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2008年09月 アーカイブ

2008年09月01日

蓋(ふた)が無ければ酒樽とは言えない

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これが、酒樽の蓋(ふた)。
底と蓋(ふた)に関しては材料が吉野杉でない場合が多いのです。
多くの場合、肥後杉や宮崎杉などの九州産杉材を使います。
理由は吉野材より、九州の杉の方が水分がにじみ出しにくい事と、九州の杉は香りが無いので木香が付きにくく、酒を詰めてから酒樽が長持ちし易い等々。
勿論、かつては酒樽と言えば底蓋も含めて全て吉野杉で作っておりました。
昭和50年頃から使い易い、値段も安いという理由から肥後杉による底と蓋(ふた)が席巻してまいりました。
これを使っている限り「吉野杉の酒樽」とは呼べないのです。

それだけでなく、量産のために木工用ボンドを底蓋の継ぎ接ぎ面に多用するようになり、
酒樽の質を落として来ました。
「たるや竹十」では樽太鼓以外の食品を入れる樽には写真のように昔ながらの竹釘接ぎを使うよう努めております。
アレルギーの方もいらっしゃるので、樽太鼓にも極力ボンドを使わないようにして、工房からケミカルな物質を一掃していく積もりです。
一枚の蓋(ふた)に何カ所も竹釘を使って、手間はかかるんですがより良い酒樽や漬物樽を作る事が出来ます。
酒樽作りにおいて、木工用に限らずボンドの類いを使用しても漏れが止まる事はありません。

2008年09月04日

酒樽屋のお八つ 其の貳拾

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先日、横浜の叔母さんが奈良の吉野土産に「鮎菓子」を、これでもかと言う位 たくさん送ってくれました。
吉野は酒樽の材料である樽丸の原産地ですので親戚が沢山います。
ここの「鮎菓子」を作っている店の露地を挟んだ所に祖母の家があり、夏休みには
必ず、自転車にのって吉野まで行き、何日も泊まっておりました。
この店に十円玉を握りしめて「鮎菓子」を買いに通ったものです。

裏街道には鮎料理の老舗「弥助」があります。

それにしても、こんなに何匹もの「鮎菓子」を前にするのは初めてです。

鶴萬々堂 支店 
奈良県吉野郡下市町本町
0747-52-2473
磯田明隆

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こちらは同じ奈良県でも奈良市の某旅館の夕餉に出た本物の「鮎」

どちらも美味なり。

2008年09月08日

結納の日に、床の間に酒樽が

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かつて、結納の日には必ず縁起物の「角樽(つのだる)」を持参したものです。
今回は、ある企画のカタログ制作に「角樽」が必要になり、「たるや竹十」に昔からあった、漆塗りの「角樽」を提供しました。
本来、対になっているもので、二つなければいけないのですが、いくら探しても一つしか見つかりませんでした。

但し、「角樽」とは「樽(たる)」という名前はついておりますが、これは桶師の仕事です。
また、樽に漆を塗る目的は意匠上、朱と黒に塗り分ける意味と強度を増す利点の二つがありますが、多くの場合、中身の樽の材料の悪さを隠す目的にも使われました。

本当に良質の樽や桶は生地のまま作り、材料の色目の美しさを楽しむものです。
酒樽(さかだる)に菰(こも)を巻いて中身の樽の品質の悪さを隠す行為に似ています。

残念ながら、最近目にする「角樽」は99%が人工樹脂製で、木樽(たる)ではありません。

2008年09月09日

酒樽屋の自転車道 1 酒屋の運搬用自転車

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安売の量販店がいくら増えても、町の酒屋さんや米屋さんは元気です。
フットワークのいい酒屋さんほど、配達に自転車を使っています。
その自転車、ただ者ではありません。
いわゆる「氷屋の自転車」と呼ばれていた車重が百キロ近くもして、小さなバイクより重く、
なおかつ、頑丈で自転車の王様です。
タイアも最も太いものを履いております。

なにしろ、載せる商品も数十キロですから、安価な量産自転車では壊れてしまいます。
頑丈ですから概して年代物が多く、珍品もよく見かけます。
外観からは想像出来ないくらい高価なもので、当然何十年の使用にも耐えられ、今も生き残っている訳です。

現在でも、新車を手に入れる事が出来ます。
車検はないし、税金もかからないし、酒屋さん自身の運動不足解消にもなり、ガソリンの値段がいくら上がっても関係ないし、
駐車違反の心配も少ない(法的には自転車も駐車違反の対象になります。)ので、
良い事だらけです。
真夏と,真冬、それに雨の日は若干苦痛。

