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樽づくり アーカイブ

2006年03月12日

樽屋 醤油メーカーの映像取材を受ける

先日、ヒガシマル醤油のT氏が来店。「うすくち醤油の歴史」のヴィデオ撮影隊がやってきました。

目的は、吉野杉の原木がどのようにして樽丸(樽の材料)になって行くかを調べるため、
あちこち訪ね歩いた結果、「たるや竹十」に到った由。樽丸についての仔細は後日UPします。

醤油も、昭和40年までは杉樽を用いて流通していました。当時、醤油樽には赤味材、酒樽には甲付と決まっていたのですが、、それ以降は特級酒(今の特撰)には甲付、一級、二級酒(今の上撰、佳撰)には赤味を使うようになったのです。
現代でも甲付のみを踏襲している蔵もあれば、赤味に統一した蔵など、さまざまです。

かつて、ヒガシマル醤油では社内に樽工場を持ち、昭和初期には50人もの樽職人たちが働いておりました。醤油製造工場の職人は40人だったそうですから、いかに運搬容器としての樽の需要が多かったかを窺い知ることが出来ます。
当時は樽職人が行き来していたので、「たるや竹十」とも密接な関係にありました。

   

2006年03月18日

樽屋は桶の輪替もする

ひと昔前までは、どの町にも自転車に割り竹を積んだ「輪替屋」という職人が市中をまわって、各家庭の毀れた「盥(たらい)」を修理したり、「寿司半切(ちらし寿司を作る際は必需品)」や「風呂桶」などの傷んだ竹や銅線の輪を替えたりしていました。

プラスチック製品の登場と中国産の安価な製品の到来で職人が減り、今では全国でも「輪替屋」は皆無でしょう。
近所に桶屋さんが残っている町は幸運です。
本来、樽屋がする仕事ではないのですが、
そんな訳で「たるや竹十」は、数年前から桶の修理も手がけるようになりました。

竹を細く割って薄く削ぐ作業が至難の業なのです。

竹のタガに替えるだけで、ぐっと雰囲気が出てきました。

 

出来上がった桶と、右は最初に入っていてた銅もどきの「たが」
最近は、殆ど銅線をねじる職人はいなくなり、
既製品の、ねじられた物を溶接したりしているので修理は不可能です。

2006年04月04日

漬物樽(つけものたる)と味噌樽(みそたる)四斗の杉樽をつくる

たくさん杉樽の注文を頂いたので、伐りたての真っ青な真竹を結って、一番大きな四斗の杉樽を作りました。
杉樽の出来上がりがいいと、売るのが惜しくなります。
漬物樽ですから、杉材の色は黒いのですが、飾って置きたくなります。
杉樽職人は、それ位じゃないといけないんでしょうね。

そんなことでは、商売になりません…

右隣は二年経った、一斗の杉樽。
タガの色は、あっという間に褪せて行くのです。

一度使った、杉樽を「一空樽(いちあきだる)」と呼びます。
二級の造り酒屋が使います。関東には、そういう古樽業者があります。
杉樽の消費は、昔から殆どが東京だからです。関西にはありません。

「樽拾い」という正月後の季語がある位です。 
江戸時代、酒屋で働く丁稚の小遣い稼ぎでした。 
当時のリサイクルです。

 雪の日や、あれも人の子樽拾い  冠里
                                                            

2006年04月30日

休日も四斗の杉樽の出荷

四月最後の日曜日、樽屋は休みたかったけれど、注文が来ればそうは行きません。
杉樽の基本、四斗の酒樽がたくさん出荷されました。

昔は杉樽といえば四斗樽だけでした。
一斗の杉樽は「小樽」、二斗の杉樽を「半樽」と呼びます。

今では、容量が半分だけの杉樽のことも「ハンダル」と言う様になって混同しますが、
本当は「ハンダル」とは二斗の杉樽のことです。

2006年05月14日

味噌樽(みそたる)をつくる時にも味噌が必要

たるや竹十の樽は最上の材料を使っているので、漏れることは殆どありません。
ただ、稀に節を含んだ材料が混入した時に「みそ」という裏技を使います。
これは材料不足の時代の遺物で、現在では殆ど使わない技法です。


材料の杉に逆目が出ると、そのままでは漏れの原因になります。
そこでまず、逆目の部分を手に持っている「目叩き」という道具を使い、
小さな穴を無数に開けます。


開けた穴の部分に「味噌」を塗り込めます。
味噌(みそ)と呼んでいますが、実は酒粕の熟成したもの、
即ち、奈良漬の周囲に付いている物と同じ成分です。


「みそ」を塗り込めた後、その上に和紙を張ります。「みそ」に粘着性があるので、糊は不要です。
これで逆目の出た木の表面が平らになりました。
平らになったところで、樽に組み上げます。


この「みそ」は、酒粕に「にがり」を混ぜて約一年間、冷暗所で熟成させたものです。
粕の原料は酒ですから、容器としての酒樽には最適なのです。
ただ、このような逆目のある材料が少なくなったので「みそ」を使うことも稀になりました。


これは、出来立ての酒粕。
粕汁や甘酒に使用しますが、子供の頃は焼いて「おやつ」として食べたものです。
良い酒粕は、最近は貴重品になって来て、清酒より高価な場合すらあるほどです。
酒粕は手や顔に塗るとすべすべになり、お風呂に入れれば肌に効果的です。


蔵元から出る酒粕は専門の業者が、各蔵から集めて小売します。
それ以外にも徳島などの奈良漬業者の所へ酒粕は運ばれて行きます。

味噌樽(みそたる)をつくる時にも味噌が必要

たるや竹十の樽は最上の材料を使っているので、漏れることは殆どありません。
ただ、稀に節を含んだ材料が混入した時に「みそ」という裏技を使います。
これは酒樽の材料不足の時代の遺物で、現在では殆ど使わない技法です。


酒樽材料の杉に逆目が出ると、そのままでは漏れの原因になります。
そこでまず、逆目の部分を手に持っている「目叩き」という道具を使い、
小さな穴を無数に開けます。

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開けた穴の部分に「味噌」を塗り込めます。
味噌(みそ)と呼んでいますが、実は酒粕の熟成したもの、
即ち、奈良漬の周囲に付いている物と同じ成分です。

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「みそ」を塗り込めた後、その上に和紙を張ります。「みそ」に粘着性があるので、糊は不要です。
これで逆目の出た木の表面が平らになりました。
平らになったところで、酒樽に組み上げます。

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この「みそ」は、酒粕に「にがり」を混ぜて約一年間、冷暗所で熟成させたものです。
粕の原料は酒ですから、容器としての酒樽には最適なのです。
ただ、このような逆目のある材料が少なくなったので「みそ」を使うことも稀になりました。

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これは、出来立ての酒粕。
粕汁や甘酒に使用しますが、子供の頃は焼いて「おやつ」として食べたものです。
良い酒粕は、最近は貴重品になって来て、清酒より高価な場合すらあるほどです。
酒粕は手や顔に塗るとすべすべになり、お風呂に入れれば肌に効果的です。

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清酒の蔵元から出る酒粕は専門の業者が、各蔵から集めて小売します。
それ以外にも徳島などの奈良漬業者の所へ酒粕は運ばれて行きます。

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2006年06月12日

漬物樽(つけものたる)味噌樽(みそたる)樽太鼓(たるたいこ)

「たるや竹十」の本業は酒樽(たる)屋ですが、その伝承技術を用いて、漬物樽(つけものたる)、味噌樽(みそたる)、樽太鼓(たるたいこ)等の樽(たる)も作っています。

殊に、漬物樽(つけものたる)や味噌樽(みそたる)は材料の吉野杉自身が呼吸しているので、おいしいものが出来上がります。

又、修理も依頼されます。修理は古い樽が持ち込まれることが多い訳ですから、昔の職人の仕事を見る良い機会になります。
樽屋(たるや)にとって先人の技を自ずと学ぶことになるのです。

