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2010年12月 アーカイブ

2010年12月01日

酒樽屋が贔屓のギタリスト、初のベスト盤を発売

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後ろ姿がカッコいい!!!
前から撮ると皺だらけだからかも知れません。
ジャケットを開くと皺が少なめの顔が登場。
いつも聴き取りにくい歌詞がブックレットになって同梱されて便利。

,同じ頃、自伝(と言っても旧友James Foxによる聞き書き編集)『LIFE』雑誌の特集が相次ぎました。
肝心のCDの内容は最後のHURRICANEが特筆もの。長く入手困難でしたから。
この一曲だけMP3で買うという訳にはいかないのです。

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2010年12月02日

ロンドンの100CLUBでRonnie WoodとMick Taylorが共演

珍しいジョイントですね。
Ron WoodsMick Taylor[SPOONFUL]を演っています。
新しいCD[I Feel Like Playing]も出たのでロンドンの小さい小屋で遊んだのでしょう。
STONESの時とは随分違って、テキトウです。

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2010年12月03日

樽(たる)の中に入った聖護院大根

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ようやく冬らしくなってまいりました。
町を歩くと美味しそうな野菜が目にとまります。
いずれ又、漬物樽に容れられるであろう聖護院大根も漬物樽に入って店頭に並んでおりました。
これは多分、千枚漬けになる材料でしょう。

このように生野菜を容れて置くだけでも、プラスチック等より木製樽(たる)の方が、
中に容れた物の鮮度を保つ力は勝っております。
それ以前に店頭に置いた時の雰囲気作りに木製樽(たる)が最適です。

2010年12月04日

野田から醤油樽(しょうゆだる)の研究者来たる

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「野田の樽職人」の著者小川浩氏が千葉県から樽屋竹十に樽の調査に来られました。
醤油樽(しょうゆだる)の研究を長く取り組んでおられます。
一日ご一緒させて頂き、こちらも学ぶ事が多々ありました。

かつて民俗学者 宮本常一氏が監修されていた、近畿日本ツーリスト発行の小冊子「あるくみるきく」の内、「灘五郷の樽と桶」の号に小川氏も寄稿されています。
最近、この雑誌が単行本にまとめられ関東編から順に刊行されていますので、
そのうち皆さんの目に留まる筈です。

2010年12月06日

酒樽(さかだる)に接着剤を使わず、竹釘を使うので起こるトラブル

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これは前にも紹介した「目廻り」と言う木のトラブルです。
無理矢理、木目の中に竹釘を叩き込むと木目が割れてしまいます。
原木の時からひび割れている場合もありますが、この場合は叩き込み杉です。
木工用接着剤を使えばこんな事は起こりませんけれど、樽屋竹十の場合、
江戸明治期の樽作りの手法に戻したので、こういうトラブルも仕方がありません。

全ての樽(たる)作りに化学的接着剤を使わず、竹釘接ぎをしている証拠でもあります。

2010年12月07日

五十年ぶりに醤油樽(たる)が復活

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昭和40年頃を境に醤油用の木製樽(たる)が完全に廃止になって、木函入の一升瓶。その後はペットボトル紙パックに換わって行きました。
今では、その一升瓶の消費も激減しています。
最近、木製樽(たる)の暖かみが見直されて、数社の醤油屋さんから木製樽(たる)の注文が相次ぎました。
もっぱら店頭で昔のように木樽(たる)から計り売りをするそうです。
清酒では、木樽(たる)から酒を呑ませてくれる店が何軒もありますが、醤油は珍しい例です。
きっと評判になる事でしょう。

2010年12月08日

酒樽屋の虫養ひ 其の拾肆 日牟禮庵の蕎麦

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日牟禮庵(ひむれあん)、手打ち蕎麦の味もさることながら、
ここの土蔵は国指定文化財だそうです。
近江商人の自宅だったという大正期の町家を改装していて、庭にも趣きあり。
蕎麦は「大盛り」を注文すれば良かった。

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日牟禮庵
電話 0748-33-2368
滋賀県近江八幡市西元町61
営業時間 11:00~14:30 17:00~19:00
定休日 月曜・第3火曜

