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樽づくり アーカイブ

2006年03月12日

樽屋 醤油メーカーの映像取材を受ける


先日、ヒガシマル醤油のT氏が来店。「うすくち醤油の歴史」のヴィデオ撮影隊がやってきました。

目的は、吉野杉の原木がどのようにして樽丸(樽の材料)になって行くかを調べるため、
あちこち訪ね歩いた結果、「たるや竹十」に到った由。樽丸についての仔細は後日UPします。

醤油も、昭和40年までは杉樽を用いて流通していました。当時、醤油樽には赤味材、酒樽には甲付と決まっていたのですが、、それ以降は特級酒(今の特撰)には甲付、一級、二級酒(今の上撰、佳撰)には赤味を使うようになったのです。
現代でも甲付のみを踏襲している蔵もあれば、赤味に統一した蔵など、さまざまです。

かつて、ヒガシマル醤油では社内に樽工場を持ち、昭和初期には50人もの樽職人たちが働いておりました。醤油製造工場の職人は40人だったそうですから、いかに運搬容器としての樽の需要が多かったかを窺い知ることが出来ます。
当時は樽職人が行き来していたので、「たるや竹十」とも密接な関係にありました。

   

2006年03月18日

樽屋は桶の輪替もする

ひと昔前までは、どの町にも自転車に割り竹を積んだ「輪替屋」という職人が市中をまわって、各家庭の毀れた「盥(たらい)」を修理したり、「寿司半切(ちらし寿司を作る際は必需品)」や「風呂桶」などの傷んだ竹や銅線の輪を替えたりしていました。

プラスチック製品の登場と中国産の安価な製品の到来で職人が減り、今では全国でも「輪替屋」は皆無でしょう。
近所に桶屋さんが残っている町は幸運です。
本来、樽屋がする仕事ではないのですが、
そんな訳で「たるや竹十」は、数年前から桶の修理も手がけるようになりました。

竹を細く割って薄く削ぐ作業が至難の業なのです。

竹のタガに替えるだけで、ぐっと雰囲気が出てきました。

 

出来上がった桶と、右は最初に入っていてた銅もどきの「たが」
最近は、殆ど銅線をねじる職人はいなくなり、
既製品の、ねじられた物を溶接したりしているので修理は不可能です。

2006年04月04日

漬物樽(つけものたる)と味噌樽(みそたる)四斗の杉樽をつくる

たくさん杉樽の注文を頂いたので、伐りたての真っ青な真竹を結って、一番大きな四斗の杉樽を作りました。
杉樽の出来上がりがいいと、売るのが惜しくなります。
漬物樽ですから、杉材の色は黒いのですが、飾って置きたくなります。
杉樽職人は、それ位じゃないといけないんでしょうね。

そんなことでは、商売になりません…

右隣は二年経った、一斗の杉樽。
タガの色は、あっという間に褪せて行くのです。

一度使った、杉樽を「一空樽(いちあきだる)」と呼びます。
二級の造り酒屋が使います。関東には、そういう古樽業者があります。
杉樽の消費は、昔から殆どが東京だからです。関西にはありません。

「樽拾い」という正月後の季語がある位です。 
江戸時代、酒屋で働く丁稚の小遣い稼ぎでした。 
当時のリサイクルです。

 雪の日や、あれも人の子樽拾い  冠里
                                                            

2006年04月30日

休日も四斗の杉樽の出荷

四月最後の日曜日、樽屋は休みたかったけれど、注文が来ればそうは行きません。
杉樽の基本、四斗の酒樽がたくさん出荷されました。

昔は杉樽といえば四斗樽だけでした。
一斗の杉樽は「小樽」、二斗の杉樽を「半樽」と呼びます。

今では、容量が半分だけの杉樽のことも「ハンダル」と言う様になって混同しますが、
本当は「ハンダル」とは二斗の杉樽のことです。

2006年05月14日

味噌樽(みそたる)をつくる時にも味噌が必要

たるや竹十の樽は最上の材料を使っているので、漏れることは殆どありません。
ただ、稀に節を含んだ材料が混入した時に「みそ」という裏技を使います。
これは材料不足の時代の遺物で、現在では殆ど使わない技法です。


材料の杉に逆目が出ると、そのままでは漏れの原因になります。
そこでまず、逆目の部分を手に持っている「目叩き」という道具を使い、
小さな穴を無数に開けます。


開けた穴の部分に「味噌」を塗り込めます。
味噌(みそ)と呼んでいますが、実は酒粕の熟成したもの、
即ち、奈良漬の周囲に付いている物と同じ成分です。


「みそ」を塗り込めた後、その上に和紙を張ります。「みそ」に粘着性があるので、糊は不要です。
これで逆目の出た木の表面が平らになりました。
平らになったところで、樽に組み上げます。