樽太鼓(たるたいこ)は良い音が出るように他の樽よりも強いタガを締めております。

2006年06月22日

漬物樽(つけものたる)や味噌樽(みそたる)を作る時にも失敗はあります

漬物樽(つけものたる)や味噌樽(みそたる)は蓋がないので、杉材を削る角度や箍(たが)を締める強さが微妙で、失敗も稀にあります。更に自然の力に負けた材料もあります。

「風折れ」と言って、吉野の山林で嵐の折、強風で杉の樹が大きく揺れて、折れてしまうことが多々あるのです。
山では火事以外に「風折れ」「雪折れ」「落雷」の三つが天敵です。
吉野は日本一雨の多い地域ですし、台風も頻繁に上陸します。
これらの障害に100年間、耐えてきた杉だけが、良質の樽材となるわけです。

樽丸を作る時、そして漬物樽や味噌樽を組み立てる時の二度罅(ひび)を見つける機会があるので、山あるいは樽屋で殆どが発見されて焼却されますが、稀に見落とすと写真のように折れてしまいます。

組む前は眼を凝らして検品しないと分からない程の罅(ひび)なのです。
ところが、箍(タガ)を入れると写真のようになります。
折れは表面までは到っていないので、漏れはありませんが、漬物樽ですから内部の状態が重要なので修理が必要です。

こちらの写真は、箍(タガ)が強すぎて完全に側が折れた例です。
責任のない右隣の側にも影響が出ています。
こうなると、漬物樽製作も最初からやり直しです。
箍の竹節が充分削り取れていなくて、こぶ状になり、ここに力が集中したことも原因の一つです。

投稿者 diva : 13:36 | コメント (0)

2006年10月16日

樽屋(たるや)の「あり切り」

酒樽や樽太鼓を作る時には、蓋がきっちりと納まるように、側の内側に溝を切ります。
「アリ」と言います。

大工用語の「あり」と「ほぞ」と同じ意味で、凹部の呼称です。

鏡開き用の酒樽の場合は、蓋が開き易いように「アリ」は切りません。
「アリナシ」と呼びます。
勿論、漬物樽を作る場合も「アリ」は切りません。


アリ切りの道具、二種

2006年12月15日

一斗酒樽をつくる

今季は、大きな四斗樽(一升瓶が40本入ります)の注文が殆どだったのですけれど、やはり年末です、久しぶりに、小さな「一斗の酒樽」の注文をたくさん頂いたので、今日は一日中、一斗(18リットル、一升瓶10本分)の酒樽を作りました。何を作る時もそうですが、大きい物より小さい物の方が手間がかかります。
しかし、小さい物に大きい物より高い値段をつける訳にはいかないので困ります。
一斗樽以下、すなわち五升樽(9リットル)等は四斗樽を作るに等しい時間と技術を要すのです。

正月は酒樽!ですね。
おいしい樽酒を堪能して下さい。

続きを読む "一斗酒樽をつくる"

2006年12月19日

酒樽に三本目、四本目の手

すべからく、もの作りをする者にとって、手は最高の道具と言えます。
あらゆる道具は手あるいは指の延長線にあるのでしょう。
手・Mano,(複数でMani)から職人・Manifattore,Monovelle,という言葉が出来たほどです。
我々酒樽屋の職人にとって、足も第三、第四の手なのです。
タガを入れたりする時に足で酒樽を回します。

今日のような寒い朝も裸足、素手で仕事をします。
酒樽は神酒という神聖な物を入れる容器を作るのですから、清めた裸足は当たり前です。
とは言うものの未だ体の温まっていない早朝には、ちょっと気合が入ります。
でも、ひとつ酒樽をつくった後は汗びっしょり。
その後は真冬でも夜まで、Tシャツ一枚で仕事を続けますが、お客さんが来られたり、食事時に手が止まってしまうと、一気に寒気が襲います。

下駄、足袋を履かなくなった現代人の足の指は退化しているといわれています。
足の指を使うことは健康にも良い筈です。
爽快なものですよ。

投稿者 diva : 09:01 | コメント (0)

2007年07月16日

酒樽屋 四十年振りに醤油樽を作る(再録)

普段は酒樽を作っておりますが、久方ぶりに醤油樽を作りました。
輸送用としての醤油樽は昭和30年代に完全に廃止され、一升瓶にとってかわり、更に今では殆どペットボトル入りになってしまいました。

shouyu.JPG


この木樽は某醤油屋さんの店頭ディスプレイ用なので形だけで良かったのですが、職人根性が出てしまい洩れないように作ってしまいました。

醤油樽は写真のように黒い杉で作ります。
黒い木樽の方が丈夫なので、長く熟成させる醤油には適しています。

かつて醤油の産地、千葉県野田では灘製酒樽の「一空樽(いちあきだる)」と我々が呼ぶ中古樽、あるいは秋田杉の樽を使っていました。
和歌山では灘に出せない二級品の樽を、又、龍野(たつの)では、うすくち醤油用なのに最もアクの強い秋田杉の樽を使用。
唯一、小豆島だけは、灘五郷の酒樽に使用した残りの吉野杉製木製樽を贅沢に使っていたのです。

昨年、兵庫県たつの市が「うすくち醤油造りと匠の技の伝承記録」というDVDを製作しました。
醤油屋、酒屋、樽屋数軒が協力して出来たものですが、「たるや竹十」も最後の方に数秒間登場します。
昨春2時間余りかかって撮影したものです。

樽のつくり方がよく分かります。

tatsuno.JPG

DVDが手に入らない方は、ここでも容易に見る事が出来るようになったので、再録します。

うすくち醤油伝承保存会製作

2008年03月31日

酒樽の代表 甲付樽(こうつきだる)

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少々、しつこいようですが酒樽(さかだる)といえば、甲付樽です。それも四斗樽です。
明治、大正までは四斗の甲付樽(こうつきだる)ばかり作っていましたが、昭和になって、
一斗(コダル)、二斗(ハンダル)が主流に変わりましたが、平成も20年になりますと、
また、四斗樽(よんとだる)の良さが見直されてきました。

2008年07月15日

和樽は逆さまにして作る

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写真のように和樽は底を上にして製作します。
底の直径と蓋の直径との差を利用して竹の箍(たが)を締め付けて、水の洩れのない木樽が出来る訳です。

裸足で和樽を回しながら、側の量の加減を見たり、木槌で箍(たが)を叩いたりします。
ぼんやり作っていると「爪楊枝」くらいの大きさの棘が刺さるので、緊張の連続です。

足も11本目、12本目の指であり、ギタリストと同じなのです。

2008年08月13日

酒樽屋の盆休み

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木樽つくりも、お盆を前にひと休みです。
樽作りをしない時の酒樽屋は、真夏でも ひんやりとして静かです。
工房の中が杉という木で埋まっているからでしょうか。

木製の和樽といっても酒樽、漬物樽、味噌樽、展示用の売場樽、店舗設計用の ディスプレイ樽、八木節の樽太鼓,,,,,,,,,,,,
つくる物はさまざまですが、どれもが杉と竹の組み合わせであることには変わりはありません。

昔の酒樽屋はヨーロッパ並みに真夏は完全に一ヶ月ばかり休暇をとっていました。
仕事がなかったからですが、今年のような暑さですと昔の方式に戻したくなります。

2008年08月27日

スコットランドの酒樽。底と蓋 (ふた)、和樽と洋樽の場合

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和樽の底と蓋(ふた)は吉野杉で作ります。左が蓋(ふた)、右が底です。

底は中心に近い赤味で、蓋(ふた)は辺材の白太を用います。
酒樽にした時に底の部分は最も酒に触れている時間が長い部分ですから、香りの良い赤味を使い、蓋(ふた)は見た目が美しい方が良いので白太を使う訳です。
白太だけでは蓋(ふた)と言えど滲みが出るので、酒樽の甲付側同様、裏に赤味が付いた部分をなるべく選びます。
蓋(ふた)は輸送中など以外、殆ど酒には触れない訳です。