それに自動車のように保険が未だ整備されておりません。唯一、盗難保険だけですが、この種の自転車を盗む人は少ないでしょう。

写真の自転車はベルをフォークに取り付けてワイヤーで駆動しハンドル部分で操作するという理解出来ない機種です。(今は故障)
ハンドルに直接ベルを付ければいいと思うのですが、当時の自転車屋さんの遊び心でしょう。

こんな自転車の後ろの荷台に80キロもする四斗酒樽(さかだる)を積んで町を走っていた良き時代もありました。

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サドルの後に見える長い鉄枠は背もたれ兼荷物固定具。
 

2008年09月10日

酒樽屋がつくる「漬物だる」や「味噌だる」

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酒だる屋は「酒だる」をつくる合間に「漬物だる」や「味噌だる」もつくります。
「漬物だる」は蓋が嵌め込まれていないので、「酒だる」よりも制作が容易なように見えますが、実は蓋を組み込まないという事は入れるタガの強さや、周囲の樽材に鉋(かんな)をかける際の角度をより正確にしておかないと、変形した漬物だるや味噌だるが出来上がってしまいます。
箍(タガ)は強ければ良いというものではないのです。

「漬物だる」は「酒だる」よりも、ある意味では高度な技術を要します。

もう一点、「酒だる」は一度きりの輸送容器ですが、「漬物だる」は数十年使用する貯蔵容器ですから、材料も厳選しなければなりません。

尚、「漬物だる」を使う場合に漬物石を使うための「押し蓋(おしぶた)」又の名を「中蓋(なかぶた)を使う場合と蓋(ふた)は一切使わない二種の方法があり、
また最近は衛生上、ほこりや虫が糠(ぬか)に入らないように「上蓋(うわぶた)」を使う傾向があります。(写真は上蓋・うわぶた)

「漬物だる」には必ず蓋が一枚付いていますので、どちらかを選ぶことができます。

更に、この上を和紙でくるんで密封しつつ、空気の流通を良くしたりもします。
ラップ等のビニール類は糠(ぬか)が窒息するので、絶対に使わないで下さい。


2008年09月11日

酒樽屋のお八つ 其の貳拾壱

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蕎麦板であります。
お店では「せいろ」も食べることが出来ます。

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本家 尾張屋
京都市中京区車屋町通二条南仁王突抜町322
075-231-3446

2008年09月12日

酒だる屋がつくる漬物だる

DSC06853.JPG 錦高倉屋

専門の漬物屋さんに於ける漬物だるの使用例です。
両端の二丁の漬物だるは四斗だるですが、真ん中の背の低いものは酒だるの中の「ハンダルセット」と称す、上半分の物を再利用しています。
仕事柄、工房内の湿気が高く、更に水の使用量も多いので、どうしてもタガの伊丹が一般家庭より早くなっています。

押しぶたを使う場合、その上に漬物石を置く場合、蓋(ふた)を一切使わない場合など、使用用途によって、さまざまです。
共通する点は専門家は(上蓋うわぶた)は使わないという点です。

2008年09月13日

酒樽屋がつくる樽太鼓

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酒樽屋は酒樽(さかだる)ばかり作っている訳ではありません。樽太鼓も作ります。
学校の音楽祭、祭りの連、店舗設計のディスプレイと樽太鼓の用途は沢山あります。
樽太鼓は酒樽と違って酒を入れる訳ではないので、竹の箍(たが)を可能な限り強く締めます。
そうする事によって樽太鼓としての第一条件としての高音を得ることが出来る上に使わない時も乾燥しにくく長持ちします。

2008年09月14日

四斗酒だるの鏡開き

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「鏡開き」といえば、やはり四斗の酒だるです。
とは言え、四斗は一升瓶で40本ですから、そう簡単に空には出来ません。
そこで、上げ底が主流になります。
写真の酒だるは四斗の形をした二斗だるで、「鏡開き」が容易に出来るように
蓋(ふた)を予め開けてあるタイプです。

ところで、鏡開きに使う枡(ます)は必ず杉製を使いましょう。
「酒だる」は杉で出来ている訳ですから、桧(ヒノキ)の枡(ます)等を使うと樽酒の味がしなくなってしまいます。