この「みそ」は、酒粕に「にがり」を混ぜて約一年間、冷暗所で熟成させたものです。
粕の原料は酒ですから、容器としての酒樽には最適なのです。
ただ、このような逆目のある材料が少なくなったので「みそ」を使うことも稀になりました。


これは、出来立ての酒粕。
粕汁や甘酒に使用しますが、子供の頃は焼いて「おやつ」として食べたものです。
良い酒粕は、最近は貴重品になって来て、清酒より高価な場合すらあるほどです。
酒粕は手や顔に塗るとすべすべになり、お風呂に入れれば肌に効果的です。


蔵元から出る酒粕は専門の業者が、各蔵から集めて小売します。
それ以外にも徳島などの奈良漬業者の所へ酒粕は運ばれて行きます。

味噌樽(みそたる)をつくる時にも味噌が必要

たるや竹十の樽は最上の材料を使っているので、漏れることは殆どありません。
ただ、稀に節を含んだ材料が混入した時に「みそ」という裏技を使います。
これは酒樽の材料不足の時代の遺物で、現在では殆ど使わない技法です。


酒樽材料の杉に逆目が出ると、そのままでは漏れの原因になります。
そこでまず、逆目の部分を手に持っている「目叩き」という道具を使い、
小さな穴を無数に開けます。

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開けた穴の部分に「味噌」を塗り込めます。
味噌(みそ)と呼んでいますが、実は酒粕の熟成したもの、
即ち、奈良漬の周囲に付いている物と同じ成分です。

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「みそ」を塗り込めた後、その上に和紙を張ります。「みそ」に粘着性があるので、糊は不要です。
これで逆目の出た木の表面が平らになりました。
平らになったところで、酒樽に組み上げます。

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この「みそ」は、酒粕に「にがり」を混ぜて約一年間、冷暗所で熟成させたものです。
粕の原料は酒ですから、容器としての酒樽には最適なのです。
ただ、このような逆目のある材料が少なくなったので「みそ」を使うことも稀になりました。

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これは、出来立ての酒粕。
粕汁や甘酒に使用しますが、子供の頃は焼いて「おやつ」として食べたものです。
良い酒粕は、最近は貴重品になって来て、清酒より高価な場合すらあるほどです。
酒粕は手や顔に塗るとすべすべになり、お風呂に入れれば肌に効果的です。

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清酒の蔵元から出る酒粕は専門の業者が、各蔵から集めて小売します。
それ以外にも徳島などの奈良漬業者の所へ酒粕は運ばれて行きます。

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2006年06月12日

漬物樽(つけものたる)味噌樽(みそたる)樽太鼓(たるたいこ)

「たるや竹十」の本業は酒樽(たる)屋ですが、その伝承技術を用いて、漬物樽(つけものたる)、味噌樽(みそたる)、樽太鼓(たるたいこ)等の樽(たる)も作っています。

殊に、漬物樽(つけものたる)や味噌樽(みそたる)は材料の吉野杉自身が呼吸しているので、おいしいものが出来上がります。

又、修理も依頼されます。修理は古い樽が持ち込まれることが多い訳ですから、昔の職人の仕事を見る良い機会になります。
樽屋(たるや)にとって先人の技を自ずと学ぶことになるのです。

樽太鼓(たるたいこ)は良い音が出るように他の樽よりも強いタガを締めております。

2006年06月22日

漬物樽(つけものたる)や味噌樽(みそたる)を作る時にも失敗はあります

漬物樽(つけものたる)や味噌樽(みそたる)は蓋がないので、杉材を削る角度や箍(たが)を締める強さが微妙で、失敗も稀にあります。更に自然の力に負けた材料もあります。

「風折れ」と言って、吉野の山林で嵐の折、強風で杉の樹が大きく揺れて、折れてしまうことが多々あるのです。
山では火事以外に「風折れ」「雪折れ」「落雷」の三つが天敵です。
吉野は日本一雨の多い地域ですし、台風も頻繁に上陸します。
これらの障害に100年間、耐えてきた杉だけが、良質の樽材となるわけです。

樽丸を作る時、そして漬物樽や味噌樽を組み立てる時の二度罅(ひび)を見つける機会があるので、山あるいは樽屋で殆どが発見されて焼却されますが、稀に見落とすと写真のように折れてしまいます。

組む前は眼を凝らして検品しないと分からない程の罅(ひび)なのです。
ところが、箍(タガ)を入れると写真のようになります。
折れは表面までは到っていないので、漏れはありませんが、漬物樽ですから内部の状態が重要なので修理が必要です。