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こちらはウィスキーが入っていたスコットランドの洋樽の底と蓋(ふた)です。
洋樽の場合は底と蓋(ふた)のサイズが同じなので、底蓋の区別はありません。
材料はホワイトオーク、樫の木を使っています。
西宮の某有名ウィスキーメーカーがスコットランドから古樽を大量に買い付け、
しっかり樽としての仕事を終えた後、ベトナムへ輸出する直前に「たるや竹十」が引き取りました。
切断すると未だモルトの香りが、ほんのり漂います。

洋樽については、最近「たるや竹十」の和樽をフランスに輸出してくれている、早川物産の早川清氏の上記リンクの論文をご覧下さい。

蓋(ふた)の向こうに見えているのは、我家の小さな庭に生えるオリーブの木。
僅かながら、ちらほら実も結んでおります。

2008年09月01日

蓋(ふた)が無ければ酒樽とは言えない

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これが、酒樽の蓋(ふた)。
底と蓋(ふた)に関しては材料が吉野杉でない場合が多いのです。
多くの場合、肥後杉や宮崎杉などの九州産杉材を使います。
理由は吉野材より、九州の杉の方が水分がにじみ出しにくい事と、九州の杉は香りが無いので木香が付きにくく、酒を詰めてから酒樽が長持ちし易い等々。
勿論、かつては酒樽と言えば底蓋も含めて全て吉野杉で作っておりました。
昭和50年頃から使い易い、値段も安いという理由から肥後杉による底と蓋(ふた)が席巻してまいりました。
これを使っている限り「吉野杉の酒樽」とは呼べないのです。

それだけでなく、量産のために木工用ボンドを底蓋の継ぎ接ぎ面に多用するようになり、
酒樽の質を落として来ました。
「たるや竹十」では樽太鼓以外の食品を入れる樽には写真のように昔ながらの竹釘接ぎを使うよう努めております。
アレルギーの方もいらっしゃるので、樽太鼓にも極力ボンドを使わないようにして、工房からケミカルな物質を一掃していく積もりです。
一枚の蓋(ふた)に何カ所も竹釘を使って、手間はかかるんですがより良い酒樽や漬物樽を作る事が出来ます。
酒樽作りにおいて、木工用に限らずボンドの類いを使用しても漏れが止まる事はありません。

2009年01月17日

樽(たる)づくりにも、人間にも「水」は不可欠である

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木製樽(たる)をつくるのに、木と竹だけがあれば良いというのではありません。
何種類もの道具が必要なのは当然ですが、忘れてはならないのが「水」なのです。
人間も「水」が無ければ生きては行けません。
料理屋さんや洗濯屋さん、酒造メーカー等、挙げはじめればキリがないほど、多くの仕事に「水」は欠かせないものです。
樽屋でも「水」が無ければ仕事になりません。

「側」を立てて「樽(たる)」の形を作る時、底や蓋を(ふた)をこめる時に木の先を湿らせます。
出来上がった木製樽の「洩れ」を検査する時には樽(たる)に水を入れ空気を送り込んで洩れている部分を見つけます。
但し、余り沢山の「水」を使う職人は「腕が悪い」と昔からいったものでした。
出来上がった「樽」が湿気を多く含み、乾燥し易く長持ちしないからです。

この頃のような寒い時期には、比較的温暖な神戸でも雪が積もる事がありますので、上の写真右側に見える桶の中の水も凍ってしまいます。
こうなると作業台が凍結しますし、前述の「樽吹き」と呼ばれる「洩れ」の検査も不可能になり、製樽作業が全く出来なくなります。

人間より、酒樽など木製樽のことだけを重視して、日陰の北向きに建てている酒樽屋の建物では尚更です。

今でこそ、暖房の設備が整っているので作業不能という事態にはなりませんが、
数十年前は、作業場の水が凍ったら酒樽屋は休業と決まっておりました。
また、朝から作業していても桶の中の水が凍った時点で樽職人は全員帰宅するという習慣がありました。
樽づくりは真冬でも汗びっしょりになる仕事ですから、職人達は決して寒いという理由でサボってしまったのではありません。
したくても仕事が出来なかったのです。

唯一、例外は1995年の阪神淡路大震災の後です。
最も貴重な水を使う訳にはいかないので、復旧作業の合間に不自由な工程で仕事を細々と続けました。
仕事場を喪った近所の樽屋の職人たちが数人「竹十」の作業場を借りに通って来ました。
奇跡的に「竹十」だけが神戸では唯一、損壊しなかったからです。

たるや竹十では江戸時代に建てられた美しい木造の蔵が四棟壊れました。
幸い、竹十の作業場は殆ど無傷だったので、宮水を使って樽づくりを続けました。けれど、生活に必要な水も確保出来ない環境でしたから、実際は開店休業でした。
木製樽は品薄のポリバケツの代りに貯水用に使うという状態でした。

震災から14年が経ちます。

2009年01月18日

酒樽屋も「夜なべ」する

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寒い時期は酒樽の季節、漬物樽の季節、味噌樽の季節、蕎麦の季節です。
木製樽の注文が重なって納期に間に合わせるには、どうしても[夜なべ]になります。
時には、夜が開けて朝になってしまう事もあります。
夜中にコンコンと大きな音は出せませんし、
夜の作業だと、やはり良い仕事はできません。
それに次の日は目眩がしますけれど、仕方がありません。

今のような時節、仕事がある事はありがたいことだと感謝しております。

2009年01月22日

木製樽に使う吉野杉の不良品

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木製樽に使う吉野杉は木目に沿って割ります。
鋸(のこぎり)という道具は木目を無視するので、酒樽屋では殆ど使いません。
木目を無視すると「洩れ」の原因になります。

酒樽屋の親方の現場の仕事は木の目を読むことです。
職人達は親方の見落とした見落とした材料を作業中に発見すると得意がって作業台から投げ捨てます。
いくら厳選しても、箍(たが)の力が強すぎたり、肉眼では見えない欠品を見落とすと、
木製樽製作は失敗です。

漬物樽や味噌樽のように蓋(ふた)のない木製樽は箍(たが)の力を支える部分がないので、
写真のように「目回り」といって、木目が割れ易い傾向にあります。

こんな状態になった木製樽を「どさ」と呼んでおります。

『どさ』とは佐渡(さど)の倒置語で、江戸時代に賭博で捕まると佐渡へ島流しになったことから、賭場に役人が踏み込むことを『どさ』と呼びました。
一旦島流しになると中々戻ることは出来ない事に比して元に戻しにくい木製樽の事を昔の職人達は「どさ」と呼んだのではないかと思われます。


2009年01月23日

木製吉野杉樽における事故「めまわり」

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昨日の「吉野杉樽の不良品」の酒樽屋日誌で触れた「めまわり」の典型的な例です。
こうなってしまうと、使い道はなくて、燃やすしかありません。

樽丸師、樽屋の親方、樽職人の三人のチェックをすり抜けて来た不良品です。
樽丸は鋸(のこぎり)は使わず、鎌(かま)を用いて木目に沿って「割る」訳ですが、この時に木目が既に何十年前に割れている場合があり、肉眼では判断出来ない隙間を持っています。

このような榑(くれ)を使って吉野杉の木製樽を作ると箍(たが)の力で、このようにふたつに割れてしまいます。
折角の樽づくりも、これではガッカリですから、
材料の選別だけは先に挙げた樽に関わる三人が目を皿のようにして仕分けする訳です。

写真は「目回り」し易い「追い柾」という「柾目」に近い榑(くれ)の一種です。


2009年01月24日

手作り木製樽は、いつも逆さまにして作る

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和樽(たる)づくりの基本は「さかさまに」です。
たるや竹十の木製樽は全て、逆さまにして作ります。
箍(たが)を締めるという作業が繰り返されるので、直径が大きい蓋の方を下に置いて、
樽づくりは最初から最後まで「さかさま」の状態で進行します。
全行程が手作りです。
蓋(ふた)をこめる段階を除き、出来上がって木製樽の洩れ検査をする時、初めて表向きになるのです。