2010年12月09日

大衆劇場から鏡開き用の酒樽(さかだる)御注文

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和歌山市の真ん中に紀の国ぶらくり劇場という劇場があります。
神戸にもこのような劇場「新開地劇場」があり、東京には木馬館が健在です。今では、こういう劇場は珍しくなってきました。
北に桶屋町、西に大工町という町名が残っており、かつては職人の町だったのでしょうが、
今では全くその面影はありません。
ここの支配人の方から年末に劇場で鏡開きをして振る舞い酒をしたい旨の依頼がありました。

昭和40年頃まで、人の集まる百貨店の前などでは必ず年始に鏡開きをして樽酒を振る舞ったものです。
最近、こういう昔の風習の良さが再認識されてきて、
鏡開き用の酒樽で樽酒という習わしが復活しつつあります。

年末年始の酒樽ご購入の予約が殺到しております。
予約は早めにお願いします。

2010年12月10日

酒樽屋に来客続く

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師走も半ば近く酒樽屋(さかだるや)も酒樽(さかだる)つくりに、てんてこ舞いの毎日です。
酒樽(さかだる)が珍しいもでしょう。
毎日のように来客があります。
写真の左側の男性は台湾の方、隣はカナダの方で近所の大学に留学中の由。
この数時間前にも漬物樽を購入されに来られた方がいらっしゃって、
酒樽屋(さかだるや)は大忙しです。

樽屋竹十は基本的にオーダーメードの店ですので突然来店されても、
御希望の「樽(たる)」がある訳ではありません。
人気の一斗や二斗、あるいは五升の漬物樽が出荷用に数個あるだけです。
酒樽(さかだる)も完成直前の物はたくさんありますが、
最後の仕上げと洩れの検査は集荷直前に行います。

ご来店の節は前もって、お電話をお願いします。
078−861−8717
午前8:00頃〜午後5:00頃まで。

2010年12月11日

樽酒(たるざけ)用の酒米の収穫

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正月や大晦日の樽酒(たるざけ)鏡開きには間に合いませんが、
この冬に寒造りする酒のための米が収穫されて、
各蔵元へ続々と届いて来ました。
灘五郷では殆ど山田錦という特別の米を使います。
六甲山の裏側の方で丹念に育てられた清酒専用の米です。
写真の米は神戸市北区大沢(おおぞう)地区の西さんが育てた米です。

2010年12月12日

酒樽(さかだる)を作るために竹を削る

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鏡開き用の酒樽(さかだる)を作るには、吉野杉以外に真竹を割って節を削った「輪竹」が必要になります。
これが大変難しい作業なのです。
竹林は日本中に過剰な程あり、その管理費用が捻出出来ない状況下、荒れるにまかせております。
そんな訳で材料の確保には不自由しませんけれど、
切り出して麓まで降ろし、神戸市内までの運搬に最も手間がかかります。
麓の竹から先に伐採すれば簡単なのですが、竹林の真ん中から切らないと山は枯れてしまいます。杉山も同じ問題をかかえております。

昔は酒樽(さかだる)用の竹は京都の右京区から大山崎付近の物を使用して来ましたが、
戦後は、もっぱら山田錦と同じ六甲山の裏側から伐採して来ます。
輪竹が無い事には箍(たが)が組めませんから、樽(たる)を作る事が出来ないのです。

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更に大変困るのが、大量に出る竹の削り屑や竹株の処理です。
上の写真は竹を削った時に出る「竹の身」、これがやっかい者なのです。
現在は自分の敷地内でも裸火は違法なので、燃やす事は厳禁です。
この白い部分は、ある物の材料になるのですけれど、未だ開発途上。

竹の先の部分は箒(ほうき)屋さんが、その柄の材料に買ってくれた時代がありました。
今はプラスチックの柄の付いた外国産がたくさん輸入されて、
箒(ほうき)屋さん自体、殆ど見かけません。
その後、竹馬(たけうま)の材料として各小学校が買って下さいました。
これも、子供達には危険な遊戯器具と見られて禁止され、
今では、農作物の支え棒として近所の農家へ届けられています。

細かい竹の粉は肥料として利用されております。

2010年12月13日

酒樽(さかだる)を作る時に出来る大鋸屑(おがくず)

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酒樽(さかだる)にしろ桶(おけ)にしろ、木製の物を作る時には必ず大鋸屑(おがくず)、鉋屑(かんなくず)が出来ます。

