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酒樽 アーカイブ

2006年03月07日

清酒を杉樽に詰口する(樽屋の仕事ではない)

樽酒はタンクから直接、生酒を樽(たる)に入れるのではなく、酒税の関係から面倒ですが、皆さんがいつも目にする一升瓶から一本ずつ入れるのです。30年位前は大桶に太いホースを繋いで樽詰していました。
勿論、沢山こぼれたり、あふれたりします。細かいことは気にしない大らかな時代だったのですね。
でも清酒を胃の中に入れて帰る事は許されますが、瓶などに入れて蔵から出ると、即、脱税になる事は今も昔も変わりません。

先ず、一升瓶の清酒を用意します。今日は二斗樽(36リットル)ですから、瓶は20本必要です。
むかしは一升瓶は木函の10本入りでしたが、今はプラスチックの6本入りなので、よく計算違いをするそうです。この場合も6本入り3ケース+2本。

碁盤目に穴の空いた木製の道具(名前?)を用意します。小瓶用など各種あり。
他の道具と同様よく使い込んだ物の方が手になじみます。

こんな大きな漏斗を使います。昔は杉桶の物を使っていました。
左に見える黒い棒状のものは、一升瓶の王冠抜きの道具。鉄パイプを使いやすいように加工しただけの物です。

一升瓶を順次、「板格子」の孔に突き注して、お酒を詰めていく訳です。
一度に10本位突き注すので、空瓶を抜く順番を間違えると、ひっくり返って、また大事な清酒がこぼれてしまいます。瓶が割れた時などと同様、税制上「亡失」と書いて、こぼれた酒も税務署に提出しなければなりません。
樽に酒を詰める行為は酒税法等の問題から造り酒屋にのみ認められている事なので、酒販の免許を持った一般の小売店にも許されていません。

たるや竹十

2006年03月11日

樽屋、限定一丁の樽をつくる


かつて「お祝い」といえば「清酒」。

即ち一升瓶という時代もあったのですが、年々減ってきています。

同じ一升入りでも、「たるや竹十」のお奨めは「杉樽」です。

この杉樽は、私の周辺で一番人気なのですけれど、難を言えば中身より容器の方が高価になってしまう事。
それでも、限定一枚のオリジナルラベルを貼った、片手で持てる杉樽は、お祝いや贈り物等に大変喜ばれます。

高さは僅か16センチ、直径21センチ、このラベルはお客様の手書きによるものです。

2006年05月06日

お祝いの杉樽


「たるや竹十」のHPを製作をしてくれたL嬢が本日、目出度く結婚いたしました。
PC上のトラブルがあると深夜でも駆けつけてくれる救急隊だったのですが、これからは何でも自分で解決しなければなりません。

新郎が日本酒好きなこともあって、お祝いは、やっぱり杉樽にいたしました。
新婚旅行はワールドカップ観戦を兼ねてドイツだそうです。

おめでとう!!!

2006年05月22日

イタリアの酒樽(たる)

イタリア語でBOTTEは樽の意味です。
BOTTEGAは商店や工房の意味なので、昔は店頭に商品を入れた樽を並べていたのだろうと、
勝手に想像していましたが、イタリア人の友人何人かが、ちょっとおかしいと言い出したので、
調べてみたら、全く別の語源でした。

BOTTEはローマ時代の大樽のことで、元はラテン語です。
ボトルという言葉もここから派生したものでしょう。
それに対してBOTTEGAはギリシャ語のapotheke(穀物倉庫)から来ています。

BOTTEGAは現代では専ら工房の意味に用いられ、商店にはNEGOZIOを使います。
有名な革屋さんBOTTEGA VENETAはヴェネト工房という意味になる訳です。
決して昔、樽屋だった訳ではありません。

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2006年06月13日

樽屋(たるや)、パーティに酒樽(たる)を持って行く

写真はARC INTERNATIONAL INC.の二十周年を祝う五升樽(たる)です。

椅子がいっぱい。人もいっぱいでした。

京都、御池通に面した新ショウルーム

2006年07月01日

小型杉樽(たる)、株主総会に出現

神戸の某商社から、株主総会の乾杯に杉樽(たる)を使いたいとの依頼がありました。
もう「トリアエズビール」には、辟易しているとのことで、意気投合。
勿論、桝も杉製です。
いまだに、ヒノキの桝を使っている、酒造メーカーを見かけますが、いくら良い酒を作って杉樽に詰めても、最後に口にする容器が、ヒノキのような香りの強いものでは、駄酒に転落してしまいます。

写真は、5升樽(たる)ですが、中には3升だけ入れ、残りの2本は一升瓶のままにして、
呑み比べたそうです。勝負は勿論、杉樽の圧倒的勝利だったそうです。
今の法律では、樽屋が杉樽に酒を詰めて売ってはならないことになっているので、
この商社の総務部長S氏が樽詰をされました。

2006年07月05日

小さい杉樽(たる)です。4升樽(たる)、5升樽(たる)

一日の株主総会で使われた杉樽(たる)が殊の外、
好評だったらしく、列席されていたI氏から
贈り物に使いたいと「杉樽と杉桝」の依頼がありました。

ここにも4升だけ入れて、残りは一升瓶のままにしたそうです。

2006年11月16日

酒樽(さかたる)の「背抜け」杉材

酒樽には吉野杉の甲付(こうつき)を用いることが最上とされていますが、稀に外側の白い部分(白太)が仕上げの際に、削り取られて写真のように赤味材が出てしまった物を「背抜け」と言います。
この状態は、「赤味」よりランクが落ち、見た目が悪いからでしょう。品質は「甲付」と同じですが、不思議なことに酒樽としては二級品になってしまうのです。
酒樽の仕上げには細心の注意が必要なのです。

酒樽(さかたる)の「背抜け」杉材

酒樽には吉野杉の甲付(こうつき)を用いることが最上とされていますが、稀に外側の白い部分(白太)が仕上げの際に、削り取られて写真のように赤味材が出てしまった物を「背抜け」と言います。
この状態は、「赤味」よりランクが落ち、見た目が悪いからでしょう。品質は「甲付」と同じですが、不思議なことに酒樽としては二級品になってしまうのです。
酒樽の仕上げには細心の注意が必要なのです。

2006年11月29日

酒樽(さかだる)出荷、最盛期に突入!!!