「さかさまに」といえばユイスマンスの「さかしま」[À rebours]を思い出します。
新訳ブームの日本の出版界ですが、英語圏でも新訳がいくつか出ています。
写真の新版では小説のモデルとなったロベール・ド・モンテスキュウの肖像が表紙画に選ばれています。
0140440860.jpg 英訳のタイトルは"Against Nature"です。

2009年01月25日

杉樽(すぎたる)は及ばざるが如し 手作り木製樽篇

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木製樽の代表、吉野杉樽つくりの基本は外側の吉野杉の榑(くれ)を円形に並べた時の内周と、同じく吉野杉を竹釘で継いだ底と蓋(ふた)の外周が一致している事です。

写真の木製樽では榑(側材)の内周が蓋(ふた)の外周を上回っているので、榑の木目が押しつぶされて原型をとどめておりません。
これは、木製樽の箍(たが)締めに機械を使うので可能な状態で、昔のように手で締めていた時代ではあり得ななかった事です。

こんな風になっても、吉野杉特有のしなやかさが樽づくりの技術を補ってくれます。

写真のように蓋より側の方が多い木製樽の状態を「ほりこみ加減』
又、逆に蓋が側全体より少ない木製樽の状態を「はり加減」と言います。
いずれにしても、手作り木製樽の製作過程で最も重要な点は、この吉野杉の材料の幅の加減です。

「いい加減」に作ると洩れの原因になったり、杉材が折れたりしてしまいます。

「杉樽は及ばざるが如し」の語源は、ここから来ているだと思い込んでおりましたが、
実際は孔子の言葉らしく、
木製樽などの物作りだけではなく、誰もがいつも心がけておらねばならい事には違いありません。

2009年02月05日

樽丸(たるまる) 木製樽の最も重要な材料

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樽丸などと言いますと、どこの落語家かと思われるでしょうが、「たるや竹十」の倉庫の奥で
古い「樽丸」を発見しました。
ずいぶん日焼けしてしまっておりますが、一皮むけば良い色が出て来ます。
ここまで古くなると,香りが飛んでしまっていて酒樽には使えませんけれど。

このように、丸く束ねて竹で巻いているので「樽丸」と呼んだ訳です。
画像のように竹を用意して結束するだけの「箍師」という職業も吉野地方には存在しました。
材料の丈(長さ)を測り,規定の量を、予め巻いておいた箍(たが)の中に入れていくだけの作業ですが、なかなかどうして真似の出来る仕事ではありませんでした。

ひとつを「一丸(ひとまる)」と言います。
最近は、一丸を二分割した、半丸(はんまる)をひとつに四角く束ね、二束で一丸になるようになりました。
一丸では、余りに重いのと、四角い方が積み易いからです。
半分にしている今でも、四斗樽に使う、一尺八寸の樽丸の移動には骨がおれます。
丸い頃の樽丸を運ぶ時は転がしていたような記憶があります。

写真の左側が、板目の樽丸、右側が柾目の樽丸。
どちらも一尺八寸です。

業界では単に「丸(まる)』と呼ぶだけで互いに通じるのです。(丸くはないのに)

木製樽に最も適さぬ材料

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木製樽に「板目」のものと「柾目」のものがあり、それぞれ用途によって、その特性に長短があります。板目は長期保存用、柾目は寿司桶や風呂桶のように短時間の使用のためのものなのです。
唯一、使ってはならない材料があります。

写真のように柾目でも板目でもない、木目が斜めになったものです。
「追い柾(おいまさ)」といいます。
写真のものは木目が大変荒いので、殊に悪い柾目と言えましょう。
これでも短期使用には問題はありませんが、
酒樽のようなものは短期使用ですが、これを使う事は出来ません。味噌樽や漬物樽のように、
長い間の使用には不向きです。
斜めになった木目から水分が滲みだします。

「寿司半切り」「おひつ」のような短期間の使用中に滲みが出る事はありません。
大概,このような材料は機械で製材したもので職人が木目を読んで加工したものではないのです。

2009年02月08日

木製樽のつくり方 その1 先ず「輻(や)」をつくる

輻(や)とは即ち車輪におけるスポークです
先が尖っているので、通常「矢」の字をあてがちですが、「輻」が正確な呼びです。

幅の広い樽丸の側を斜めに切ったり、節などの悪い部分を落として作って置きます。
これを、ひとつの木樽に4〜6本入れて、円錐形に形作る部品に、また微調整の材料に使用します。
寸法は広いものや狭いものなど各種つくって置かねばなりません。

%E3%82%84%E6%94%BE%E5%B0%84.JPGこう並べると判り易いでしょうか。

%EF%BC%A3%EF%BC%A1%EF%BC%AD%EF%BC%B0%EF%BC%A1%EF%BC%A7%EF%BC%AE%EF%BC%AF%EF%BC%AC%EF%BC%AF.JPGこちらは本当のスポーク

ZIPP.JPG

最近はタイムトライアル用にスポークのないカーボンホィールもありますが。

DSC03383.JPG

手前に二枚の輻(や)を使っているのが見えるでしょうか?

2009年02月09日

吉野杉を使った木樽の作り方 その2「側(かわ)ごしらえ」

DSC03513.JPG

樽場における「見世」の全体。
見世板の後と自分の手元に各種道具を取り易く並べる。
反対側には榑(くれ)と底蓋などの材料が。
左側の奥に見える竹棒は作業場と天井の間に入れて、銑掛けの時に使う。
三台の正直台、何本もの銑(せん)、胸当て等が見える。
手前には、作業中に必要な水が桶の中に。

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樽丸から選別された「榑(くれ)」の裏表に銑をかける。
榑(くれ)のねじれも、この時に修正する。
また、榑(くれ)の下部にも銑をかけ、少し細くしておく。

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銑をかけ終わった榑(くれ)の両側面を正直台で押す。
角度が大事なので、最も重要な工程。

普通の鉋(かんな)のように見えますが、実は微妙なカーブが付いていて、
このRが木製樽特有の丸みを出す訳です。
昔は「台かんな」ではなく、ここにも「銑(せん)」を使っていたので、危険な作業でした。

これらを一日に使う分だけ午前中に全て仕上げ、「側ごしらえ」の工程を終えます。
先日、作った「輻(や)」の側面にも正直をかけておきます。

2009年02月10日

吉野杉を使った木樽の作り方 その3「側立て」

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最初に二本の仮輪(白い口仮輪と緑色の胴仮輪)を用意します。
仮輪の材料は竹のタガで、これは道具ですが,消耗品です。

そこの中に十数枚の地側(じがわ)即ち普通の榑(くれ)と5〜6枚の輻(や)を入れます。
色々な幅のものを選んでおく事。
そして、側の木口を軽く濡らしておく事。
沢山入れると,作業しにくく、少ないと、作業中は両手が塞がっているので困った事になります。
この量の判断は、長く経験を積まねばなりません。
幅の事を略して、「ば」と呼んでおります。

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左手で口仮輪を持ち、側を一枚ずつ並べていきます。
この時、仮輪を支えている左手は思いのほか力が必要です。
地側3枚に輻を一枚くらいの割合で並べて、一周します。
酒樽では、正面に呑み穴を開けるので、それにふさわしい最も良い側を選んでおきます。
この側を「印前」と呼びます。木目が詰まり。幅(ば)が広くも狭くもないものが最適。

最後の一枚の選択に苦慮しますが、とにかく形を作ることが、この段階の最大重要事項です。

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取り敢えず、樽が自力で立つようにします。
仮輪を上下して加減する事がコツです。
口仮輪を上に上げると側が締まっていきます。
残りの側が5枚余りました。これくらいが理想です。
残ったものは、必要ないので次の段階のために外に出してしまいます。


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とにかく樽の形は出来ました。
この場合は、幅の狭いものばかりだったので24枚位使いましたが、
普通は20枚までで組み上がるものです。

この樽は樽太鼓用に良く乾燥した材料を選んだので、幅の狭い側(がわ)が多くなっています。
普通はもっと広いものを使いますが、小さい樽ほど狭いものの方が作業はし易くなります。