文字通り「おがくず」とは大きなノコギリで材木を挽いた後の「挽き粉」の意味です。
「おが」は大きなノコギリ、「が」は、ガガガという鋸を挽く音が語源です。


杮(こけら)とも呼びます。
「こけら」とは、小さな木片を意味し、
「こけら落とし」とは、舞台が完成した時にそれを落とす初舞台を差す訳です。
ただ意外な事に、この「柿(こけら)」と果物の柿(かき)は全く別の漢字なのです。

「柿(かき)」の右側の「つくり」は、なべぶたに巾、
「杮(こけら)」の旁の縦棒は一本で書かれています。

こちらのサイトで動画付きで詳細を解説して下さっています。
但し、逆の説もあり、真相は定かではありません。


樽屋(たるや)では、これらを「ばんば」と呼びます。
正確には「ばんば屑」でしょうが、「ばんば」の語源は不明です。

この「ばんば」を釜で燃やす事が樽屋の丁稚の仕事でしたが、
今では「入浴剤」「脱臭材」あるいは「「着火剤」など、意外な用途に使われます。

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最後には友人のイタリア料理店、P氏の窯の中で燃えてピザになります。
すなわち、木製樽の材料である杉と竹は一切無駄の出ない環境に優しい素材である訳です。

2010年12月14日

漬物容器は木製樽(たる)が一番なのです

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漬物をつくるために各種容器が使用されておりますが、
やはり、吉野杉の木製樽(たる)が漬物容器としては一番です。
この時、注意しなければならない点は木製樽(たる)なら何でも良いという訳ではなく、
必ず、長期保存容器には「板目」の樽(たる)と押し蓋(ふた)を。
「柾目」の樽(たる)は、正確には「桶(おけ)」であり、二三日の短期用の容器です。

押し蓋(ふた)は出来るだけ厚みのある物を。
薄いものは長い間に歪んで来てしまいます。分厚い板目の蓋(ふた)でも多少は波打ちます。

毒性は無いと言われてはいますけれど、木工用接着剤を使用していない物を。
表面や内部、底をクリアラッカーなどの化学物質や天然の漆(うるし)等で塗装していまうと、見た目は美しく出来上がりますが、
これでは、折角の木製樽(たる)なのに、漬込んだ野菜等が呼吸出来なくて窒息してしまいます。
こうなると、野菜から出た水分を外に出す事が出来ませんし、新鮮な空気を内部に入れる事も出来ない事になります。
また、化学的物質を使用いてあるとアトピーなどアレルギーの方やハウスシックの方には不都合があらわれることもあるようです。

木製樽(たる)は野菜と同じ植物なので、琺瑯(ほうろう)や「かめ」、プラスチック系より、相性が良い訳で、初心者の方が作っても必ず美味しい漬物が出来ます。

写真の貫禄ある糠(ぬか)は京都、錦の漬物屋さん高倉屋の工房にて

2010年12月15日

大阪 適塾の大名竹の竹は酒樽(さかだる)には適していない

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商人の町、町人の町大阪は。幕末と変わらない自由闊達な雰囲気が残っています。
御堂筋のすぐ東側の船場北浜。高層ビルに囲まれて町家が一軒残っています。
隣に不思議な趣きのある木造の愛珠(あいしゅ)幼稚園も残っており、この二軒が奇跡的に戦災を免れたそうです。
この幼稚園は木造では日本最古の由。後日、別に紹介します。

緒方洪庵が弘化2年(1845年)現在の場所にある商家を購入した建物です。
彼は号を適々斎と称し、その塾を「適々斎塾」または「適塾」と呼ぶようになりました。
この私塾は、「己の心に適(かな)う所を楽しむ」を意味し、
「意の適(かな)ふ所は諧謔して日を竟ひ、適はざる所は望々然としてこれを去る。履行多くは縄墨に中(あた)らず」と言った柏木如亭を思い起こします。


洪庵は文化7年(1810年) 岡山に生まれ、
長崎で蘭学の修行の後、天保九年(1838年)、二十九歳の時に開塾。
文久3年(1863年)五十三歳の死去まで二十四年間に渡り、適塾は続きます。
因に急死の原因は、友人の広瀬旭荘の意見によれば、江戸城西の丸火災の時、
和宮の避難に同行して長時間炎天下に居たからだとも。
伊藤博文ら塾生たちは、ここで厳しく学び、多いに酒を呑んだといいます。
日本で最も栄えた蘭学塾とはいうものの、当時では質素な建物で、
中庭を隔てて洪庵が使った書斎があり、その人柄を思わせる端正な佇まいです。
吉田松陰の松下村塾を思想教育の塾だとすれば、適塾は医学、語学教育の塾でありました。

