樽屋 突然の桜の開花に驚く
東京は、二日前の寒雨とうって変わり、桜満開!
丁度日曜日ですから、都庁前の新宿公園では早々とブルーシートで席取りの準備をする人たちがゾロゾロ。
杉樽を持って行ってくれるかな?
このブルーシートというもの、桜にとって甚だ迷惑な存在なのです。
東京は、二日前の寒雨とうって変わり、桜満開!
丁度日曜日ですから、都庁前の新宿公園では早々とブルーシートで席取りの準備をする人たちがゾロゾロ。
杉樽を持って行ってくれるかな?
このブルーシートというもの、桜にとって甚だ迷惑な存在なのです。
樽屋も、雛祭りをします。
これは享保雛という江戸後期文化爛熟期の「おひなさま」です。
雛道具はみんな小さくて、かわいいので、マニアの間でも人気なのです。
生活用具が殆どあるわけですから、杉樽、漬物樽、味噌樽、盥、手桶・・・・・・
明治頃までの道具類は、なんでもあります。
樽太鼓は、ありません。
十月一日です。
秋です。
さすがに朝晩は肌寒くなってまいりました。
皆さま、風邪など召されませんように御自愛下さい。
この日は日本酒の日だそうです。
いつから決まったのか存じませんが、酒のことは「さけ」或は「清酒」と呼ぶべきで、
「日本酒」という謂いは、ちょっと変ではないでしょうか。
それなら、ビールのことを「ドイツ酒」、ウイスキーのことを「イギリス酒」、ワインやシャンパンのことを「フランス酒」バーボンのことを「アメリカ酒」などと呼ばねばならなくなります。
「酒」は日本古来の立派な飲み物ですから卑下する事なく、堂々と「さけ」と呼びたいものです。
因に英語でもJAPANESEは付かず、[SAKE]と表記します。
賀 正
客年は御引立てを忝うし奉謝候
尚本年も倍旧の御愛顧奉願上候
年末年始は漬物(つけもの)や味噌(みそ)をつくる時期であることに加え、
灘五郷をはじめ、全国の蔵元からの酒樽(さかだる)の注文に追われて、
酒樽屋日誌の更新があまり出来ない状況が続きました。
「たるや竹十」は、手づくりならではの酒樽(さかだる)、漬物樽、味噌樽、樽太鼓、店舗用樽に
今年も更に力を入れていく所存です。
画像は江戸時代から昭和初期まで流通していた「引札(ひきふだ)」です。
もっぱら木版画や石版画で、本来この版画の横に商店名が入り、年末年始に得意様に配ったものです。
新年の暦などが挿入された引札暦という豪華版もありました。
現在の新聞折込チラシのようなものでしょう。
モチーフとして酒樽(さかだる)も恵比寿さんや大黒さんと共によく使われています。
ことほどさように酒樽(さかだる)が当時の日本人にとって日常的なものであった証拠でありました。
心無しか涼しくなってまいりました。
今日10月1日は「日本酒の日」だそうです。
全国各地でイベントがあり、多くの酒樽が鏡開されます。
日本の酒なのですから、「日本酒」等と媚びた呼び名にせず、
堂々と「酒」あるいは「清酒」と名乗ってもらいたいものです。
ビールをドイツ酒、シャンパンをフランス酒、テキーラをメキシコ酒と呼んでいるようなもので、少々恥ずかしい思いがします。
外国でも「サケ」で通用する訳ですから、早急に「日本酒」という奇妙な表現はやめましょう。
酒という漢字を分解すると、水(癸)と酉で、ミヅのトリとは癸酉の意です。
「酉」は本来「酒を醸造する器(つぼ又はかめ)」を意味していますが、大きい意味では「樽(タル)」です。
「樽」のつくりである「尊」も「かめ」から来ているのですが、この話は別の機会に。
「酒」のさんずいは当然、酒造に不可欠の「水」ですけれど、「御津(水・蜜・密)の多留・
暦の10番目に位置することと、新米の収穫期であることから、この日が選ばれたそうです。
足る」でもあります。
「酒」に似た漢字に「配(くばる)」がありますが、
これを分解すると、酉(とり)と己(おのれ・ツチのトリ)になります。
配(ハイ)とは己酉。
酉は酒壷を意味していますし、己は、そのカメに人が膝まずく姿の象形文字でもあります。
常に暦と連動して醸造を続けて来た名残でしょう。
どことなく、こじつけ気味の説明ですが、
白川静氏が亡くなられたので、詳しい事が判りません。
ちょうど新酒の季節ですし、日本のボジョレ・ヌーボーのような物だと思っておけば良いのでしょう。
この頃から清酒業界は一気に忙しくなるのです。
10月1日はウラジミール・ホロビッツや服部良一の誕生日でもあり、音楽的にも何か関わりがあるのかも。
確かに醗酵中の酒に心地よい音楽を聴かせると味が良くなると言われています。
近くの蔵元では醸造蔵の中でドリカムのCDを聴きながら仕事をしています。
出来上がった酒は、やはり若い味でした。因果関係を調べた訳ではありませんが。
日本をはじめ、東アジアの食文化にとって不可欠な道具のひとつである箸(はし)は、