これらの作業がし易いように、酒樽の作業台~「みせ板」には軽い傾斜が付いています。
桶屋さんの作業台は水平です。

一尺一寸の榑(くれ)を使って、一斗樽をつくり始めました。

2009年02月12日

吉野杉を使った木樽の作り方 その4 鉄輪(かなわ)

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木樽の形になったものを逆さまにして、仮に「蓋」を底を置いておきます。
側の内径と蓋の外径が一致するように、「輻(や)」を入れ替えて微調整します。

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樽を支えている竹仮輪の代りに鉄の仮輪を入れる工程です。
鉄仮輪を槌で叩いて、木樽を萎めていき、「しんちゅう」という鉄バンドを入れます。
鋼の輪で、真鍮ではないのですが、樽職人は何故か「しんちゅう」と呼びます。
これは底の径より一回り大きく作ってあるので、ピッタリはまると底の外径と側の内径が整った証拠です。微妙な大きさの物を数本 用意しておきます。


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フタの部分も側の量を微調整して、決まった所で大きい方の鉄輪を入れます。
槌で鉄輪を最後の位置まで叩き降ろします。
結構、力を要する工程ですが、これで木樽の形が整いました。
木樽が少し丸みを帯びている事が判るでしょうか。
正直台に丸みがついていたからです。
この丸みが木樽を長持ちさせるポイントになっています。

2009年02月13日

毎日、樽屋へ樽作りの見学者が続く

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たるや竹十」は沢の鶴資料館の前にあるので、沢の鶴の樽屋だと勘違いして、
観光の方々が各国から見学に来られます。
若い方は樽が珍しいから、昔若かった方は樽が懐かしいから、たいそう興味を持たれます。

わたしたちは「樽(たる)」を実用品として作っているのですが、
使わない人達から見ると天然記念物化してるようです。

2009年02月17日

樽屋竹十の木樽は接着剤も釘も使わないのに、なぜ洩れないのか

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吉野杉は柔らかいので、底と蓋を込めて箍(たが)を締めると、
写真のように溝が出来るほど、食い込みます。

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そのために、底と蓋(ふた)の先は鋭角に仕上げております。
上の底は使用前、下の物は使用後で、完全に鋭角の山が側に食い込み、なくなっております。
この作用が杉樽の洩れを自然の力で止めている訳です。

箍(たが)の力で出来る溝に、最初から溝を作って、
底に接着材を流し込む量産型の樽づくりの手法もありますが、
酒樽、漬物樽、味噌樽、どれもが食品を入れる容器ですから、
「たるや竹十」では、木工用ボンド等の接着材を使わない方針を取っております。

2009年03月26日

吉野杉を使った木樽の作り方 その5 つっこぼり

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二本の鉄輪で支えられた木樽の内部のうち、底を込める部分の側の段差(目違いと呼びます)を、丸みのある特殊な鉋(かんな)で削り、平坦に加工して底との隙間をなくします。

この作業は「つっこぼる」と謂います。


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ですから、この作業に使う特殊な鉋(かんな)を「つっこぼり」または「つっこぶり」と呼びます。
右が四斗用の大きい物、左が一斗や二斗に使う小型の物です。
細かい作業や小さい樽を作る時の為に、もっと小さい物もあります。
鉋(かんな)の両側に出ている棒状の部分を指で支えて削るのです。

例によって、作業の行為と道具の名称が同じです。

単に「丸かんな」とか「内かんな」と呼ぶこともあります。
台にも刃にも丸みがあります。
この特殊な道具を作る職人も殆どいなくなりました。
かつては堺に沢山の樽道具職人がいましたが現在では皆無です。
杉の産地吉野と酒の本場である灘の中間に、樽丸つくりと樽つくりに不可欠な刃物職人がいた事は偶然ではないでしょう。
今は兵庫県の三木市に一人だけ残っておられます。

普通の平かんなに丸みを付けて改造したりしてみますが、専門外の仕事は容易には出来ません。
どんな仕事でも道具作りが物作りの重要な要素であります。
慣れれた道具を修理しつつ使っております。

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この工程は地味な割に以外と時間と手間がかかる作業ですけれど、底が入る部分を整える訳ですから、手を抜くと洩れの原因の一つになります。
当然丁寧な仕事を要求される訳です。

殊に味噌樽や、漬物樽のように長い年月使う木樽の場合、むしろ酒樽以上に丁寧な作業を要します。

近年、この作業を省略し、機械で円形の溝を作って、その溝に底をはめる手法も考案されましたが、この方法は作業が楽にはなりますが、手作りの底の外周や樽丸から加工した側の厚みの微妙な違いに対応出来ないので、「たるや竹十」では昔の手法に戻しました。

2009年06月01日

樽屋が樽(タル)を修理する

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この時期は丁度、樽(タル)や桶(オケ)の修理の依頼が増えます。
全国方々から樽屋竹十に樽(タル)の修理依頼品が持ち込まれます。

この写真の場合は、かなり難航しそうです。
長い間、放置されていたのと、そのために部材が揃っていない可能性が高いからです。
それに、これは樽(タル)ではなく、桶(オケ)なのです。
こちらは樽(タル)屋ですから、桶(オケ)は、手間がかかるのです。
果たして復元出来るでしょうか。

2009年12月13日

樽作りに疲れた時にはラヂオ體操を


樽づくりに限った事ではなく、何事も物つくりの際には背中をまるめ、根をつめて作業を進めるものですから必ず肩が凝りますし、姿勢も悪くなってしまいます。
たった今、パソコンに向っているこの時にも、随分眼が疲れますし肩も凝ります。
間をおいて、適度の休憩をとった方が、かえって効率が良くなるものです。

子どもの頃に一番苦手だった「ラヂオ體操」が最近は妙に人気です。
今ではテレビでも放映するから「テレビ體操」と言い換えられておりますが、
やはり「ラヂオ體操」と呼ぶ方が、断然、親しみが持てます。
訊けば80年以上前にアメリカで考案されたものだそうです。
第一、第二のほかに幻の第三もある事までは知りませんでした。

時間が許せば、樽づくりの合間に、みんなで「ラヂオ體操」をするようにしたいものです。
近所の会社でも始業前に朝礼の後、社員全員がラヂオ體操をしている光景をよく目にします。
   



「........僕は柔い掌をひるがえし
深呼吸する
このとき
僕の形へ挿される一輪の薔薇」

     村野四郎第二詩集 北園克衛装釘「體操詩集」昭和14年刊より 
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2010年02月20日

樽屋も吉野杉の良し悪しを見落とす

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吉野杉は色も香りも最高なのですが、なにしろ自然のものです。
年に一度位、写真のように「目越し」という状態になる事があります。
この場合は、どのように手を施しても滲みを止めることが出来ません。
しかも、場所が樽(たる)の底です。交換以外に修理の方法はありません。
たくさんの吉野杉から樽(たる)に適した材料を選別することが酒樽屋の親方或いは、
番頭の役目なのですが、この場合は作業中の見落としと言えましょう。

幸い「たるや竹十」が使っている奈良県吉野郡の川上村周辺の杉だけは、
乾燥させて、もう一度使うと滲みが止まる魔法のような不思議な性質を持っています。
川上村特有の土質に依るようです。
しかし、この樽(たる)の場合は大事を取って底は交換することにしました。
「目越し」になる「ネキ」類と「風折れ(ウテ)」だけは樽(たる)には一切使う事が出来ません。
これらについての詳細は後日。

2010年05月27日

杉樽(たる)に於ける「目越し」

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杉の中でも最高といわれる「吉野杉」でも、中には樽(たる)に適していないものもあります。
杉も竹も生き物ですから仕方がありません。
原木を輪切りにした時、樽丸に仕上げる時、樽(たる)を作る時などなど、
何段階もの選別の機会があるのですが、これまた人間の仕事ですから、見落としも稀にあります。

写真の真ん中に見える材料が「目越し」という状態。
水分が木の細胞を通じて滲み出し、どのような方法をとっても滲みを止める事は出来ません。
この一枚だけを交換するしか手段はないのです。
杉の細胞が完全に死んでいて、このような木を「ネキ」(多分、木が寝てしまった意味でしょう)と呼びます。
どんな名人でも、この種の材料を使って樽(たる)を作ることは出来ません。