2008年09月15日

酒樽屋 限定一部の酒だるを作る

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酒樽屋の近所に「一笑瓶」(いっしょうびん)という名の立ち飲み屋さんが開店、オープニングに鏡開きをしたいというので、「酒だる」を用意しました。
樽が見える裸にしましょうと提案したのですが、二斗だるの一斗入りを御希望。
仕方なく、下半分が発砲スチロールの「ハンダルセット」にしました。
当然、菰(こも)に字を書かねばなりません。
赤と黒の変わった菰樽が出来上がりました。

神戸市灘区稗原町1丁目5−1 シャリエ六甲道1F
16:00~23:00 定休日 日曜日
078-841-5959

2008年09月16日

吉野杉の酒樽には杉枡(ます)

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今度は、四斗の酒樽では大きいので一斗の酒樽です。
これは鏡開きせず、下の呑み口から酒を出すタイプです。

左の段ボールに入っているの物は、この酒樽のために特別に作った杉枡(ます)です。
片面には依頼主の名前が、裏側には蔵元の名前が入っております。
限定100個なので、肝心の酒樽より枡の方が高価な物になってしまいました。


2008年09月17日

酒樽屋のお八つ 其の貳拾貳 満月

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満月でありました。
少々、朧雲ですが、酒樽(さかだる)の蓋(ふた)を想起させます。

眞菓「満月」だけは曜日を限って店主自ら作るので入手出来ず、
本日は「阿闍梨餅」です。

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阿闍梨ācāryaというサンスクリット語は、規範を意味し、日本に来て高僧の意に転じ、天台宗や真言宗では僧位を表しています。中央が盛り上がった形は、比叡山で千日回峰修業を行なう阿闍梨がかぶる網代笠を象ったもので、厳しい修行中に餅を食べて飢えをしのいだことに因み考案された菓子です。

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阿闍梨本舗 満月
京都市左京区鞠小路通今出川上ル
075-791-4121
9:00~5:30

水曜日定休

2008年09月18日

酒樽(さかだる)に酒を詰める

%E6%A8%BD%E5%A0%B4.jpg 菊正宗酒造記念館蔵

上田耕甫画 「酒造り繪巻」昭和四年作

かつては、大桶から小桶に入れ替えて酒樽に運び直接、清酒を樽詰めしておりました。
その後、琺瑯のタンクの時代になりますと、タンクから太いホースを使い酒樽から あふれる程、樽詰めしていた時期もあります。
少し位の清酒が あふれても誰も気にしないし、あふれた清酒は入るだけ お腹の中に入れて帰っても誰も咎めない良き時代でした。(瓶に詰めて外部に持ち出す事は今も昔も御法度です)

どこの蔵元にも、こういう「樽場(たるば)」という場所がありましたが、年々見かけなくなってきました。

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現在は、正確な容量と酒税の関係から無駄なようですが、一升瓶に詰めた清酒の封を切って、酒樽に詰めます。

2008年09月19日

酒樽屋のつくる樽太鼓

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樽太鼓(樽だいこ)は楽器ですから、音が命です。
見て美しい事も大切な要素ですが、ケヤキに革張りの「太鼓」とは又違った「樽太鼓」独特の音色を楽しんで下さい。
樽太鼓は楽器の中でも廉価ですし、痛んで来たら修理も可能です。

写真の樽太鼓は竹の箍(たが)の余分な部分を処理する最後の工程を待っている所です。

2008年09月20日

酒樽と樽太鼓の違い

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酒樽(さかだる)と太鼓樽(たいこだる)の最も大きな違いは蓋に木栓用の穴が空いているか否かです。
基本的に樽太鼓(たるだいこ)の蓋(ふた)はフラットです。
それに対して酒樽(さかだる)の場合は清酒を入れるための口として蓋に小さな穴が空いております。
例外として酒樽(酒だる)を流用した樽太鼓(樽だいこ)には蓋(ふた)に穴があいています。

2008年09月21日

修理を待つ樽太鼓

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樽太鼓(たるだいこ)は楽器として,蓋を叩く物ですから、数年で写真のように蓋(ふた)が痛んで来ます。
保管が悪いと樽太鼓の箍(たが)が緩んだり切れたりします。
そうなると、こうして「たるや竹十」に沢山の樽太鼓が修理に持ち込まれる訳です。

一度、清酒を入れた酒樽(酒だる)は一空樽(いちあきだる)といって市場に流通しているのですが、
これら、使用済みの酒樽(酒だる)は水分を含んでいるため、時間の経過と共に急速に乾燥しますから、音が悪く、樽太鼓(樽だいこ)には適していません。
蓋(ふた)に穴が有る無しは樽太鼓(樽だいこ)としては関係ないので、竹の箍(たが)を締め直して樽太鼓として再利用することもあります。