中国で随の時代から使われはじめ,聖徳太子によって日本に到来したそうです。
竹冠で書くところから最初は竹で作っていたらしいのですけれど、
日本の食事には竹よりも木の箸(はし)が相応しいと思います。
殆どの箸(はし)は杉をはじめとして各種の木で出来ています。
箸に使う杉の材料は、ほんの少し前まで酒樽の材料を作った端材を用いて、
奈良県吉野郡の地場産業のひとつとして樽丸と共に栄えて来ました。
最近では、1500年前とは別の形で中国から大量の白樺の箸(はし)が輸入されて、
吉野地方の産業としては成り立ちにくくなってまいりました。
正月の祝箸には両端の尖った柳の物を用います。
市原平兵衛商店
住所:京都市下京区堺町通四条下ル
電話:075-341-3831
営業時間:AM10:00〜PM6:30(平日) AM11:00〜PM6:00(日・祝)
六月も半ばを過ぎました。
日本特有の、この時期は樽(たる)にとって、最も困った季節なのです。
竹や蓋(ふた)に黴が発生し易い、雨期という季節は酒樽屋にとって大敵です。
かつて、黴雨と書いて「ばいう」と読んだ程です。
地方によっては普段の倍以上の雨量なので「倍雨」とも呼びました。
今年は、春に長雨が続いたので、空梅雨とばかり予想していたら、
やはり毎年通り、梅雨前線は活発なようです。
ただし、樽にとって不可欠である杉や竹などの植物の生長にとって雨はなくてはならないもの。
また、味噌や漬物の醗酵が最も盛んに進む時期でもあります。
日本有数の雨量を誇る奈良県吉野郡川上村の山林でも、ここ数日の長雨は「恵みの雨」でありました。
さるにても、欧米の大粒の雨と違って日本の雨には幾本もの糸が引く様な降り方に独特の風情があり、
まさに、驟雨と呼ぶに相応しい景色です。
「久雨尚歇まず輕寒腹痛を催す。夜に入って風あり燈を吹くも夢成らず。
そゞろに憶ふ。雨のふる夜はたゞしんしんと心さびしき寝屋の内、これ江戸の俗謡なり。
........」永井荷風『 雨瀟瀟』大正十年
今夜は旧暦で八月五日、望月、芋名月、あるいは単に名月とも。
縁側に文机を出し,月見団子や里芋、また穫れたての野菜などを供えます。
残念ながら、今年は秋雨前線の影響で満月は見えず。
十五年前の阪神淡路大震災の夕べは真っ赤な満月でした。
満月を見ると、いつも Tom Waitsトム・ウエイツの Grapefruit Moonと、
ソウルフラワー ユニオンの「満月の夕」そして酒樽の蓋(ふた)を想起します。
蓋(ふた)のことを「鏡(かがみ)」とは呼びますが、「満月」云々とは謂いません。
隅に付いている木栓は「天星」と呼ぶのですけれど..............
月々に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月 よみ人知らず
越後、上原酒造の軒先
今日は酒の日だそうで、各地で催しがあります。
「酒」という漢字の「酉」が十二支の十番目だからという無理なこじつけのようですけれど、
全く意味がない訳ではなく、「酉」という漢字は壷の形を現す象形文字。
壷はもちろん酒壷を意味します。
この時期には新米が収穫され、十月は新酒が醸される月でもあります。
明治期に制定された酒造法では10月から翌年九月までを酒造年度と定めました。
そんな訳で十月一日を「酒造元旦」と呼ぶ風習が一部の酒造家達の間には残っているようです。
「樽屋」の動きも変わります。
十月は各地で秋祭りがあったり、結婚式が増えたりして、酒樽の注文が集中します。
年始から、味噌樽(みそたる)、樽太鼓(たるたいこ)と御注文が続いておりましたが、
先日までの記録的な猛暑が嘘だったように、急に過ごしやすい気候になったからでしょうか、
漬物樽(つけものたる)また気温が下がったので、もう一度「味噌樽」。そして、本流の酒樽(さかだる)の製造に樽屋(たるや)の仕事も移行して行きます。
お陰で一年を通じて「樽」を作り続ける事が出来る訳ですが、
数年前までは、11月〜12月に酒樽の注文が集中して、夏期は主に底や蓋(ふた)の製作に明け暮れておりました。
震災以降、東北の桶屋さんが休業あるいは廃業せざるを得なくなったので、
従来の御客様以外に北日本からの木製樽の注文も受け入れる状況が続き、一ヶ月以上も
blogの更新が出来ませんでした。
樽が完成しても輸送が不可能で、地震から約100日後の今頃ようやく輸送状態も元に戻って来ました。
出来上がった杉樽をトラックが動くまで大量に保管しておく事にも苦慮致しました。
西瓜の美味しい夏であります。昔のように切らずに丸ごと売っている店も少なくなりましたし、家族も少なくなり、井戸のある家も珍しく、冷蔵庫に入れるにも限度がありますが、
西瓜はやはり、切売りより真ん丸の方が風情があります。
酒樽屋も今日から短い盆休みです。
金色の 仏壇のある 海の家 小澤 實