この一枚のために樽(たる)がダメになるので、選別には厳重な注意が必要なのです。

2010年08月26日

酒樽に於ける「目回り」その2

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小さなトラブルです。接着剤を使わず、全て竹釘を使って底と蓋(ふた)を作るので、
竹釘を叩き込んだ時に杉に負担がかかったのでしょう。
底の先端部分です。木理に沿って杉が割れてしまいました。
交換です。
吉野杉は柔らかいものですから、少いさい木理の瑕疵が強いタガに耐えられなかったようです。

2010年09月02日

樽屋が行う最後の作業、「さし留め」

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完璧に出来上がった積もりの酒樽でも、酒を入れると思いもしない箇所から洩れ出す事があります。
この状態を「さし」と呼びます。
酒が「さす」すなわち、洩れるからです。「差す」とか「注す」と書きます。

こうなると蔵元の「樽場」から呼び出しがかかります。たいてい早朝です。
道具一式を携えて、酒蔵へ向います。

手前にある四つが先日、紹介した「虫食い」
左が「虫食い」を入れるために穴を開tけなければならないので錐
右は、その「虫食い」を叩き込むための「目打ち」
向こう側は、叩き込んで余分が残った「虫食い」を切り取る鑿(のみ)など。

変形の金具は和紙を使う時に必要な丸みの付いた金具。
その隣は「まさ」と呼ぶ、本来は杉の端材を使うものなのですが、
最近は強度を高めるためでしょう。「竹まさ」と言って、竹の切れ端を主に用います。

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一度は止まったと判断して帰る途中に電話があり、また別の場所から洩れ出した由。
大概の「さし」は「虫食い」と「和紙」で留るのですが、最近の暑さに酒樽も乾燥していまったようです。
和紙を洩れている隙間に差し込んで行くと少々の洩れや滲みを留める事が出来ます。

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「まさ」を箍(たが)と側板の間に差し込んで、箍(たが)の力を強くします。
余り強過ぎても「まさ」の隣の力が弱まるのため、この作業は微妙な力のバランスを必要とします。
本当の仕上がりは「まさ」が見えないように箍(たが)の奥に隠してしまうのですが、
説明し易いように表面で切断しました。

2010年12月13日

酒樽(さかだる)を作る時に出来る大鋸屑(おがくず)

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酒樽(さかだる)にしろ桶(おけ)にしろ、木製の物を作る時には必ず大鋸屑(おがくず)、鉋屑(かんなくず)が出来ます。

文字通り「おがくず」とは大きなノコギリで材木を挽いた後の「挽き粉」の意味です。
「おが」は大きなノコギリ、「が」は、ガガガという鋸を挽く音が語源です。


杮(こけら)とも呼びます。
「こけら」とは、小さな木片を意味し、
「こけら落とし」とは、舞台が完成した時にそれを落とす初舞台を差す訳です。
ただ意外な事に、この「柿(こけら)」と果物の柿(かき)は全く別の漢字なのです。

「柿(かき)」の右側の「つくり」は、なべぶたに巾、
「杮(こけら)」の旁の縦棒は一本で書かれています。

こちらのサイトで動画付きで詳細を解説して下さっています。
但し、逆の説もあり、真相は定かではありません。


樽屋(たるや)では、これらを「ばんば」と呼びます。
正確には「ばんば屑」でしょうが、「ばんば」の語源は不明です。

この「ばんば」を釜で燃やす事が樽屋の丁稚の仕事でしたが、
今では「入浴剤」「脱臭材」あるいは「「着火剤」など、意外な用途に使われます。

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最後には友人のイタリア料理店、P氏の窯の中で燃えてピザになります。
すなわち、木製樽の材料である杉と竹は一切無駄の出ない環境に優しい素材である訳です。

2010年12月16日

酒樽(さかだる)屋の夜なべ

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毎年、酒樽(さかだる)屋は、この季節になりますと、夜を徹した仕事が続きます。
100丁,200丁といった数量の酒樽(さかだる)の注文が重なるからです。
殆どが年末年始に使う鏡開き用の酒樽(さかだる)です。

この合間に各種木製樽も出荷しなければなりませんし、
仕事が明け方に及ぶことも、しばしばです。

2010年12月24日

樽造りの先達、DVDで技術を披露す

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今日はクリスマスイヴですが酒樽屋は、この時期が一年で最も忙しい時期です。

そんな時、富山県砺波市の教育委員会の御好意で写真の様な貴重なDVDと資料を頂きました。
同市にお住まいの市内最後の樽職人、石黒孝吉さん(大正9年生まれ)の仕事の工程が映像になっています。
既に引退されておられるのですが、この撮影のために数日間のみ復活されたそうです。

この方は元々、桶屋さんでしょう。基本的な造り方は同じですが「型板(かいかた)」という、定規を用いる点、
「前鉋」(関西の呼び名は槍かんな)を多用する点などが「樽屋」と違います。
一番驚いたのは、榑(側面の丸みのある板)や輪竹、果ては木栓まで、全て一人で作ってしまう事でした。
しかし、使っている材料が全て「吉野杉」だったので安心しました。
地元の「若鶴酒造」の専属だったそうです。もう一軒の「立山酒造」の酒樽は樽屋竹十が作っております。

全国各地の桶屋さんは少量の注文に対し、このDVDのように桶作りと同じ手段で一日に一個の樽を作って来たそうです。
かつては樽屋竹十でも全て自分の所で作っておりましたが、徐々に分業化していきました。
和樽の製作に専念して、大量の注文に応えなければならないからです。

今は全国でも「樽屋」より「桶屋」の方が少なくなってしまいました。
「樽屋」が10件程、「桶屋」は更に少なくなりました。

この砺波市でも、かつて42人いた桶職人が、この石黒さんを最後に一人もいなくなってしまったそうです。
五年前に72歳で亡くなった同市の桶職人、宮島良一さんが愛用されていた桶道具は、
「暮らしを支えた桶(おけ)・樽(たる)展」と題して同年、砺波市太郎丸のとなみ散居村ミュージアムの民具館で展示されました。
そんな事もあり、平成15年に砺波市郷土資料館が「村をささえた職人展」を開催しました。
この際の縁で、DVDも今年の三月に製作された訳です。残念ながら非売品、品切れです。

2010年12月26日

和樽(たる)をつくるために箍(たが)を巻く

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長さ10メートル位の真竹を薮から切り出し、
竹の先と根元を省き、約8メートルに割って節などを削り取り「輪竹」をつくります。


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それを和樽(たる)の外寸に合わせて、それぞれ巻きます。
基本的にひとつの樽(たる)に七本の箍(たが)を入れて仕上げます。

写真の樽(たる)は「味噌樽(みそだる)」の「小」ですので、箍(たが)は六本です。

2010年12月27日

酒樽屋(さかだるや)の必需品、1

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竹の箍(たが)を巻いたり、樽を触ると必ずと言って良い程、
掌に「棘(とげ)」が刺さります。
すぐに抜かないと痛いので、樽屋は必ず「棘(とげ)抜き」を持っています。
仕事場に、車の中に、ポッケットの中に...........
かつて、割り箸くらいの大きさの棘(とげ)が足を貫通したこともあります。
この時は三人掛かりでペンチで引き抜きました。

写真のうち赤い色の物は4000円以上もするスイスのRubis社のものですけれど、
そんなに性能が良いとは言えなくて、がっかりしました。

2010年12月28日

酒樽屋(さかだるや)の必需品、2

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竹や杉を毎日、手で触れている訳ですから樽屋(たるや)の肌は荒れ放題。
ハンドクリームを塗る程度では追いつきません。
殊に手の爪回りは「あかぎれ」がひどくて、仕事に差し障りが出る程です。
水仕事をされている主婦の方々や他の職業の人達も困っておられるようです。