一般公開されていますが、残念ながら現在は改修中で来春まで中に入る事は出来ません。

医学校を経て今の大阪大学の源となった塾なのです。

2010年12月16日

酒樽(さかだる)屋の夜なべ

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毎年、酒樽(さかだる)屋は、この季節になりますと、夜を徹した仕事が続きます。
100丁,200丁といった数量の酒樽(さかだる)の注文が重なるからです。
殆どが年末年始に使う鏡開き用の酒樽(さかだる)です。

この合間に各種木製樽も出荷しなければなりませんし、
仕事が明け方に及ぶことも、しばしばです。

2010年12月17日

無添加の木製和樽(たる)

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人間が食べる物ですから、同じハムでも原材料が「豚肉」と「食塩」というシンプルなものが好きです。
何故、ハムに「水飴」等々を添加しなければならないのでしょう。

食料品には最低限の保存料添加で押さえて頂きたいと思います。
欄からはみ出る程、沢山の種類の聞いた事も無い化学薬品を含んだ食品が町にあふれています。
一ヶ月も車の中に置き忘れていた食パンが腐らず、未だふわふわしていた事があり驚きました。
樽屋竹十の和樽(たる)も原材料は「杉」と「竹」のみ。
稀に「和紙」を含む。というシンプルな物で、決して化学物質を使用しない事にしております。
防腐剤等を含んでいませんから当然ながら、湿気を含むと「カビ」が発生する事もあります。
「カビ」が発生する方が自然で、「カビ」が出ない方が危険ではないでしょうか。
最近「黴(かび)」に対し過敏に反応する方が増えました。
清潔過敏症にならないように気を付けましょう。
発ガン性のある防腐剤の方に注意すべきではないでしょうか。

こういう問題に関しては、余りヒステリックにならない位の方が良いと思います。
現代は江戸時代と違って、流通も変化しましたし、安全な添加物も開発されている筈です。

2010年12月18日

酒樽(さかだる)屋の最盛期

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師走の酒樽(さかだる)屋。
一年で一番たくさんの酒樽(さかだる)が各酒造会社へ納品されます。
余りに多いので樽屋竹十のトラックには積みきれず、4トン車が登場しました。
この日、出荷した樽(たる)は「ハンダルセット」という
伏見の宝酒造樽屋竹十が共同開発した特殊な酒樽(さかだる)で、
四斗樽(たる)すなわち72リットルの形をしていても容量は二斗(36リットル)分という
上半分が吉野杉による従来の酒樽を半分にした物。下半分はタカラ容器という別の会社が作っている発泡スチロールによる物。
最初から菰を巻く事を前提に考えられた商品なので、一般の方の使用には適しておりません。
積載する時は別々になるので、酒樽(さかだる)の部分は「盥(たらい)」の様に見えます。

2010年12月19日

四種類の味噌樽(みそたる)

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お客さまの要望で、従来の味噌樽(みそだる)「大」と「小」に加えて、
更に大きい味噌樽(みそだる)「特大」を試作、既にいくつかを販売しております。

左から
それぞれ「落とし蓋(ふた)」と上蓋(ふた)の2枚が付いております。
これらの蓋(ふた)も吉野杉製で、尚かつ木工用接着剤を使わず、竹釘で接いでおります。
厚みも七分(約2センチ)、取手も加えると一寸一分(約3.5センチ)あり、
50年位の使用に耐えられるように頑丈に作りました。

なお、落とし蓋(ふた)については、漬物樽に使っている物と仕様は同じです。

酒樽屋(さかだるや)も年末には新しい手帖を買う

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酒樽屋(さかだるや)のおやかたの手帖は、ここ2年間はフランス発、イタリア物の、
MOLESKINEでしたが、
縁あって、来年の手帖はカナダのpaperblanksのものに代えました。
かつては、いつもQUOVADISでした。