日本酒の季節です。
日本でつくる酒だから「日本酒」であることは当たり前です。
スコッチのことを「スコットランド酒」とか、ビールのことを「ドイツ酒」、ワインのことを「フランス酒」とは決して呼びません。
うちでは「清酒」と呼んでおります。
毎年12月が近づきますと、樽屋も、忙しくて忙しくて、テンテコマイになります。
酒樽に関してですが、今までは小さな一斗樽が殆どでしたが、今年の傾向は、江戸、明治に回帰行く如く、一番大きい四斗樽の注文が増えはじめました。
どうせ使うのなら大きい方が威勢がいいからでしょう。

残念ながら、地元の灘五郷の蔵元への出荷ではなく写真の樽は東京行きです。
一時は全国制覇していた灘五郷が、どんどん衰退しています。
おいしい清酒をつくっているメーカーが灘では少なくなりました。

2006年12月06日

X’mas 用!!甲付(こうつき)特上酒樽(たる)

通常は全国各地の蔵元へ「甲付(こうつき)の酒樽」は送っていますが、今回、一般のお客様から、クリスマス用!!!に最上の酒樽を、という有難く珍しい御注文がありました。親方は、はりきって特上の吉野杉と真竹を選りすぐって、これ以上良い物は出来ないという酒樽をつくりました。(採算は度外視です)

こういう時は、手放すのが惜しくなります。手元に置いておきたくなる程の物を作りながら、次々と酒樽を工房から出して行くようにならないと一人前の職人とは言えません。

実は、この酒樽も、よく見ると作り直したくなる所が随所にあります。
完璧な酒樽をつくるには、未だ百年はかかりそうです。

2007年07月13日

酒樽屋 四斗酒樽をつくる

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作りかけの四斗樽(よんとだる)です。
四斗とは72リットル、即ち一升瓶が40本入りる樽(たる)です。

昔は酒樽(さかだる)といえばこの四斗樽だけでした。
その後、この半分の二斗樽(にとだる)、またの呼び名を「ハンダル」。
四分の一の一斗樽(いっとだる)、別名小樽(こだる)というように小型化され、
一斗樽主流の時代が戦後長く続きました。

今また、この四斗樽(たる)の存在感が見直されて、注文が多くなっています。
最後に泣き輪、またの名を尻輪という箍(たが)を入れて樽が出来上がります。

2007年07月18日

樽屋の酒樽が写真だけテレビに出る

7月20日の深夜、正確には21日の午前1時フジテレビの番組に「たるや竹十」の酒樽が写真だけですが、登場する予定です。
残念ながら、関東のみで、近畿圏の「関西テレビ」では放送されません。
なぜ「割り箸」なのに「酒樽」なのか詳しい事は、また、明日。

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2008年03月05日

酒樽屋の最高級品 甲付樽(こうつきだる)

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酒樽(さかだる)で一番よいものといえば甲付樽(こうつきだる)です。

と言うよりも昭和の中頃までは酒樽(さかだる)には甲付樽(こうつきだる)しか使いませんでした。
しかも、戦前は四斗樽(よんとだる)すなわち72リットル、一升瓶で40本分のものだけが流通していました。
日本酒と最も相性がよく、しかも見た目が青竹に白と清々しく、しかも酒が洩れにくい性質の部分なので珍重されたものです。
これをコモで巻いてしまうのは大変もったいないことです。
当時は酒樽(さかだる)が届いたら、すぐにコモは廃棄して中の酒樽(さかだる)を出したものです。


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吉野杉の中でも最良の川上産の材料、その中でも原木で一箇所だけしかとれない部分、
外側が白く内側が赤い箇所を甲付(こうつき)と呼びます。
それでは、その内側の赤い部分(「赤味」といいます)はどうしたかというと「醤油樽」に使っていました。
また、外側の白い部分は「木皮」(こわ)といって柾目に割り寿司半切に使います。
半切には向かない白い部分が少ない原木の場合は吉野地方で箸に加工されてきました。

醤油を樽詰しなくなった昭和36年以降は赤味材も酒樽に使うようになり、甲付(こうつき)は特級酒(今の特撰)、赤味(あかみ)は一級酒(今の上撰)と差別化しました。

白い部分は酒樽(さかだる)の蓋(ふた)に、赤い部分は底にも使います。


  

2008年06月03日

和樽

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樽(たる)は大きく分けて、和樽と洋樽の二種類があります。
和樽の材料は殆どが杉、洋樽の材料は主には樫を使います。

「たるや竹十」で作っているのは、今も昔も「和樽」です。
材料は吉野杉。その中でも最高の川上村の杉を使っています。

写真は和樽の中でも代表的な四斗甲付樽(こうつきだる)。

2008年06月09日

和樽に添える入山札(いりやまふだ)

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和樽を贈答用などに使用する場合に、贈る方の名などを書いて和樽に付ける木札です。
「祝」や「勝利」等の文字の下に自分の名を入れて、他の和樽と区別する訳です。