酒樽(さかだる)には化学的な接着剤を使用しないくせに、
指先の傷口を瞬間接着剤で固める職人がいた程です。
最近、各社から発売された「液体絆創膏」は優れもので、冬には手放せません。
最初は小林製薬の「サカムケア」を愛用しておりました。
リリ様も御愛用の由。

2012年02月24日

酒樽(さかだる)を分解する

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酒樽屋は酒樽を拵えているだけではありません。
時には酒樽(さかだる)を分解することもあります。

底を抜き、竹の箍(たが)を一本だけ残すと、
側が放射線を描いて、星のように分解します。
この側を短く切って、少し小さな樽(たる)に再生したりします。

2012年04月27日

酒樽(たる)の底蓋(ふた)に竹釘を使った時の失敗 

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たるや竹十の樽(たる)は一切の化学的接着剤を使わず、竹釘を使用しています。
ただし、接着剤を使用する方法に比べますと容易な作業ではありません。
時には画像のように竹釘(たけくぎ)が底板を貫通してしまい、割れる事もあるのです。

2014年06月12日

酒だる作りの最初の工程 側拵えその2 正直押し

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鉋(かんな)を埋め込んだ正直台という道具を利用して、榑(くれ)の側面を整えます。
鉋(かんな)の刃は当然毎日研いで切れを良くしておきます。
側面は少し真ん中が膨らんだ形状に仕上げ、出来上がった樽(たる)に丸みを帯びさせます。
少しの材料で容積を多く取り、洩れが出にくくなる上、転がし易くなるという利点があります。
洋樽はこのカーブが更に極端なので出来上がりも真ん中がでっぷりした形になる訳です。
正直(しょうじき)とは樽丸の一枚、榑(くれ)と呼ぶ板の側面を称します。
正直が巧く仕上がると必然的に良い樽が出来上がるのです。
多分、そんな理由でこの部分も正直、道具も正直、作業も正直押しと呼びます。
昔は正直台に外銑(そとせん)を填めて正直押しをしておりましたが危険なので、
昭和40年位から徐々に台付き鉋(かんな)を嵌め込むようになりました。
非常に重要な工程ですが、腰を痛めるほど辛い作業です。
逆目がでると、その部分を「目たたき」という金物で傷を付け
そこに酒粕を熟成させた物に苦汁(にがり)を混ぜた「ミソ」を塗り、
そこへ和紙を貼って洩れを止めます。「ミソ」は樽屋の秘蔵の宝と言われた程です。

2014年06月23日

酒だる作りの最初の工程 側拵えその1 側削り

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どんな仕事も同じでしょうが、毎朝先ず刃物類を研ぐ事から作業ははじまります。
その後、内銑と外銑を使って樽丸の榑(くれ)を一枚一枚削って、
厚みや歪みを整えて行く非常に重要な工程なのです。
この作業を怠ると後で苦労することが多く出てくるので、単純な仕事ですが、
丁寧に、かつ手早く仕上げます。
大鋸屑(おがくず)で目の前が見えなくなる程削り続けなければなりません。

立てている竹のことを「立て棒」それを作業台に支えている台を「うま」と呼びます。

2014年06月25日

平銑を正直台に挟んで酒だるの材料を削る

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今朝は早朝からFIFAワールドカップ日本対コロンビアなので、皆さん早起きでしょうね。

先日紹介した、正直台の原型です。銑を台に挟み込み使用します。
非常に危険な作業で、大概の職人が指を怪我してきました。
刃物が大きく外へ露出しているので当然です。
最近は「竹十」のように台かんなを組み込んだタイプを使う事が多くなりましたが、
この方が良く削る事が出来るという理由から,
今でも写真の正直台を使っている樽屋もあります。

2014年06月28日

酒だるに於ける「節」

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吉野杉も生きた「木」ですから、節(ふし)が稀にですが出て来ます。
節にも生き節と死に節があり、前者の場合は酒が洩れる事はありませんが、
後者はコウヤマキで埋木を施し、節を無くしてしまいます。
但し、底や蓋(ふた)の端に誤って節の部分を持って来てしまったら、ちょっと修復が困難です。

2014年07月01日

酒だる作りを解説する

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この新年の催しです。樽が忙しくてUPしそこねていた事項を遅ればせながら、
紹介してまいります。
灘五郷,菊正宗酒造主催の「蔵開き」の中で「酒だる作り」がありました。
実演したのは同社の若い職人で、私はマイクを持って樽(たる)の解説をさせて頂きました。
そんな訳で開演前の画像しかありません。
昨年に続いて二回目なのですが、やはり慣れない事をすると緊張します。

かつて酒は全て「樽酒」であった事、すなわち「瓶詰め樽酒」は江戸時代の味だという事、
材料は奈良県吉野郡川上村から筏と船で運んだ事、竹はかつて京から今は有馬方面の物を使う事、
底と蓋(フタ)は竹釘で継ぎ接着剤を使わない事、樽になった時の七本の竹𥶡(タガ)の名称などなど。
来年は刃物の付いた道具も多用して、あらかじめ竹を巻かず、
もう少し詳しく興味を持ってもらえるような説明をしたいと考えております。

2014年07月02日

一般の方が初めて酒だるを作る

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全く樽(たる)を触った事もない女性から自分で樽(たる)を作ってみたいという依頼。
現在、「たるや竹十」では京都店準備のためもあり、見学もお断りしている状態なので、
何度も御断りしたのですが、紹介者の立場もあって無理を承知で引き受けざるを得ず、
本日、遠方より来訪。
早く帰る必要があって所要時間は約3時間!!!一斗の植木樽を一丁作ることに。
先日から紹介している側拵え(銑掛けと正直押し)に半分くらいの時間を要す。
「側立て」という一番技術を要する箇所は私が一度組み立ててから分解、
再度組立てるという方法を取るけれど、ここで時間オーヴァー。
残りの作業は「見学」という事で職人と私とで一気に仕上げる。
タガを一本巻いてみるが、やはりそう簡単にはいかず、手を貸すはめに。
ただ、自分の作業の後片付けはどんな仕事でも基本でしょう。
なにしろ、他の人に物を教える事は自分でする十倍以上のエネルギーが必要。

今回の経験を元に蔵開き等での「樽つくり実演」では次回から刃物を多用。
竹もあらかじめ巻いておくよりその場で調整しながらダイナミックに巻く事を提案しよう。

2015年02月25日

菊正宗での樽作り実演

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今月末、2月28日は菊正宗酒造の蔵開きです。
午前10時50分と午後12時50分の二回、樽作りの実演を公開します。(各40分間)
たるや竹十は菊正宗の若い職人達が酒樽(さかだる)を作るそばで、その解説を担当します。

偶然ながら、この日は西宮の日本盛さんでも蔵開きがある由

2015年02月28日

酒樽作り 解説再録 其の壱

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「菊正宗での酒樽作り」担当した解説を再録

   1、杉について
 
四斗と言うのは約72リットル、この中に一升瓶で40本分入ります。
昔は酒樽と言いますと、この四斗樽だけでした。
木は殆ど奈良県吉野郡の川上村の物を使います。
ここに持って来た物が吉野杉の100年ものです。細く見えますが年輪はしっかり100本以上あります。
吉野の杉は苗を1メートル四方に一本、他の地方では3メートル四方に一本植えますから百年後にはこの三倍くらいの太さに育ちます。
吉野杉だけは「いじめ」が許されていまして、吉野では密に植えて根元に陽が当たらないようにします。
そうすると生えて来た枝は自然に枯れて下に落ちていきます。若い間は枝打ちしなくていいんですね。
いじめていじめて育てますから、木目が細かくなり、1センチに8本。
陽を求めて天へ天へと伸びて行きますから根元と木の先の直径が殆ど変わらない様なまっすぐな木が出来る訳です。
4mの原木で元と末に3センチの誤差しか出ない程です。
30年程経ちますと間伐もはじめますから1ヘクタールに1万本植えた杉のうち樽に使える木はその4分の1程の2000〜2500本です。
(東京ドームに4万5千本植えて、そのうちの一万本が樽になる計算)

