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2009年04月 アーカイブ

2009年04月01日

酒樽屋の酒樽を築地で「鏡開き」する

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東京に魚がし日本一という寿司屋さんのチェーン店がオープンしたので、各店舗の店先での鏡開きのために各店舗二丁ずつの酒樽を発送しました。都内で26店舗もあって、まだまだ増え続けているそうです。
店の名の入った杉枡も数百個つくりました。


残念ながら、清酒離れと連動して酒樽の需要は年々落ちているため、年末の最盛期を除けば、
普通はこの時期に多くの鏡開き用酒樽の注文は余り無く、
季節はずれの注文に応じるため汗だくになりました。

「魚がし日本一」の全店舗では鏡開きした酒樽からの振舞酒が数時間で空になったそうです。
どんどん店舗を増やし、今度は羽田空港国際線BIGBIRDにも開店するらしいので、次の鏡開き用酒樽を準備しておかねばなりません。

酒樽のよる鏡開きが、こうして今一度、新鮮な眼で見直されて来たことは喜ばしい事です。

画像は浜松町に先日開店した、ハマサイト店のチラシです。


2009年04月04日

酒樽屋の近くで催された、お酒の祭り

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酒樽屋のすぐ前の蔵元の中で「蔵開き」という名の、お祭りがありました。
この時期は各地で同様の催しが開かれます。

当然ながら、会場に正面に酒樽が置かれ鏡開きを行いましたが、天候にも恵まれた上に、おいしい新酒を格安で販売したことも手伝って予想以上に人が集まり、当初は余るであろうと考えていた樽酒が数時間で売り切れ、担当の方も驚いておりました。

すぐそばの海辺の公園でも地元住民主催の「菜の花祭り」が開かれて、ここでも酒樽の鏡開きがありました。
どちらも四斗樽に出来立ての清酒がたっぷりで、酒処「なだ」ならではの光景です。

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上の写真は酒を搾る工程で、容器に酒樽を使っておりますが、外したフタが見えておりますし、この祭りの日だけ来場者の方々に楽しく見てもらえるための演出だそうです。
ことほどさように酒樽は人の心を和ませる作用も併せ持っている訳です。

この日の催しは地元の新聞にも翌日大きく取り上げられました。
写真に写った職人さん達は大喜びです。

2009年04月05日

酒樽屋 さる塔頭の桶を修理する

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京都、宇治の寺院から、寺の什器である桶の修理依頼がありました。
どの世界でも同じですが、他の職人がつくった物の修理ほど困難な作業はありません。
最初から新しい物をつくる方が楽です。
懇意にしている方を介しての依頼だったので、とにかく引き受けました。
先ず、清酒の蔵元から譲ってもらってきた、米の粉(精米の際に出ます。煎餅の材料になるという噂がありますが、「おかき」の原料に関しては不明。)
を水で溶いて「そっくい」という食べる事も出来る接着材をつくります。
「そくい」(続飯)が訛ったものでしょう。「そくいい」又は「そくい」とも呼びます。

「続飯」は米粒を箆(へら)で潰して練り上げたもので、「姫糊(ひめのり)」ともいいます。
また別に小麦粉から作られる「腐糊(くされのり)」と呼ばれる接着剤があります。
これは小麦粉を「寒の水(かんのみず)」に溶いて静置し沈殿した澱粉質を煮てから
甕(かめ)に入れ、土中に埋めて3年ほどで完成させたといいます。
腐糊は書物の装丁や掛軸の表装の際などに、続飯は家具や建具の木材接着に用いられてきました。
そのため日本では「糊着(こちゃく)」という呼び習わしがあります。

この前のバラバラの状態を撮影する事を忘れました。
側を元の順番に戻すために「タガ」の跡形を手がかりにパズルのような作業があったのです。
苦労して、元の順番に戻す事が出来ました。部材が一枚も欠損していなかったのが幸いです。
大概、一枚か二枚は欠けていて、その部分にだけ違う材料を持って来なければならないからです。
これが一番やっかいな作業になります。
それでも経年の乾燥により、側が若干やせて、少なくなっております。
この点は部材を増やす手法を避けて、底を小さく加工するという方法を選びました。