板の上の屋根状の部分が「入」という形に組まれています。
「まねき」とも呼びます。

本来、板に直接墨書きしたものですが、最近は熨斗紙に書いた物を巻き付けて何度も使う方が多いようです。
板に直接書く場合は艶出しのため墨に清酒を混ぜます。

歌舞伎の顔見世興行に役者の名を記した物が由来なので、客が大入りになるように木札いっぱいに名前を入れます。
二枚目、三枚目の語源はここからきているそうです。(一枚目は座主に名前)

歌舞伎の場合は桧で出来た物が殆どですけれど、清酒の時は香りが強いので、出来れば和樽同様に杉製を使いたいものです。

2008年06月16日

僧兵まつり 燃える酒樽

31_0.jpg 朝日新聞夕刊より

炎に包まれる酒樽神輿。僧兵太鼓が響く中、松明約100本を立てて酒樽神輿を大勢の僧兵姿の男衆が担ぎます。
樽屋としては、酒樽(さかだる)が燃えないかどうかの方が心配です。
新聞の写真は四斗の酒樽です。

毎年、10月に三重県の御在所岳で催されます。

2008年06月30日

花屋の店先で見つけた酒樽

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六月が終わります。


散歩の途中、花屋「野の花」の店先を覗いていたら四斗樽が..............

これには「呑み口」が付いているので、元は酒樽です。
この酒樽はどこかで鏡開きに使った後、植木鉢に使ったのでしょう。

草花も酒樽も同じ植物なので、ほかの花器に入れるより花は元気に育ちます。
味噌や漬物が木の樽を使うと美味しく出来るのは当然です。

2008年07月06日

酒樽(和樽)を海外発送する

3669.jpg Boeing

最近、和樽を海外に発送したいという要望が多くなりました。
多くが外国で結婚式を挙げたいという方です。
海外在住の方々によるパーティにも使われます。
鏡開き用 KAGAMI-BIRAKI」を選ばれる方が多い傾向があります。

清酒入りの酒樽を海外発送出来るのは蔵元だけなので、樽屋は空樽だけを梱包して出荷します。
運賃を考えると清酒は現地で調達した方が廉価です。

菰巻の和樽は植物検疫により輸出は不可能です。
ビニール菰という方法もありますが、味気ないものですし、
重量や容積も増えますので、菰を巻かずに裸の和樽で杉と竹のすがすがしさを海外の方にも味わって頂きたいと樽屋としては考えます。

FedEx DHLEMS等 さまざまな海外発送の方法があります。
昔と違って、全て航空便ですから、世界120数ヶ国に二三日で届きます。
日本国内の離島へ送るより早いのには驚かされます。

TARU-ZAKE
Keg Sake
Taru-zake has undergone an aging period in Japanese ceder barrels.
Such sake has a distinctive aroma ,directly attributable to the wood of the keg.
The finest wood for this purpose is held to be from Kawakami of Yoshino in Nara Prefecture.
At weddings,festivals,election victories,and other moments of celebration.
sake is often served from the keg(frequently in masu ,square boxs made of japanese ceder).

This is not taru-zake in the sense given above ,since it is not aged in wood ,but filled shortly
before use.
Even so, the aroma of the wood imparts a distinct----occasinally even overpowering ---smell and flavor. Philip Harper [SAKE]

やはり、樽酒は香りが命なのです。
それも奈良県吉野郡川上村の杉で作った和樽が清酒の容器としては最高なのです。

2008年07月30日

酒樽屋がつくる特殊な木樽(たる)

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酒樽屋はときに、変わった酒樽もつくります。
写真は某蔵元の特注による、上から見ると四斗の酒樽(72リットル)ですが、実は容量は一斗(18リットル)の酒樽。
勿論、鏡開き用です。
実は、この酒樽を発砲スチロール製の台の上にのせて、菰を巻いて普通の四斗酒樽の様に見せる訳です。

重心が非常に上に来る事もあり、バランスが悪いので余り作りたくない酒樽ですが、
真夏でもあり、催事などでも清酒を呑む方が少なくなるものの、やはり酒樽は四斗樽じゃないと迫力がないという方が多く、72リットル型18リットル入り酒樽のご要望にも応じております。

2008年07月31日

李白と酒樽

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唐の詩人李太白は酒好きで有名なことは夙に知られておりますが、当然、その詩にも「樽」が頻繁に登場します。
「樽」といっても千年以上前の話ですから、現在の酒樽とは根本的に違い、壷のようなものもあれば、時には山の木片を寄せ集めたものが登場したりして、形態は未だ統一されていません。
一斗という容量も現在の約18リットルよりも、遥かに少なかったと言います。

「李白一斗詩百篇」という有名な語がありますが、どうやら李白が呑んだのは10リットル(一升瓶五本強)ほどで、とんでもない量ではない訳です。

魯郡東石門送杜二甫
魯郡の東石門にて杜二甫を送る

醉別復幾日  別れに醉うこと 復(ま)た幾日ぞ
登臨偏池臺  登臨は 池臺に偏(あまね)し
何時石門路  何(いず)れも時にか 石門の路にて
重有金樽開  重ねて金樽(きんそん)の開くこと有らん
秋波落泗水  秋波 泗水に落ち
海色明徂徠  海色 徂徠に 明るし
飛蓬各自遠  飛蓬(ひほう) 各自 遠し
且盡手中杯  且つは 盡くせ 手中の杯

2008年08月02日

真夏の四斗酒樽

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もっぱら、皆さん 夏に清酒を召し上がりません。
当然、酒樽の需要も減ってまいります。
ところが、四斗の酒樽だけは、その迫力からか特別扱いで、真夏でも大量の注文を頂きます。
有り難い事なのですが、じっとしていても汗ばむ季節に四斗の酒樽を作る事は重労働です。