2008年09月22日

修理が出来た樽太鼓(たるだいこ)

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蓋(ふた)を新品に取り替え、新しい箍(たが)を巻き、締め直します。
悪い部分があれば、この段階で側(かわ)等の部位を交換。新品同様に変身させます。
写真の樽太鼓(たるだいこ)の場合は未だ使える箍(たが)があったので一部再利用しました。
樽太鼓(たるだいこ)の修理は主に蓋(ふた)の交換なのですが、蓋(ふた)を替えるには、
工程上、一旦 竹の箍(たが)を全て抜く必要があり、その際に抜いた竹の箍(たが)は痛んでいて、再利用出来る事は殆どありません。
今回の樽太鼓(たるだいこ)は保管が良かったので、もう一度使う事が出来ました。

使用しない時の樽太鼓(たるだいこ)の保管の注意点は直射日光を避ける、風が当たらない冷暗所を選ぶ。水を絶対にかけないという三点です。
樽太鼓(たるだいこ)は杉と竹で出来ています。
野菜と同じように扱って下さい。
保管時は新聞紙でくるむ事を、お勧めします。

2008年09月23日

白川の柳並木と阿闍梨橋 酒樽屋の柳 2

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柳と言えば白川です。

写真の一本橋(行者橋)は、 比叡山の阿闍梨修行で千日回峰行を終えた行者が
粟田口の元三大師に報告した後、 京の町に入洛する時に最初に渡る橋であり、
行者橋、阿闍梨橋とも言われる。

また、江戸時代、この橋を粟田祭の剣鉾が差して渡る「曲渡り(曲差し)」が呼び物であった。(道標による)

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本名「古川橋」長さ約五丈、幅約二尺(70㎝ほど)。
江戸の国文学者、橋本経亮(つねあきら)の随筆「橘窓自語」に「天明六年」の記述がある程に古い橋なのに、京の町では日常生活の橋として使われているところが嬉しい。

京都市東山区白川橋三條石橋町

2008年09月24日

川瀬巴水展はじまる

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鏑木清方の弟子、川瀬巴水(はすい)展が没後50年ということで大田区立郷土博物館に続き、姫路市立美術館 で開催されております。


前期9月21日から10月13日
後期10月15日から11月3日(250点を展示するので、入れ替えの由)


画像は代表作「尾州 瀬戸」昭和九年作

没後50年といえば、巴水の二年後に亡くなった永井荷風先生。清方にもゆかりがある訳ですが、種々企画が進んでいるようです。

2008年09月25日

酒樽屋のお八つ 其の貳拾參

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みたまやの「黒みつだんご」なり。
米粉、餅粉、に吉野葛が入り,黒蜜にたっぷりの きな粉をまぶした食感は独特。
賞味期限は当日限り、売り切れの場合多し。

昔は一日二食だったので、八つ刻、即ち午後二時から四時の間に,お腹が空くので何か軽いものを、殊に少々甘い物を食べていたようです。
江戸中期頃にようやく三食になりますが、この「中食」の習慣は続いたようで、
現代の「お三時」は、その名残でしょうか。

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御菓子司 美玉屋
京都市左京区下鴨東本町18-1
075-721-8740
09:30~19:00
火曜日定休

2008年09月26日

酒樽(さかだる)の製作途中

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四斗甲付酒樽(こうつき さかだる)を作っている途中の風景です。

蓋(ふた)を締めている「口輪(くちわ)」と、それを補助する「頭(かしら)」の二本が入って、酒樽専用の銑(せん)を使って酒樽(さかだる)の周囲をを削った段階です。
底は金属製の「しんちゅう」という道具で仮に止めています。
何故、鋼で出来ているのに「しんちゅう」(真鍮)と呼ぶのか理由は判りませんが、とにかく、この段階までくれば、酒樽(さかだる)製作のほぼ八割の仕事は終わっています。

この後、残りの五本の箍(たが)を入れて締め付け、元打(もとうち)という箍(たが)の処理を行い、竹ささらで最後の掃除をします。
空気を入れて漏れの検査を済ませば「酒樽(さかだる)」の完成です。

2008年09月27日

四斗の樽太鼓(たるだいこ)を出荷

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秋祭りの季節です。

お祭りには、樽太鼓がよく使われます。
一番大きな四斗の樽(たる)太鼓をまとめて出荷しました。
真っ青な竹タガは、清々しいものです。
大きさがわかり易いように手前に五升樽を一丁置きました。