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樽屋の親方は何でもメモしてしまう癖があるので、大きい手帖が欲しいのですけれど、
常にポケットに入れるため、小さめで糸綴じでないと使い物になりません。


2010年12月23日

年末ですから酒樽屋(さかだるや)は休日も出荷する

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世間では本日祝日の由。しかれども酒樽屋(さかだるや)にとって師走に休み無し。
未だかつて「勤労感謝の日」と称す旗日に慰労会を催した樽屋(たるや)を聞かず。
ましてや、年末ともなれば、全国の造り酒屋へ、近所に点在する馴染みの酒蔵への配達、
そこにHPをご覧になったからの御注文発送が、
加えて「樽屋竹十」へ直接、樽(たる)を探しに来られる方々.................................
漬物樽や味噌樽を買いに遠くから来られる方々................................................................

酒樽(さかだる)は、殆どが年末年始の鏡開き用。
最近また復活して来た店頭での「振る舞い酒」に加え、各家庭で各々お好みの酒を、
吉野杉製木樽に容れて楽しむ個人のお客さまも多し。
写真の中、一番左の段ボール箱には、鏡開き用の木槌、竹杓、杉桝などを同梱。

宅配のトラックも徐々に受け付け締め切り。
樽屋竹十の受付は年末30日まで。

有り難いことです。

2010年12月24日

樽造りの先達、DVDで技術を披露す

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今日はクリスマスイヴですが酒樽屋は、この時期が一年で最も忙しい時期です。

そんな時、富山県砺波市の教育委員会の御好意で写真の様な貴重なDVDと資料を頂きました。
同市にお住まいの市内最後の樽職人、石黒孝吉さん(大正9年生まれ)の仕事の工程が映像になっています。
既に引退されておられるのですが、この撮影のために数日間のみ復活されたそうです。

この方は元々、桶屋さんでしょう。基本的な造り方は同じですが「型板(かいかた)」という、定規を用いる点、
「前鉋」(関西の呼び名は槍かんな)を多用する点などが「樽屋」と違います。
一番驚いたのは、榑(側面の丸みのある板)や輪竹、果ては木栓まで、全て一人で作ってしまう事でした。
しかし、使っている材料が全て「吉野杉」だったので安心しました。
地元の「若鶴酒造」の専属だったそうです。もう一軒の「立山酒造」の酒樽は樽屋竹十が作っております。

全国各地の桶屋さんは少量の注文に対し、このDVDのように桶作りと同じ手段で一日に一個の樽を作って来たそうです。
かつては樽屋竹十でも全て自分の所で作っておりましたが、徐々に分業化していきました。
和樽の製作に専念して、大量の注文に応えなければならないからです。

今は全国でも「樽屋」より「桶屋」の方が少なくなってしまいました。
「樽屋」が10件程、「桶屋」は更に少なくなりました。

この砺波市でも、かつて42人いた桶職人が、この石黒さんを最後に一人もいなくなってしまったそうです。
五年前に72歳で亡くなった同市の桶職人、宮島良一さんが愛用されていた桶道具は、
「暮らしを支えた桶(おけ)・樽(たる)展」と題して同年、砺波市太郎丸のとなみ散居村ミュージアムの民具館で展示されました。
そんな事もあり、平成15年に砺波市郷土資料館が「村をささえた職人展」を開催しました。
この際の縁で、DVDも今年の三月に製作された訳です。残念ながら非売品、品切れです。

2010年12月25日

酒樽屋(さかだるや)の聖夜祭

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酒樽屋の親方が昔、住んでいた場所のすぐそばに教会があります。
六甲カトリック教会といいます。
当時は彌撒MISSAも讃美歌INNOも羅甸LATIN語だったのですけれど、今はかわりました。
余り知られていませんが、この教会の前に島尾敏雄が住んでいて、
久坂葉子氏富士正晴氏がよく尋ねて来ていたそうです。
島尾敏雄氏の亡妻ミホ氏がカトリック信者だった関係もあったのか、
島尾氏自身も後年入信しています。(洗礼名ペテロ)
最近、刊行された島尾敏雄の日記に詳細が出て来ます。

ここの教会は定時に鐘楼が鳴り響くので、朝も遅くまで寝ている方から苦情があり、
一時休止していましたが、これは復活しました。
羅甸語彌撒の復活は無理だそうです。


2010年12月26日

和樽(たる)をつくるために箍(たが)を巻く

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長さ10メートル位の真竹を薮から切り出し、
竹の先と根元を省き、約8メートルに割って節などを削り取り「輪竹」をつくります。