もともと酒樽工房というものは出来上がった酒樽が乾燥しないように北向きに建てられていて、本来 夏は涼しいものなのですが、四斗酒樽をつくるとなると、そんな事は殆ど関係ありません。
酒樽を痛めるので空調を設置する訳にも行かないのです。
人間が酒樽の犠牲にならざるを得ません。

大量の水を補給しながらの酒樽作りとなるのですが、ある限度を超えますと暑さに麻痺するのか快感になってまいります。

とか言いながら、真夏の四斗酒樽つくりは苦行であります。


2008年08月05日

猛暑に木樽も帽子が欲しくなる

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これだけ暑さが続きますと、木樽も帽子くらい、かぶりたくなります。
何故か上から二番目の箍(たが)を頭(かしら)と呼ぶのですが、木樽というものは、
直射日光に最も弱く、先ず「頭」が緩んで落ちてしまい、徐々に痛んでいきます。
「頭」が落ちる時点では木樽の杉も乾燥していて、液体を入れる事は出来ない、隙間の出来た状態になっております。

実際に和紙で大きな袋のような物を作り、帽子のように木樽を覆い、真夏を乗り切るのです。
木樽は生き物ですから、ビニール袋は樽が窒息しまうので禁物なのです。

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2008年08月23日

酒樽(さかだる)の出荷

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お盆が過ぎて、ボオーとしていたら、突然京都伏見の宝酒造から酒樽のご注文を頂いて、
あわてて、数十丁の酒樽をつくりました。
今のような暑い時期に四斗樽の大量注文は普通ないものなので、油断していたのです。
夏の竹も絶対に伐採しないものなのなので、そうとう山奥から切り出しました。

この酒樽(さかたる)はちょっと特殊なもので、上半分は杉の木樽ですが、下半分は発砲スチロールなのです。
[ハンダルセット]と呼んでいます。
なぜ裸で出荷するのかというと、ビニール袋などで覆うと、中で黴が発生したりするので、
それを避けるために酒樽(さかたる)は蓋(ふた)だけ紙を掛けて梱包します。

この酒樽(さかたる)は全て菰を巻かざるを得ないので竹の箍(たが)に少々傷が付くのが
残念ですが、酒樽(さかだる)に黴が出たりする事を避けるためにはやむを得ません。

2008年09月15日

酒樽屋 限定一部の酒だるを作る

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酒樽屋の近所に「一笑瓶」(いっしょうびん)という名の立ち飲み屋さんが開店、オープニングに鏡開きをしたいというので、「酒だる」を用意しました。
樽が見える裸にしましょうと提案したのですが、二斗だるの一斗入りを御希望。
仕方なく、下半分が発砲スチロールの「ハンダルセット」にしました。
当然、菰(こも)に字を書かねばなりません。
赤と黒の変わった菰樽が出来上がりました。

神戸市灘区稗原町1丁目5−1 シャリエ六甲道1F
16:00~23:00 定休日 日曜日
078-841-5959

2008年09月16日

吉野杉の酒樽には杉枡(ます)

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今度は、四斗の酒樽では大きいので一斗の酒樽です。
これは鏡開きせず、下の呑み口から酒を出すタイプです。

左の段ボールに入っているの物は、この酒樽のために特別に作った杉枡(ます)です。
片面には依頼主の名前が、裏側には蔵元の名前が入っております。
限定100個なので、肝心の酒樽より枡の方が高価な物になってしまいました。


2008年09月26日

酒樽(さかだる)の製作途中

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四斗甲付酒樽(こうつき さかだる)を作っている途中の風景です。

蓋(ふた)を締めている「口輪(くちわ)」と、それを補助する「頭(かしら)」の二本が入って、酒樽専用の銑(せん)を使って酒樽(さかだる)の周囲をを削った段階です。
底は金属製の「しんちゅう」という道具で仮に止めています。
何故、鋼で出来ているのに「しんちゅう」(真鍮)と呼ぶのか理由は判りませんが、とにかく、この段階までくれば、酒樽(さかだる)製作のほぼ八割の仕事は終わっています。

この後、残りの五本の箍(たが)を入れて締め付け、元打(もとうち)という箍(たが)の処理を行い、竹ささらで最後の掃除をします。
空気を入れて漏れの検査を済ませば「酒樽(さかだる)」の完成です。

2008年09月30日

昔の酒樽屋風景

DSC01791.JPG 桜正宗 所蔵資料より

江戸期から昭和四十年頃まで、酒樽屋といえば、写真のような光景でした。
沢山の酒樽職人が「みせ」と呼ばれる作業台に並んで、一日に数十個の酒樽(さかだる)を叩いたものです。
一日と言っても、朝六時前から昼三時頃まで。道具を研いで仕事を終えます。
職人以外に「うろうろ」という人たち、即ち助手が酒樽職人二人に一人位付きます。
酒樽職人は、ひたすら酒樽を作るだけで用を足す時以外は「みせ」を立ちません。
必要な材料や道具が必要な場合、また昼食時の茶など全ての雑用を「うろうろ」に命じます。
仕事場の中を一日中「うろうろ」しているにで「うろうろ」と言ったのでしょう。
「うろうろ」も只うろうろしている訳ではありません。
先輩たちの仕事を盗み見続け、何年ヶ後には五人に一人位は酒樽職人として「みせ」に上がらせてもらえます。七十歳を過ぎても不器用な人は「うろうろ」のままでした。
親方の仕事は酒樽職人が その日作る酒樽に必要な側材を樽丸の中から選別して「みせ」にあてがう事です。
底と蓋(ふた)そして竹は「うろうろ」が「みせ」の前に写真のように用意して置きます。
出来上がった酒樽も「うろうろ」が仕上げ作業をし、洩れの検査は頭領格の樽吹き職人が担当し、配達は専門の力持ちの男たちが担当しました。トラックが登場するまでは大八車か牛で蔵元の樽場まで酒樽を運んでいましたから。