樽太鼓(たいこだる)には72リットルから9リットルまで4種類あるのですが、樽太鼓といえばやっぱり四斗樽が大きさで一番迫力があります。

作る時は勿論ですが、一尺八寸の吉野杉材の選別から、最後の梱包まで、四斗の樽太鼓の扱いには何かと体力を要すのです。

2008年09月28日

50年後の漬物樽(つけものだる)

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先々代が納めた漬物樽(つけものだる)のその後を追跡してまいりました。
三つ共、現役で活躍している事を確認して、安心しました。
一番下の「泣き輪」が欠損していましたが、これは漬物を作るのに支障のない箍(タガ)です。
樽太鼓でも漬物樽でも、よく抜けたり腐ったりし易い物ですが、力がかかっていない箍(タガ)なので、気にする事はありません。

画像の通り、正面は糠漬用の漬物樽(つけものだる)、左に少し見えている方は塩漬用の漬物樽(つけものだる)です。
余程保管がよかったのでしょう、箍(たが)が美しい飴色に変化しています。漬物樽(つけものだる)としては一番良い時期です。
もう一つ予備の漬物樽もありました。
どの漬物だるも一斗樽(18リットル)ですが、樽(たる)そのものは同じ物なので味噌も含め何にでも使える訳です。
後ろに見えている物は正式な味噌樽(みそだる)

近所の河原で拾って来たという漆黒の漬物石に風情を感じます。

2008年09月29日

酒樽(さかだる)の引札

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「引札(ひきふだ)」とは現代でいうところのチラシです。
今だったら、チラシは直ぐに捨てられる運命にありますが、
江戸期には木版、明治から大正期には石版で刷られた楽しい印刷物なので、
宣伝用のチラシですけれど、図柄も美しく、綺麗に保存されていることが多く、
コレクションしている人も大勢います。
写真は引札の定番登場人物、恵比寿大黒が四斗の酒樽(さかだる)に菰(こも)を巻いている図です。

本来、引札には無印のものが幾種類もあり、各商店主は印刷屋が示す図柄から好みの物を選び、
自分の店の名前や商品の名称を刷ってもらい、顧客に無料で配ったものです。
ですから、見本のために作られた屋号のない無印の引札も多数、現存しております。

酒樽(さかだる)が図柄に選ばれるほど、木樽(たる)が当時の生活に密着していた証拠です。

2008年09月30日

昔の酒樽屋風景

DSC01791.JPG 桜正宗 所蔵資料より

江戸期から昭和四十年頃まで、酒樽屋といえば、写真のような光景でした。
沢山の酒樽職人が「みせ」と呼ばれる作業台に並んで、一日に数十個の酒樽(さかだる)を叩いたものです。
一日と言っても、朝六時前から昼三時頃まで。道具を研いで仕事を終えます。
職人以外に「うろうろ」という人たち、即ち助手が酒樽職人二人に一人位付きます。
酒樽職人は、ひたすら酒樽を作るだけで用を足す時以外は「みせ」を立ちません。
必要な材料や道具が必要な場合、また昼食時の茶など全ての雑用を「うろうろ」に命じます。
仕事場の中を一日中「うろうろ」しているにで「うろうろ」と言ったのでしょう。
「うろうろ」も只うろうろしている訳ではありません。
先輩たちの仕事を盗み見続け、何年ヶ後には五人に一人位は酒樽職人として「みせ」に上がらせてもらえます。七十歳を過ぎても不器用な人は「うろうろ」のままでした。
親方の仕事は酒樽職人が その日作る酒樽に必要な側材を樽丸の中から選別して「みせ」にあてがう事です。
底と蓋(ふた)そして竹は「うろうろ」が「みせ」の前に写真のように用意して置きます。
出来上がった酒樽も「うろうろ」が仕上げ作業をし、洩れの検査は頭領格の樽吹き職人が担当し、配達は専門の力持ちの男たちが担当しました。トラックが登場するまでは大八車か牛で蔵元の樽場まで酒樽を運んでいましたから。


当時、大きな蔵元では蔵の中に製樽部というものが存在していたので、社内で酒樽を作っていた写真かも知れません。
「たるや竹十」は輪を締める段階を機械化しただけで、今も基本的にこの写真と変わらない風景です。

たるや 竹十

  • たるや 竹十



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