樽工業組合」と改称されております。
しかし最近20年ばかりは「酒樽(たる)」の価格改定の機会もなく、和樽(たる)組合も親睦団体化してきた上に組合員も年々減少してきましたので、現在では「和樽組合」は名ばかりになっております。
他の業界でも「組合」という形態そのものが弱っていますが、少なくなっていく和樽(たる)を今も作っている樽屋業界の場合は「樽屋(たるや)竹十」の灘五郷周辺地域だけで、日本中に残っているほぼ10軒の樽屋のうち約半数を占めているのが現状ですから、全国組織にする等、仕入れや販売面で協力して、なんらかの形で「和樽(たる)組合」が元気を取り戻す努力をしなければ、と思っております。

将来は「和樽」という妙な日本語は排除して、堂々と「樽(たる)」の組合に戻すべきですし、「日本酒」という卑下した謂いも徐々に改善して行きたいものです。

2010年08月11日

完成した木製樽(たる)の発送

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完成した様々な木製樽(たる)は、簡単に梱包して、紐で荷造りし各種宅急便や小さな樽(たる)や海外発送なら郵便局から発送します。
木製樽(たる)は丸い形をしていますから、荷造りは案外難しいものです。
長い間、菰巻きの練習をした御蔭で紐掛けが得意になりました。

「たるや竹十」は昔から、地元の灘五郷だけではなく、全国各地へ発送しておりましたから、
荷造りが苦にはなりません。
ただ、昔は梱包資材と言えば「菰(こも)」「荒縄」でしたが、
最近はエアキャップビニール紐になってしまい、いささか風情がありません。

時々、木製樽(たる)だけでなく、梱包が見事だとを褒めて頂くこともあり、困惑します。

木樽(たる)が届いたら、これらのビニール類は直ちに廃棄して下さい。
化学製品の中で木樽(きたる)が窒息し、今の様な季節ですと「黴」の原因となります。

2010年12月03日

樽(たる)の中に入った聖護院大根

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ようやく冬らしくなってまいりました。
町を歩くと美味しそうな野菜が目にとまります。
いずれ又、漬物樽に容れられるであろう聖護院大根も漬物樽に入って店頭に並んでおりました。
これは多分、千枚漬けになる材料でしょう。

このように生野菜を容れて置くだけでも、プラスチック等より木製樽(たる)の方が、
中に容れた物の鮮度を保つ力は勝っております。
それ以前に店頭に置いた時の雰囲気作りに木製樽(たる)が最適です。

2010年12月06日

酒樽(さかだる)に接着剤を使わず、竹釘を使うので起こるトラブル

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これは前にも紹介した「目廻り」と言う木のトラブルです。
無理矢理、木目の中に竹釘を叩き込むと木目が割れてしまいます。
原木の時からひび割れている場合もありますが、この場合は叩き込み杉です。
木工用接着剤を使えばこんな事は起こりませんけれど、樽屋竹十の場合、
江戸明治期の樽作りの手法に戻したので、こういうトラブルも仕方がありません。

全ての樽(たる)作りに化学的接着剤を使わず、竹釘接ぎをしている証拠でもあります。

2010年12月17日

無添加の木製和樽(たる)

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人間が食べる物ですから、同じハムでも原材料が「豚肉」と「食塩」というシンプルなものが好きです。
何故、ハムに「水飴」等々を添加しなければならないのでしょう。

食料品には最低限の保存料添加で押さえて頂きたいと思います。
欄からはみ出る程、沢山の種類の聞いた事も無い化学薬品を含んだ食品が町にあふれています。
一ヶ月も車の中に置き忘れていた食パンが腐らず、未だふわふわしていた事があり驚きました。
樽屋竹十の和樽(たる)も原材料は「杉」と「竹」のみ。
稀に「和紙」を含む。というシンプルな物で、決して化学物質を使用しない事にしております。
防腐剤等を含んでいませんから当然ながら、湿気を含むと「カビ」が発生する事もあります。
「カビ」が発生する方が自然で、「カビ」が出ない方が危険ではないでしょうか。
最近「黴(かび)」に対し過敏に反応する方が増えました。
清潔過敏症にならないように気を付けましょう。
発ガン性のある防腐剤の方に注意すべきではないでしょうか。

こういう問題に関しては、余りヒステリックにならない位の方が良いと思います。
現代は江戸時代と違って、流通も変化しましたし、安全な添加物も開発されている筈です。

2013年11月14日

和樽(たる)屋に来訪者相次ぐ

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和樽屋(たるや)にはメールやFAX,お電話による御注文が圧倒的です。
殊に電話の方は木製の和樽(たる)を初めて使われる方や、意外な目的に使われたりするため、
様々な質問をされてこられ、こちらも興味深く聞き入ってしまうが多々あります。
樽(たる)のことなら御遠慮なく何でも訊いて下さって結構ですが、味噌や漬物の事になりますと専門家ではないので、逆に何年も和樽(たる)を使われている先輩諸兄に当方が質問する事が多くなり、醤油等は作った事がないのですけれど中途半端に詳しくなりました。
いつか私も醤油作りと本格的な奈良漬け作りに挑戦してみようと思っております。
ただ、樽屋竹十の丁度向かいに販売のみですが奈良漬屋さんがあるので完成品を買ってしまいます。
木製和樽(たる)という商品の性格上、実際にご自身の目で御覧になり手で触ってみてから判断したいと言う熱心な御客様が月に何人か来られます。
写真の方も御姉妹で他府県から来られ、随分悩まれれて木製和樽(たる)を数個お買い求めになられました。

今は製作工房なので遠くから来られた御客様を充分おもてなしする事が出来ず遺憾に感じております。
樽屋竹十のショップは別の場所に来年早々オープンの予定です。
近日中に詳細を御案内致します。
手前か「五升漬物樽(27型つけものたる)」真ん中が「味噌樽(みそたる)の小」右端は「一斗漬物樽(つけものたる)34型」
奥に見えるのは「四斗樽(56型)
」を分解して再生漬物樽(つけものたる)を作る途中のものです。
樽(たる)の大きさの目安になるかと思い、敢えて一緒に撮りました。

2013年11月19日

清酒用の和樽(たる)を分解する

DSC_0825.jpg

せっかく作った清酒用の和樽(たる)を分解するのです。
自分たちで拵えた物であるためもあって、作る以上にくたびれます。
実際、酒を含んでいるので重たいうえにタガが強くなっていて力を要す作業です。
和樽(たる)は杉,竹、槙の三種を組み合わせ。
部材で分けると側、底、蓋、竹タガ、槙製の天星、接ぎ用の竹釘の6点に分解します。
一旦バラバラにして乾燥させた後、再生の和樽(たる)を作りますが、
意外な使用法もあって、それはまた後日紹介。

たるや 竹十

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