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残飯があれば、それを溶いておいて何でも昔はこれを糊の代用品として普通に使っておりました。
今回は急いでいたので省略し、ただ米粉を水で溶いただけなので少々「まだら」です。
充分な道具が揃わないので、接着が目的ではなくて、ただ組立て易ければ良く、とにかく隣同士の側が離れなければ良いだけですから、この程度で許してもらいました。
二つに割れていた、底も一枚に戻しました。

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樽や桶をつくる際は必ず、二本の仮輪が必要です。
口の仮輪は元々付いて来た古い竹の物を利用しましたが、
底には「竹十」が昔使っていた物を探し出して来て二人がかりで嵌め込みました。

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後は新しい竹タガを巻いてはめて行き、
長い時間が経って支障が来ている部分を丁寧に修正していきます。

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古い感じで時代感を出して欲しいという修理依頼だったので、敢えて最後の仕上げは施しませんでした。
はみ出した「そっくい」を拭き取るだけで出来上がりです。

この作業は樽屋の仕事ではなく、桶屋の仕事、桶屋の中でも「こんこん屋」の仕事で、
昔は、この種の桶の修理は全て断っておりましたが、
古い道具を分解してみると意外な発見があったり、
こんな手法があったのかという勉強になるので、なるべく引き受けるようにしております。
古い樽や桶は我々にとって最良の教科書なのです。
部材が揃っていたこともあるので修理費用は格安にしました。
桶屋は樽屋以上に減って来ているので、修理の依頼先がなく
「竹十」が引き受けざるを得なくなっているのも現実です。

2009年04月06日

酒樽屋のお八つ その拾玖 ラスク

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京都の進々堂特製のラスクです。
黒糖が良い具合にからめてあって、芯は少し柔らかくて、形といい味といい、どこかカリントウを思わせます。
カリントウは元来、小麦粉を原料としたものですから、当然かもしれません。
売れなかったバゲットやバタールを元にしたものなので、商品リストにもラインアップされていませんし、いつでも売っている訳ではないのです。

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神戸、阪急六甲のポエムのチョコレート味ラスク。 
こちらはバゲットやパリジャンを普通に切断し、隣のケーキ工房のチョコレート壷にほり込んだように想像されますが.......
この店のバゲットはビゴの店系だからなのか知れませんが、夕方には殆ど売り切れていて、
材料の量にばらつきがあるのでしょう。店頭にたくさん並んでいる日もあれば、全くない日もあります。
食パンのラスクはよく見かけますけれど、バゲットのラスクの存在は最近 知りました。

子供の頃、食パンの耳を油で揚げたものに砂糖をまぶして、お八つがわりにしていた事を思い出します。


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2009年04月15日

吉野杉を使った木樽の作り方 その6 箍(たが)を結う

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竹を割って、細長く加工した物を木樽の外周に合わせて結っていきます。
先ず、竹に丸みをつけて、箍(たが)を結い易くします。
この作業を「竹を殺す」と呼びます。
元に戻ろうとする竹を左手で、しっかり押さえておかねばならないので、力も必要ですが、
折れ易い竹を結う作業は充分な注意も要する工程です。

昔、酒樽のことを「結樽」と呼んでいた語源です。

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真っすぐな,竹を無理矢理丸くする訳ですから、簡単には出来ません。
おおよその形が出来た所で足で押して、真円に近い形に整え、「箍(たが)」を作ります。
更に、木樽の外径の沿わせるため、大きすぎる時は「引き」の、小さすぎると「戻す」作業を繰り返して丁度の大きさの「箍(たが)」を作ります。
樽太鼓の場合は小さくして、硬いものを、漬物樽や味噌樽のように口の開いた木樽の場合は、
少し緩めにする為,大きめに、酒樽のように蓋から洩れては行けない場合は中くらいという風に作る木樽によって「箍(たが)」の強さをそれぞれ微妙に変えますので、技術の違いが歴然と出て来ます。
この「引き」や「戻し」を怠ると良質の味噌樽、漬物樽、樽太鼓、酒樽が出来ません。

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画像の下の竹輪は完全に入った状態。
結いはじめる最初の部分(竹の根に近い太い所)を「元」といいますが、
「元」の下に、もう一回竹が来る結い方でないと「箍(たが)」の力は発揮出来ません。
この「元の下」が後でキーワードになって来ます。
反対側の先の部分は「末」と呼びます。
因に「胴輪」や「小中」の様に力がかからない箍(たが)は一回分、結いを省きます。