当時、大きな蔵元では蔵の中に製樽部というものが存在していたので、社内で酒樽を作っていた写真かも知れません。
「たるや竹十」は輪を締める段階を機械化しただけで、今も基本的にこの写真と変わらない風景です。

2008年10月04日

酒樽を出荷する 酒だるは案外重いのです

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秋になると酒樽の出荷が頻繁になります。
残念ながら、地元灘五郷よりも他府県への酒樽の出荷が最近は多くなりました。
地方の地酒の人気からでしょうか。

写真は手前が甲付樽(こうつきだる)、向こう側が赤味樽(あかみだる)。
数量が多くなると荷作りにも時間がかかり大変です。
菰巻の時と変わらない位くたびれます。
なにしろ四斗の酒樽ですから。
酒樽の梱包は案外大変で、手は痛くなるし、腰は痛くなるしで容易ではありません。
でも、運賃の値上げに頭を痛めております。

2008年10月20日

笑う酒樽(さかだる)

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それこそ江戸川乱歩の新発見小説のタイトルのようですが、
酒樽(さかだる)は怒ることはありませんが、笑うことは稀にあります。

正確には竹の箍(タガ)が笑うのです。
細長い割竹を丸く巻く時にどうしても、自然の形に逆らって巻く訳ですから
決まった位置に竹が入らず、一部飛び出してしまった状態になることもあります。
これを見落として酒樽(さかだる)にしてしまった場合、職人たちの間では「酒樽(さかだる)が笑っている」と言います。

実際に職人の間では恥ずかしいことなので、職人が実際に笑う訳ではありませんが、
作った方の職人は自分の技量を笑われている気分になります。

勿論、「たるや竹十」としては商品にならないわけですから、箍(タガ)の工程は一から作り直し出荷します。

「わらう」には「咲う」という書き方もあり、つぼみが開いたり実が熟して皮が裂けることや、縫い目がほころびる意味になります。
「樽がわらう」という場合は、こちらの意味の方が近いかも知れません。

ほっこんとわろうて栗の落ちにけり(尤草子)

2008年10月24日

金比羅山に酒樽を発送する

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四国の金比羅宮の祭に「流し樽」という儀式があります。

宮本昌孝氏の「こんぴら樽」という小説の冒頭で簡略に説明されているので紹介します。

「こんぴら樽(だる)」。
流し樽、流し初穂ともいう。
金比羅参りをしたくとも、自分では参詣出来ない者が[奉納金比羅大権現]の旗を立てた
空き樽に初穂料を入れて、これを海に流すという習わしである。
俗謡にいう。

 沖のかもめか こんぴら樽か
 今もゆらゆら 波の上

こんぴら樽を拾った者は、金比羅宮へ代参して、これを奉納しなければならぬ。」

  講談社 1995年初版 後に改題して文庫化 初出同年刊「季刊歴史ピープル」初夏号
                           「りや女の仇討ち」を改題

今では、地元の各企業が祭に協賛して各社の旗を酒樽に付け、
海には流さず直接、金比羅宮に奉納するようです。
一空樽(一度酒樽に使った古樽)が現在は入手し難くなって来たので、
樽屋に新しい酒樽の注文が入ります。
奉納する酒樽ですから、普段より襟を正し、材料も心持ち良いものを吟味して作ります。

写真は昨年、若冲と応挙の展覧会を観に行った折に最上段まで登って撮影したもの。
因に酒樽の中でも上段左の縄の架かっていない物は本当に酒樽として使われた「一空樽」で
「たるや竹十」製ではありません。

全ての酒樽には三ツ輪掛けという特殊な縛り方の縄を掛けて奉納します。

2008年11月06日

酒樽屋に酒樽が戻って来る

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世に瓶詰めの樽酒というものが流通しております。

一般に酒樽そのものを使う機会はそんなに無い事ですから、樽酒の普及の為には
有り難いことですし、皆さんも手軽に樽酒を呑む事が出来る訳です。

もちろん本当に清酒を酒樽に詰めて、木香を取るのですが、
この蔵元が使っている木香取り用木樽は、いわゆる甲付樽(こうつきだる)
ゆっくり、ほんのりとした杉の香が酒自身の芳香と数日の貯蔵期間の間にうまく、
あいまって樽酒特有ののどごしが生まれます。
ただ、ここの酒樽は甲付樽ですから、樽酒に使った後の処理に困ります。
つまり、外側の白い部分が水に弱く、長期保存用の容器には向いていないのです。

フタを抜いて漬物樽に使うには赤味樽あるいは中赤や黒樽の方が向いております。

物事には用途に適したものを使うという事が大事です。
シルクのスーツを着てマラソンに参加する人は どこにもいないでしょう。
この「甲付たる」は酒樽屋竹十の職人が一旦全部分解しフタやタガを新たなものに取り替えて、展示用や樽太鼓に改造し再利用します。

また、残念な事に底蓋と側などすべてに吉野杉を使っている蔵元は数える程です。
秋田杉や肥後杉、周山杉、木曽杉などは樽酒には向いておりません。
やはり、清酒には吉野杉が一番です。その中でも川上村産が最高です。
殊に、酒に最も長い間 触れている底(そこ)には必ず吉野杉を使うべきなのです。
酒樽屋竹十の酒樽は吉野杉を使っております。