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それを和樽(たる)の外寸に合わせて、それぞれ巻きます。
基本的にひとつの樽(たる)に七本の箍(たが)を入れて仕上げます。

写真の樽(たる)は「味噌樽(みそだる)」の「小」ですので、箍(たが)は六本です。

2010年12月27日

酒樽屋(さかだるや)の必需品、1

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竹の箍(たが)を巻いたり、樽を触ると必ずと言って良い程、
掌に「棘(とげ)」が刺さります。
すぐに抜かないと痛いので、樽屋は必ず「棘(とげ)抜き」を持っています。
仕事場に、車の中に、ポッケットの中に...........
かつて、割り箸くらいの大きさの棘(とげ)が足を貫通したこともあります。
この時は三人掛かりでペンチで引き抜きました。

写真のうち赤い色の物は4000円以上もするスイスのRubis社のものですけれど、
そんなに性能が良いとは言えなくて、がっかりしました。

2010年12月28日

酒樽屋(さかだるや)の必需品、2

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竹や杉を毎日、手で触れている訳ですから樽屋(たるや)の肌は荒れ放題。
ハンドクリームを塗る程度では追いつきません。
殊に手の爪回りは「あかぎれ」がひどくて、仕事に差し障りが出る程です。
水仕事をされている主婦の方々や他の職業の人達も困っておられるようです。

酒樽(さかだる)には化学的な接着剤を使用しないくせに、
指先の傷口を瞬間接着剤で固める職人がいた程です。
最近、各社から発売された「液体絆創膏」は優れもので、冬には手放せません。
最初は小林製薬の「サカムケア」を愛用しておりました。
リリ様も御愛用の由。

2010年12月29日

酒樽(さかだる)を店舗での展示用の木製樽(たる)に改造

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京都祇園の某店からの依頼で、四斗の酒樽(さかだる)を改造して、
店舗でのディスプレイ用、すなわち樽(たる)の上に商品を陳列して販売する容器にしました。
今回は予算の関係上、一度使った樽(一空樽)を使用したので、蓋が入っていた跡が残っております。
更に、この上へ赤毛氈を敷くので蓋跡があっても問題はないそうです。

常に一空樽(いちあきたる)が沢山ある訳があるとは限らないので、
本当は陳列用樽すなわちディスプレイ樽は専用の材料を使って、
上から15センチの所に底が来るようにつくるので、普通の樽(たる)よりやや割り高になります。

2010年12月30日

酒樽屋(さかだるや)十二月の愛聴盤 「十二月の子供たち」

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ROLLING STONESの[december'childeren and everybody's]です。
マリアンヌ フェイスフル1964年のデヴュー曲"As Tears Go By"の本家版を、
含む1965年のアメリカ盤。こちらはモノラルです。(確か英国盤は無かった筈)
STONESの2枚目のアルバム。
何故か現在、単品のCDとしては入手不可能。


造り酒屋も酒樽屋(さかだるや)も夜なべ

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各酒造メーカーも、

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酒樽屋(さかだるや)も年末、最後の最後まで稼働中。
いかに不景気と言えど師走の造り酒屋、酒樽屋は、こうでなければなりません。

ただし睡眠不足は限界也。

2010年12月31日

酒樽屋(さかだるや)の「おおつごもり」

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鳶鴉図 北村美術館蔵 重要文化財

本年も数多くの御注文、お問い合わせ、忝く存じます。
全ての樽(たる)が受注製作のため、なにかと不手際もございましたでしょうが、
全国、各国の皆様に喜んで頂けた様子、何よりの幸せでございます。
来年も精進致します故、御贔屓のほど謹んで御願い申し上げます。

偶然ながら、画像の如き雪の大晦日になりました。
更に寒さが厳しくなるとの予報です。御自愛の程をお祈り申し上げます。

与謝蕪村は天明三年(1789年)十二月二十五日に六十八歳で仏光寺烏丸西入にて死去と言われていますが、
本日、大晦日が命日という説もあり。


親不孝 おおつごもりも うろうろと 蕪村

たるや 竹十

  • たるや 竹十



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