上の竹は樽の外周を測って結いはじめる状態、下は完全に樽に収まった状態です。
竹は横の力は弱くて、手で簡単に折れてしまいますが、縦の力は鉄より強いといいます。
実際に今でも、東南アジアでは建築物の足場に丸竹を使う程です。

2009年04月17日

五島列島へ行った酒樽(さかだる)

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日本の西の端、五島列島の中でも更に西端の福江島に五島列島酒造という名の酒屋さんが新しく出来て、
「たるや竹十」の酒樽が、船に乗せられて渡って行きました。
この蔵が作っているものは清酒ではなく、焼酎で、しかも醸造用ではなく展示用です。

先ず長崎まで運んで、そこから船に乗せて行くので樽が到着する日程は判らないそうです。
かつて、石垣島まで樽を送った事がありますが、その時は一週間位かかりました。
去年、アイルランドにも酒樽を送ったのですが,航空便ですから翌日に到着したそうです。
ただし、通関に数日かかりました。

2009年04月18日

酒樽(たる)に使うための竹を保存する

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暖かくなってまいりました。
この季節には竹も杉も伐採出来ません。
寒い時期に切って置いた竹を、これから秋までの間に作る木製樽のために大量に保管しなければならないのです。
写真は最も細い竹の根の部分、即ち「元」の束です。

昔は、夏の間は木樽を全く作らないものでした。
この時期には底や蓋を作ったり、完全に長期休暇をとったりしておりました。
暮れに、それを補って余る程大量の酒樽が出荷されていたので、のんびりした夏を過ごす事が出来た訳です。
残念ながら、最近は正月に大きな酒樽で酒を呑む習慣が少なくなって来たので、
静かだった酒樽屋の夏も過去の話になってしまいました。

2009年04月20日

酒樽屋のお八つ その弐拾 資生堂パーラー

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資生堂パーラーの手焼き「花椿ビスケット」です。
むかし懐かしい味です。
今でも昭和初期のレシピを変えていません。
かわいい缶は他に金缶と青缶があります。

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明治四年創業、日本初の洋風調剤薬局「資生堂」のソーダ製造機です。
創業者福原有信はパリ万博の視察の帰りに寄ったアメリカでドラッグストアが薬局と
飲食店を兼ねている事を知り、明治35年に店内に「ソーダファウンテン」を設ける。
本物志向の有信は写真のソーダ水製造機だけでなく、シロップやコップ、ストロー(麦わら)に至るまでアメリカから取り寄せました。
日本初のソーダ水や当時まだ珍しかったアイスクリーム人々の評判を呼びハイカラな新名所となりました。
新橋のおねえ様方が御贔屓であることは今でも変わりません。

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2009年04月26日

小さい酒樽(タル)、漬物樽(タル)、樽(タル)太鼓を作る

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樽(タル)屋は3種類の長さの榑(クレ)を使用して3種類の木樽(タル)を作ります。
最近は小さい木樽(タル)の需要が増えて長さ9寸(約29.33333333333333.......㎝)を
利用した木樽(タル)即ち五升樽(タル)を作る機会が多くなりました。
一斗樽(タル)の半分の容量です。
赤鉛筆と比べると、その小ささが判ると思います。

これ以上小さな樽(たる)と逆に高さが一尺八寸(約59.99999999999999..........㎝)の物は桶(おけ)屋さんの仕事になります。
ただし、作った樽(たる)を短く切って、四寸(約13,333,333,33333.....㎝)や三寸(約9.99999999999999999999999999999......㎝)等、背の低い樽は製作可能です。
直径に限界があるだけです。

今回は東京郊外の方の御要望により、一斗樽(タル)と五升樽(タル)の中間の大きさの木樽(タル)を作りました。
昔から使っていた樽(たる)が寿命で使えなくなり、同じ大きさの物が必要になったのです。

写真は左から一斗樽(たる)太鼓、今回の中間の寸法の樽(たる)太鼓、五升樽(たる)の三種。
右端の五升樽(たる)のみ酒樽(たる)です。

調べてみますと、この大きさは昭和50年頃まで奈良漬用の樽(たる)として全国に進物用に出荷していた寸法です。
今では、こんなに沢山の奈良漬を食べる機会が少なくなったので製造を中断しています。

たるや 竹十

  • たるや 竹十



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