こちらの写真は、箍(タガ)が強すぎて完全に側が折れた例です。
責任のない右隣の側にも影響が出ています。
こうなると、漬物樽製作も最初からやり直しです。
箍の竹節が充分削り取れていなくて、こぶ状になり、ここに力が集中したことも原因の一つです。

投稿者 diva : 13:36 | コメント (0)

2006年10月16日

樽屋(たるや)の「あり切り」

酒樽や樽太鼓を作る時には、蓋がきっちりと納まるように、側の内側に溝を切ります。
「アリ」と言います。

大工用語の「あり」と「ほぞ」と同じ意味で、凹部の呼称です。

鏡開き用の酒樽の場合は、蓋が開き易いように「アリ」は切りません。
「アリナシ」と呼びます。
勿論、漬物樽を作る場合も「アリ」は切りません。


アリ切りの道具、二種

2006年12月15日

一斗酒樽をつくる

今季は、大きな四斗樽(一升瓶が40本入ります)の注文が殆どだったのですけれど、やはり年末です、久しぶりに、小さな「一斗の酒樽」の注文をたくさん頂いたので、今日は一日中、一斗(18リットル、一升瓶10本分)の酒樽を作りました。何を作る時もそうですが、大きい物より小さい物の方が手間がかかります。
しかし、小さい物に大きい物より高い値段をつける訳にはいかないので困ります。
一斗樽以下、すなわち五升樽(9リットル)等は四斗樽を作るに等しい時間と技術を要すのです。

正月は酒樽!ですね。
おいしい樽酒を堪能して下さい。

続きを読む "一斗酒樽をつくる"

2006年12月19日

酒樽に三本目、四本目の手

すべからく、もの作りをする者にとって、手は最高の道具と言えます。
あらゆる道具は手あるいは指の延長線にあるのでしょう。
手・Mano,(複数でMani)から職人・Manifattore,Monovelle,という言葉が出来たほどです。
我々酒樽屋の職人にとって、足も第三、第四の手なのです。
タガを入れたりする時に足で酒樽を回します。

今日のような寒い朝も裸足、素手で仕事をします。
酒樽は神酒という神聖な物を入れる容器を作るのですから、清めた裸足は当たり前です。
とは言うものの未だ体の温まっていない早朝には、ちょっと気合が入ります。
でも、ひとつ酒樽をつくった後は汗びっしょり。
その後は真冬でも夜まで、Tシャツ一枚で仕事を続けますが、お客さんが来られたり、食事時に手が止まってしまうと、一気に寒気が襲います。

下駄、足袋を履かなくなった現代人の足の指は退化しているといわれています。
足の指を使うことは健康にも良い筈です。
爽快なものですよ。

投稿者 diva : 09:01 | コメント (0)

2007年07月16日

酒樽屋 四十年振りに醤油樽を作る(再録)

普段は酒樽を作っておりますが、久方ぶりに醤油樽を作りました。
輸送用としての醤油樽は昭和30年代に完全に廃止され、一升瓶にとってかわり、更に今では殆どペットボトル入りになってしまいました。

shouyu.JPG


この木樽は某醤油屋さんの店頭ディスプレイ用なので形だけで良かったのですが、職人根性が出てしまい洩れないように作ってしまいました。

醤油樽は写真のように黒い杉で作ります。
黒い木樽の方が丈夫なので、長く熟成させる醤油には適しています。

かつて醤油の産地、千葉県野田では灘製酒樽の「一空樽(いちあきだる)」と我々が呼ぶ中古樽、あるいは秋田杉の樽を使っていました。
和歌山では灘に出せない二級品の樽を、又、龍野(たつの)では、うすくち醤油用なのに最もアクの強い秋田杉の樽を使用。
唯一、小豆島だけは、灘五郷の酒樽に使用した残りの吉野杉製木製樽を贅沢に使っていたのです。

昨年、兵庫県たつの市が「うすくち醤油造りと匠の技の伝承記録」というDVDを製作しました。
醤油屋、酒屋、樽屋数軒が協力して出来たものですが、「たるや竹十」も最後の方に数秒間登場します。
昨春2時間余りかかって撮影したものです。

樽のつくり方がよく分かります。

tatsuno.JPG

DVDが手に入らない方は、ここでも容易に見る事が出来るようになったので、再録します。

うすくち醤油伝承保存会製作

2008年03月31日

酒樽の代表 甲付樽(こうつきだる)