2008年12月20日

連日、酒樽(さかだる)を出荷

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今日もまた酒樽屋は酒樽(さかだる)をつくり、荷造りします。
酒樽屋の十二月とは毎年こんな日が続きます。

勿論この他にも近所の蔵元に酒樽(さかだる)を配達している訳です。
ここは灘五郷。

2009年04月26日

小さい酒樽(タル)、漬物樽(タル)、樽(タル)太鼓を作る

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樽(タル)屋は3種類の長さの榑(クレ)を使用して3種類の木樽(タル)を作ります。
最近は小さい木樽(タル)の需要が増えて長さ9寸(約29.33333333333333.......㎝)を
利用した木樽(タル)即ち五升樽(タル)を作る機会が多くなりました。
一斗樽(タル)の半分の容量です。
赤鉛筆と比べると、その小ささが判ると思います。

これ以上小さな樽(たる)と逆に高さが一尺八寸(約59.99999999999999..........㎝)の物は桶(おけ)屋さんの仕事になります。
ただし、作った樽(たる)を短く切って、四寸(約13,333,333,33333.....㎝)や三寸(約9.99999999999999999999999999999......㎝)等、背の低い樽は製作可能です。
直径に限界があるだけです。

今回は東京郊外の方の御要望により、一斗樽(タル)と五升樽(タル)の中間の大きさの木樽(タル)を作りました。
昔から使っていた樽(たる)が寿命で使えなくなり、同じ大きさの物が必要になったのです。

写真は左から一斗樽(たる)太鼓、今回の中間の寸法の樽(たる)太鼓、五升樽(たる)の三種。
右端の五升樽(たる)のみ酒樽(たる)です。

調べてみますと、この大きさは昭和50年頃まで奈良漬用の樽(たる)として全国に進物用に出荷していた寸法です。
今では、こんなに沢山の奈良漬を食べる機会が少なくなったので製造を中断しています。

2009年05月17日

酒樽(タル)に入れる清酒をつくるには米と水が不可欠

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昔の一俵です。基本的に酒樽(タル)菰(コモ)の巻き方に似ています。
かつて、物の梱包はすべて、藁(ワラ)を使い、こんな施し方をしていたのでしょう。
酒樽(タル)の菰(コモ)巻きにだけ、その名残があるのかも知れません。
一俵が約30キロ。
今は紙袋に20キロ入で届きます。

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必ず「山田錦」とは限りません。
それに、この米は清酒専用なので炊いて食べても決して美味しくはないのです。

2009年09月23日

酒樽屋は酒樽をつくる所です

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大型連休も終わりです。
酒樽屋の九月には休みはありません。
昔から、温度や湿度の関係から秋の彼岸までは酒樽を作ってはいけないと言われておりました。
竹や杉の伐採も夏を避けます。
仕方がないので樽太鼓や、太鼓樽(酒樽の半製品で、タガが二本だけ入っている物)、
あるいは樽(たる)の底や蓋(ふた)を作り、職人たちの仕事つなぎに苦慮して来たものです。
最近の夏は漬物樽や味噌樽、または店舗展示用の樽(たる)を額に汗しながら作っています。
エアコンは厳禁。扇風機の風すら酒樽を乾燥させるので、最小限の使用にとどめています。

酒樽の注文を頂きながら長らく待ってもらっていた全国のお客様に
ようやく樽を発送することが出来る様になりました。
これから年末にかけて酒樽製造と樽太鼓や漬物樽、味噌樽と注文が重なり、忙しくなりそうです。

2009年10月01日

「日本酒」の日改め「酒の日」

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心無しか涼しくなってまいりました。
今日10月1日は「日本酒の日」だそうです。
全国各地でイベントがあり、多くの酒樽が鏡開されます。

日本の酒なのですから、「日本酒」等と媚びた呼び名にせず、
堂々と「酒」あるいは「清酒」と名乗ってもらいたいものです。
ビールをドイツ酒、シャンパンをフランス酒、テキーラをメキシコ酒と呼んでいるようなもので、少々恥ずかしい思いがします。
外国でも「サケ」で通用する訳ですから、早急に「日本酒」という奇妙な表現はやめましょう。

 酒という漢字を分解すると、水(癸)と酉で、ミヅのトリとは癸酉の意です。
 
 
「酉」は本来「酒を醸造する器(つぼ又はかめ)」を意味していますが、大きい意味では「樽(タル)」です。
「樽」のつくりである「尊」も「かめ」から来ているのですが、この話は別の機会に。
「酒」のさんずいは当然、酒造に不可欠の「水」ですけれど、「御津(水・蜜・密)の多留・
暦の10番目に位置することと、新米の収穫期であることから、この日が選ばれたそうです。
足る」でもあります。
「酒」に似た漢字に「配(くばる)」がありますが、
これを分解すると、酉(とり)と己(おのれ・ツチのトリ)になります。

 配(ハイ)とは己酉。
酉は酒壷を意味していますし、己は、そのカメに人が膝まずく姿の象形文字でもあります。
常に暦と連動して醸造を続けて来た名残でしょう。

どことなく、こじつけ気味の説明ですが、
白川静氏が亡くなられたので、詳しい事が判りません。
ちょうど新酒の季節ですし、日本のボジョレ・ヌーボーのような物だと思っておけば良いのでしょう。
この頃から清酒業界は一気に忙しくなるのです。

10月1日はウラジミール・ホロビッツや服部良一の誕生日でもあり、音楽的にも何か関わりがあるのかも。
確かに醗酵中の酒に心地よい音楽を聴かせると味が良くなると言われています。
近くの蔵元では醸造蔵の中でドリカムのCDを聴きながら仕事をしています。
出来上がった酒は、やはり若い味でした。因果関係を調べた訳ではありませんが。