おまけに川上村と言うところは日本でも有数の雨の多い地域で、山奥ですから適度に気温も低くて、年中「もや」がかかっている特殊な地域で杉の色が綺麗で、
酒との相性が良くて、液体を漏らさない特性があり、節がありません。節があると、そこから酒が洩れます。
何より香りが良いので酒を容れると味が最高です。

秋田杉は寒い地域ですし木目も密ですが、色が悪くてアクが強く酒がまずくなり、樽材として致命的なのは、滲み易い点です。
九州の杉は暖かいので木目は荒いのですが色はピンク色をしていて、綺麗で滲まないし値段は安いと良い事ずくめなんですが,
残念ながら香りが全くないノで樽酒には不向きです。木曽や北山杉は香りが酒には向いていなくて樽酒にすると呑めた物じゃありません。
四斗樽を作るには杉の丸太を一尺八寸に切ります。楽器の尺八と同じ長さですね.約54センチ強です。
これを丸みの付いた斧の様な物で,木目にそって割る訳です。決して鋸は使いません。木目が切れるからです.木目が切れるとそこから酒が漏れるのです。
この外側が白くて内側が赤い部分を甲付(こうつき)と呼び、一本の木から一カ所しか取れないマグロの「大トロ」のような部位です。江戸時代は酒樽と言えば甲付樽だけでした。
赤味は醤油や油,酢などを運ぶのに使われました。


 2、樽廻船
桶と違って樽と言う物は完全に輸送容器なんです。
明治の中頃に一升瓶が登場するまで全ての酒は杉の樽に詰められて、ここ魚崎の浜や御影の浜から樽廻船に積まれて江戸へ下って行きました。
その間、約一週間 丁度いい具合に木の香りが付いて江戸では「下り酒」と呼ばれて珍重されました。
左手に富士山を眺めながら下るので「富士見酒」とも言いました。
江戸近郊の酒は下って来ないので「下らない」と二級品扱いです。
上方のお金持ちは、この「下り酒」をもう一度船に積ませて二度富士山を見た酒を飲んで粋がっておりました。
見学された方もおられるでしょうが、こちらで樽が沢山並んでいる樽酒貯蔵場は「貳度富士酒」という高級酒を作っている場所と言える訳で、動かない樽廻船であります。
このあとで実演があります「菰まき」の菰と言う物は、この樽廻船で運ぶ際に船が揺れますから樽と樽がぶつかって傷つかないようにしたプロテクターだったのです。
各蔵元がよその酒樽と区別し易いように年々競って派手になって来たようですけれど、
菰屋さんには悪いんですが樽屋としましては、折角丁寧に作った樽をコモで隠してしまう事は残念に思います。
出来るだけコモを巻かず裸のままの樽(たる)で酒を呑んで欲しいものです。

2015年03月01日

酒樽作り 解説再録 其の弐

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写真は菊正宗酒造、嘉宝蔵の会場にて

3側拵え
こうして出来上がった杉材は竹のタガの中に丸く梱包していたので「樽丸」と呼びます。一丸で33尺、並べると約10mで、一丸で5^6個の樽が出来ます。
先ず、銑と言う刃物を使って、木の厚みを外側と内側から揃えます。
その後、この正直台という銑をはめ込んだ危険な台感で側面を削ります。「正直押し」といいます。判りにくいのですが,真ん中を僅かに膨らませます。
正直に押さないと洩れるので、「正直」と言います。
これは洋樽をバラした物ですが、こんな風になっています。
こうすることによって、洩れが出にくい上に少ない材料で樽を作る事が出来る訳です。この下準備が非常に大事なのです。
今日,こうして菊正宗の前掛けをしていますが、これは宣伝をしている訳ではなく、削る時に使う「腹当て」と言う道具を挟むための必需品なのです。

4樽を立てる
底用と蓋用のふたつの仮輪をしっかり持って、拵えた「榑(くれ)」を15〜16枚並べます。途中5〜6枚の『輻(や)』を均一にいれます。
左手でしっかり仮輪を持って前に倒しながら,組むので作業台(見世板と言う)は少し前に傾いています。榑の内径と底や蓋の外形が一致するように組み合わせます。パズルが終わったら逆さまに向けます。
底に鉄仮輪をいれて固定します。全体を上下して歪みをなくします.小槌で榑の段差を揃えます。
口輪と言う蓋を支えるタガを入れます。大槌と締め木でタガを下まで叩きます。
「真ちゅう」と言う底のゲージを填めて、替わりに鉄仮輪を抜きます。
これで樽の形が整いました。少し真ん中が膨らんでいるのがわかるでしょうか。

 5内外を削る
底が入る部分を「つっこぼり」という丸鉋を使い段差をなくします。
底を込めます。バットの様な叩き棒で押し込み、立て棒と言うゲージで深さを測ると同時に底を水平に整えます。ここで容量が決まります。
銑を裏返して、蓋が入る部分の小口を揃えるために切って行きます。
「アリ切り」と言う道具で蓋が入る部分に溝を作ります。
溝に沿うように蓋を込めます。込め易いように蓋は竹釘で継いであります。
底も同じです。
日本に今,樽屋は10軒ほどしかないんですが木工用ボンドを使わないのは菊正宗とあと2軒だけです。
この間、小西六というボンド会社の社長に会う機会があったんですが、そこの社長から樽にはボンドを使わないでくれと逆にたのまれました。別に毒性もなにもないんですけど。
「目違いかき」又は「はらむき」と言う細い銑で外側の段差を取り、綺麗にします。次に入れて行くタガの力が均一にかかるようにする意味もあります。
残りのタガを入れて行きます。


  6タガと仕上げ
有馬から山陰にかけての真竹を割って、角を削ったものを巻いた物を樽に入れて行きます。
口輪の補助をする「重ね」または「かしら」と言うタガ。
一番太い「胴輪」又の名を「大中」、そして「小中」次いで「三番」という底を支える重要なタガを入れます。少し堅く締めます。三番が切れたりした時に酒が洩れない役目をしている「二番」をいれます。
底の段差を銑で削り取り化粧します。中側も内銑で整えます。
尻輪,止め輪,又は泣き輪と言う最後のタガを作ります。
四回巻きます。本当は全部のタガを巻きたかったのですが長くて危険なので、一番短い泣き輪だけを実際に巻きます。
泣き輪だけは力任せに叩けず,削るのも難しく、職人泣かせなので「泣き輪」と言うそうです。
全部で7本のタガが入りました。中国では「七」が一番縁起が良い数字だそうで、13世紀、宋の時代に樽の技術が到来した時から7本だったと言います。
ひっくり返し。酒の注ぎ口に「天星」を入れると仕上がりです。
あとは無駄なタガの先を切り、少し水を容れたところへ空気を送り洩れの検査をします。
蓋が丸くて昔の手鏡の様なので蓋の事を「カガミ」とも呼びます。
これを開くので鏡開きと言う訳です。

昔はこの四斗樽を一日に20個つくる事が出来なけれれば樽職人とは呼べませんでしたし、
そういう職人を四人以上かかえていて、注文があれば一日に四斗樽80〜100丁を蔵元に納めなる能力がなければ樽屋とは言えませんでした。
33石(約6000リットル)の大桶で出来上がった酒を一気に樽に詰め替える必要があった訳です。

 

2015年03月06日

酒樽(さかだる)の底とフタを竹釘で継ぐ

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啓蟄であります。春であります。柳も新芽を吹き、花々が咲き始めました。

樽(たる)にとっては虫が出て来てもらっては困るのです。
樽(たる)の蓋(ふた)の白い部分(白太)や、タガの竹を虫が食べ始めるので。

ところで、昨日の底蓋の規廻し(ブンマワシ)の前に「モリツケ」という作業があります。
5〜6枚の板を竹釘で継いでいく訳です。決して木工用ボンドは使いません。
木工用ボンドに毒性は無いと言われているものの、アレルギー体質の方もおられますし、
水や酒に触れると白濁する点が審美的ではないと思うのです。

たるや 竹十

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