DSC06054.JPG

少々、しつこいようですが酒樽(さかだる)といえば、甲付樽です。それも四斗樽です。
明治、大正までは四斗の甲付樽(こうつきだる)ばかり作っていましたが、昭和になって、
一斗(コダル)、二斗(ハンダル)が主流に変わりましたが、平成も20年になりますと、
また、四斗樽(よんとだる)の良さが見直されてきました。

2008年07月15日

和樽は逆さまにして作る

DSC03383.JPG

写真のように和樽は底を上にして製作します。
底の直径と蓋の直径との差を利用して竹の箍(たが)を締め付けて、水の洩れのない木樽が出来る訳です。

裸足で和樽を回しながら、側の量の加減を見たり、木槌で箍(たが)を叩いたりします。
ぼんやり作っていると「爪楊枝」くらいの大きさの棘が刺さるので、緊張の連続です。

足も11本目、12本目の指であり、ギタリストと同じなのです。

2008年08月13日

酒樽屋の盆休み

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木樽つくりも、お盆を前にひと休みです。
樽作りをしない時の酒樽屋は、真夏でも ひんやりとして静かです。
工房の中が杉という木で埋まっているからでしょうか。

木製の和樽といっても酒樽、漬物樽、味噌樽、展示用の売場樽、店舗設計用の ディスプレイ樽、八木節の樽太鼓,,,,,,,,,,,,
つくる物はさまざまですが、どれもが杉と竹の組み合わせであることには変わりはありません。

昔の酒樽屋はヨーロッパ並みに真夏は完全に一ヶ月ばかり休暇をとっていました。
仕事がなかったからですが、今年のような暑さですと昔の方式に戻したくなります。

2008年08月27日

スコットランドの酒樽。底と蓋 (ふた)、和樽と洋樽の場合

DSC06906.JPG

和樽の底と蓋(ふた)は吉野杉で作ります。左が蓋(ふた)、右が底です。

底は中心に近い赤味で、蓋(ふた)は辺材の白太を用います。
酒樽にした時に底の部分は最も酒に触れている時間が長い部分ですから、香りの良い赤味を使い、蓋(ふた)は見た目が美しい方が良いので白太を使う訳です。
白太だけでは蓋(ふた)と言えど滲みが出るので、酒樽の甲付側同様、裏に赤味が付いた部分をなるべく選びます。
蓋(ふた)は輸送中など以外、殆ど酒には触れない訳です。

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こちらはウィスキーが入っていたスコットランドの洋樽の底と蓋(ふた)です。
洋樽の場合は底と蓋(ふた)のサイズが同じなので、底蓋の区別はありません。
材料はホワイトオーク、樫の木を使っています。
西宮の某有名ウィスキーメーカーがスコットランドから古樽を大量に買い付け、
しっかり樽としての仕事を終えた後、ベトナムへ輸出する直前に「たるや竹十」が引き取りました。
切断すると未だモルトの香りが、ほんのり漂います。

洋樽については、最近「たるや竹十」の和樽をフランスに輸出してくれている、早川物産の早川清氏の上記リンクの論文をご覧下さい。

蓋(ふた)の向こうに見えているのは、我家の小さな庭に生えるオリーブの木。
僅かながら、ちらほら実も結んでおります。

2008年09月01日

蓋(ふた)が無ければ酒樽とは言えない

DSC06910.JPG

これが、酒樽の蓋(ふた)。
底と蓋(ふた)に関しては材料が吉野杉でない場合が多いのです。
多くの場合、肥後杉や宮崎杉などの九州産杉材を使います。
理由は吉野材より、九州の杉の方が水分がにじみ出しにくい事と、九州の杉は香りが無いので木香が付きにくく、酒を詰めてから酒樽が長持ちし易い等々。
勿論、かつては酒樽と言えば底蓋も含めて全て吉野杉で作っておりました。
昭和50年頃から使い易い、値段も安いという理由から肥後杉による底と蓋(ふた)が席巻してまいりました。
これを使っている限り「吉野杉の酒樽」とは呼べないのです。

それだけでなく、量産のために木工用ボンドを底蓋の継ぎ接ぎ面に多用するようになり、
酒樽の質を落として来ました。
「たるや竹十」では樽太鼓以外の食品を入れる樽には写真のように昔ながらの竹釘接ぎを使うよう努めております。
アレルギーの方もいらっしゃるので、樽太鼓にも極力ボンドを使わないようにして、工房からケミカルな物質を一掃していく積もりです。
一枚の蓋(ふた)に何カ所も竹釘を使って、手間はかかるんですがより良い酒樽や漬物樽を作る事が出来ます。
酒樽作りにおいて、木工用に限らずボンドの類いを使用しても漏れが止まる事はありません。

たるや 竹十

  • たるや 竹十



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