2009年10月22日

秋祭りと酒樽

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全国各地で秋祭りや運動会があります。
その度に、かつて忘れられていた酒樽や樽太鼓が使われる風習が復活してきて、
酒樽屋は大忙しです。
年々、活発になっているようです。

樽屋の隣町でも「だんじり」が出ました。

2009年12月01日

酒樽屋から酒樽が発送される

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新酒が出る時期になりますと、酒樽の注文も多くなります。
写真の酒樽は「ハンダルセット」と呼ばれる、上部半分だけの特殊な樽(タル)です。
四斗樽は72リットル入りですから、一升瓶に換算すると40本分。
なかなか全部を呑みきれるものではありません。
どうしても酒樽の半分位の清酒が残ってしまいます。
そこで、酒樽の真ん中にもう一枚底を入れた二重底の樽の需要が増える訳ですが、
下半分が無駄だという理由から、写真の酒樽のように上部だけを吉野杉で作り、
下には発泡スチロールの台を入れて菰で巻くという変則樽です。
30年程前に某大手酒造メーカーと樽屋竹十が共同開発し、同業者に散々バカにされた商品ですが、その後全国の樽屋が竹十に製造工程の見学に来て、今では各地で定番になりましたが、そろそろ役目を果たしつつある感がないとは言えません。

2009年12月16日

酒樽における封印された星☆

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酒樽に酒を詰め終わると「天星」と呼ぶ木栓を蓋(ふた)と同じ高さまで叩き込み、
封紙を張り、蔵元の印を押して天星の封印が完了です。
樽を床に水平に置いて木栓を叩いてもなかなか上手く入りません。
酒樽を少し斜めに起こした位置で木槌で「天星」を叩けば、気持ちよく蓋の中に入って行きます。
「天星」は高野槙という柔らかい材料で出来ていて、酒の滲み等がありません。
木製の風呂桶に使う材料だからです。
今では高野山から来たものより木曽産の方が普及しています。

星の封印は簡単な作業なのですが、当然ながら酒税法のもと外部の人間が手を下してはいけないのです。
これは酒樽屋の仕事の範疇ではなく、造り酒屋の仕事です。
小売りの酒販店や居酒屋の人々が酒樽に酒を詰める行為も禁じられています。★

2009年12月27日

酒樽(さかだる)の荷造り

酒樽が出来上がっても、遠い地域に発送するためには梱包が必要です。
この酒樽は最初から樽本体から蓋(ふた)を外しています。
「鏡開き」は難しいものではないのですが、初めての方も多いので
蓋(ふた)を樽(たる)から抜いてしまった空樽の依頼が最近は増えました。
別途に一升瓶入の清酒を10本発送して、新年会などの現場で木樽に酒を入れる訳です。
この方法は吉野杉の香りが清酒に付くための時間が短く、
杉の木香が弱いので本来の樽酒を楽しむことが出来ない点が短所なのですが、
何日か前から空樽へ清酒を入れておき、木香が付いた頃を見計らって、
一旦別の容器に移して当日、その酒を樽に戻すと樽酒が楽しめます。
ちょっと面倒ですね。
蓋(ふた)を外した樽(たる)に清酒を入れて移動すると、こぼれますから仕方がありません。

この紐の掛け方は「三ツ輪掛け」といって菰(こも)を巻かない裸の酒樽の輸送に使う方法です。本来は荒縄を使います。
今は「仮巻」とも呼びますけれど、本当の仮巻とは酒樽に無地の菰を巻く事なのです。

この巻き方は簡単そうに見えますが丸いものを綺麗に梱包することは意外に難しいものです。
それに、たくさん巻かねばならないので、スピードが早くないと仕事になりません。

2010年08月20日

酒樽(さかだる)の小さな大敵、虫喰い

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完璧に出来上がったと思った酒樽(たる)でも、極々稀に奇妙な所を見落として、
酒が洩れないという一番大切な条件を満たさない不良品が出来てしまう事があります。

この場合は、一番太い胴輪(地方によって、中の輪とも呼ぶ)の丁度下に小さな穴がある事を
発見出来ずに、仕上げてしまった悪い例です。
吉野杉は美味しい事もあってか、必ず表面は虫に食べられてしまいます。
ですから、白太(しらた)という一番外周部はもちろん、
そのすぐ内部の甲付(こうつき)には虫が通った跡が穴になって残っています。
蓋(ふた)も同じ部所から取るので、底よりも被害の率が高くなります。
写真の酒樽(さかだる)は赤味なので、殆ど虫の被害にはあわないだろうと油断しておりました。自然のものですから全てが工業製品のように同じ品質で揃える訳には行きません。
ひとつひとつの手作りですから、年に一度位の割合で、こんな見落としがあります。

硬く締め上げた、胴輪(どうわ)を緩めて下に降ろし、犯人の「穴」を見付けたら、
その部分を埋木して、胴輪(どうわ)を元の位置に戻したら、洩れは完全に止まります。


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この小さな、鉛筆の先の様な物は、いつもの様に事態と同じ呼び名で,
この高野槙(こうやまき)で作った木片も「虫喰い」と言います。
洋樽でも同じ事態が起こるらしく、Worm barrelと呼ぶそうです。
何か正確な呼称があった筈ですが、今のところ不詳。
樽職人の奥さんが内職でひとつずつ作っておりました。少しずつ大きさが違っていないと、
意味がないのです。
今も30年前も一升瓶に一杯入れて一万円位します。
一番左に一個だけ見えている物は、大きな節を埋木するためのものですが、今は殆ど使いません。

日本で一軒だけ専門業者がいますが、竹釘同様、樽職人が暇な時に作ったりもします。

2010年11月23日

酒樽屋が酒樽をつくる

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弊店の樽は全て吉野杉で作ります。
殊に重要な側面の「榑(くれ)」と呼ばれる箇所は、奈良県吉野郡川上村の原木のみ、
ごく稀に近隣の黒滝村、東吉野村の杉を用いる事もあります。
この三ヶ所の杉のみ、江戸期から樽材として植林されて来た杉です。
樽の需要が減ると共に建築材への転用が増えて立場が逆転しましたが、
近年、建築材も外材に押されて内地材の使用が減り、樽材の立場戻って来ました。
残念ながら、酒樽は固定価格なので樽材も余り高価な原木は使用出来なく、
更に良い原木自体が入手困難になって来ております。
吉野地方の木材市場に良質の杉が出品されなくなり、
樽丸業者がたいそう困惑している状況です。
幸い、弊店は自身の山林から酒樽に相応しい吉野杉を直接伐採し、皮を剥いて、
山中にて乾燥させ、ヘリコプターを利用して麓まで降ろします。
命をかけた仕事です。
杉に限らず、材木は麓からではなく、奥地から順に伐採しなければならないので、
切り出し作業が困難です。
ロープを張って他人の山の上を通過して降ろすと通過料を請求されます。
急いでいるときはヘリの方が費用はかかりますが、手続きが容易です。
最近は切り出し専用の林道を造る方式が採用されています。

建築材として植林していたので直径が約1メートル位の百年ものを贅沢に使います。
木目も密集していて色も良く,良い手入れが施されていて高価ですが、
作業はむしろ楽になります。
酒樽には本来60年〜70年ものが最適と言われていましたが、
適度な材を入手出来ないので仕方がありません。
70年以上前の原木は径が大きい事と白太が経年により変色しているので良質の甲付材を多く取る事が出来ないという問題も含んでおります。
ちなみに百年以上の杉は老化が始まっているため、酒樽には適しておりません。
 
その後、四斗樽用、二斗樽用、一斗樽用、
及び二斗ハンダルセット用の四種(四斗ハンダルセットは一斗樽)の長さに切断し、
それをミカン割リにします。
その後、一番外側の白太は柾目に割り、桶に。或いは箸に使います。
外が白太で中が赤味の「甲付材」を最初に割り、続いて直ぐ中の赤味を割ります。
甲付材は一本の原木から一ヶ所、赤味材を二三枚取ります。
専用の刃物「銑(せん)」を用いて、仕上げ充分な風と日光にあてて乾燥させます。
 
蓋(ふた)と底は廉価に作る必要がありますので、吉野材の中でも一段階低い
原木を、今度は割らずに製材所で電動鋸によって挽きます。
これも充分な乾燥を経て、選別し例えば四斗樽の蓋ですと径が大きいので、数枚の板を竹釘を用いて継いで行きます。
これに鉋をかけて帯鋸で回し、丸く加工します。
人体に悪影響を与える接着剤等は一切使用しません。
アトピーやハウスシックの方に大変迷惑をかけるため、たとえ手間が何倍もかかれども化学物質は一切使用しないことにしました。
杉は柔らかい木ですから竹箍(たが)で樽を締める際に木目が圧縮されますので、
完成した樽を丸く仕上げるためには、底と蓋(ふた)は微妙な寸法ですが、楕円に加工しなければなりません。
底と蓋(フタ)の材料は樽丸をミカン割した際に木目が歪んでいたりする物も出て来ますので、これを利用する事も最近では増えました。
側も底蓋も原木の質。その年の気候、乾燥させる場所によって様々です。
完全に乾燥してしまうと酒樽特有の木香が抜けてしまい。乾燥不十分ですと、樽に狂いが生じますし、場合によってはカビ等が発生する原因になります。
カビと思われているうちの殆どが、杉の「アク」であり、カビは殆ど発生しないよう留意しております。
 
吉野杉は秀吉の時代に樽の材料のために日本で始めて本格的な人口植林をはじめたものです。この中心になったのが吉野郡の奥地である川上村です。
2000本の苗木を手入れして百年がかりで一本の銘木に育て上げます。
建築材にその地位を奪われましたが、最近また価値を見直されて来ました。
底と蓋(ふた)の一部は価格と材料不足のため、吉野郡の麓の材も使用します。
 
酒樽の場合、カビが最も発生し易い箇所は竹箍(たが)です。
内部に影響がないので、ビニール等で密封しなければ発生を防ぐ事が出来ます。
石油系化学物質は一切使用しないで江戸明治の手法に戻す事に致しました。
 

2010年12月18日

酒樽(さかだる)屋の最盛期

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師走の酒樽(さかだる)屋。
一年で一番たくさんの酒樽(さかだる)が各酒造会社へ納品されます。
余りに多いので樽屋竹十のトラックには積みきれず、4トン車が登場しました。
この日、出荷した樽(たる)は「ハンダルセット」という
伏見の宝酒造樽屋竹十が共同開発した特殊な酒樽(さかだる)で、
四斗樽(たる)すなわち72リットルの形をしていても容量は二斗(36リットル)分という
上半分が吉野杉による従来の酒樽を半分にした物。下半分はタカラ容器という別の会社が作っている発泡スチロールによる物。
最初から菰を巻く事を前提に考えられた商品なので、一般の方の使用には適しておりません。
積載する時は別々になるので、酒樽(さかだる)の部分は「盥(たらい)」の様に見えます。

たるや 竹十

  • たるや 竹十



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