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まち アーカイブ

2006年03月17日

樽屋が全盛期だった頃の神戸の港


昔は神戸の中心は兵庫付近でしたから、図は今の三ノ宮よりもう少し西側の港でしょう。
「神戸市立博物館蔵」


酒屋、たる屋の蔵が建ち並ぶ地域。「たるや竹十」付近の遠浅の海。
写真の小舟に新酒の入った杉樽を載せ、この沖に停泊している樽廻船に積み込んで江戸へ下っていきました。


ご存知「メリケン波止場」。
今は味気なくなってしまいましたが、時折、ビルのように巨大な客船が入港して、
見物客が大勢押し寄せます。対岸にはコンテナヤードが見えます。

大きな機械を使い、一夜で荷役を終えてしまうので、外国人の船員も少人数ですし、逗留することなく次の国へ出航し、外人バァで幾夜も明かすという風習も次第になくなってしまったのです。


同じ「メリケン波止場」の明治期発行彩色絵葉書。
少し前までは居留地の異人館を除くと、こんな風情でした。

2006年03月20日

樽屋のお向かいコンサートの夕べ

菜の花の咲く頃、樽屋の向かいの資料館でコンサートが催されます。
レクイエムロードチャリティコンサートという名で毎年催されてきました。

今日も日没を待って、阪神大震災の際、「たるや竹十」の地元、神戸市灘区で亡くなった934人と同じ数の行灯に火が入れられました。

なだ区の花は、なの花なのです。
奥に見えているのが「たるや竹十」です。
地元の子供たちが作った行灯を灯すのも、この菜の花から採集した菜種油です。


コンサートも半ばを過ぎ、裸足の蔵人たちによる「酒造り唄」が披露されました。
「秋洗い唄」という桶や樽を洗う際に唄ったもので、勿論、アカペラです。

会場近くを流れる都賀川沿いにも、この行灯が海まで並びました。

2006年06月18日

火事の証人

写真は樽の材料ではありませんが、近所の並木が伐採された時に、真ん中に焦げ目のある木に出会いました。
年輪を数えてみたら、焦げ目の所は約60年前。
1945年3月の空襲で「たるや竹十」の付近に火災が発生した事を自身で語っています。

阪神大震災までは竹十のそばを流れる都賀川に沿って、柳並木が灘五郷ならではの風情をかもし出していました。
ところが震災後のプロジェクトで、亡くなった方の人数だけ桜を植えるということを思いついた人が何所からかやって来て、ある日突然、殆どの柳を伐採、桜に植え替えてしまいました。

一見、鎮魂という美談に見えますが、江戸期から続いたであろう景趣を残すことを忘れているように感じられてなりません。
何故、桜なのでしょう。
単純に話に迎合した役所も安易過ぎます。
もう、取り返すことのできない貴重な財産を失ってしまったことさえ、気付いていないように見受けられます。

空襲や台風に耐えて酒蔵の町を永い時間、見つめてきた柳まで勝手に伐る必要はなかったのではないでしょうか。

小村雪岱「青柳」 大正13年

柳は江戸期の都市文化の象徴として、かつて浮世絵などにも盛んに描かれました。
柳は日本の「粋」を体現する舞台装置として欠かす事が出来ません。

蓮咲くや桶屋の路次の行き止まり   久保田万太郎

投稿者 diva : 11:10 | コメント (0)

2006年07月12日

ローマの喧騒、狂乱のミラノ

写真FIFA

ワールドカップ24年ぶりの優勝に沸く、
コロッセオの周辺。

写真FICO

ひっそりと勝利を祝う神戸の夜のショーウインドウ。
売り物だったら欲しい。

写真FIFA

7月2日のポルトガルxイングランド戦に、お忍びでやって来たミック!
ガードマンの後ろの席が空いています。空けてあるのかなあ。

イタリア優勝の翌日、ストーンズのツアーはミラノのサッカー場で再開。
キースの怪我やロニーの入院で、どうなるのかと思っていたライヴですが、ミックは招待したマテラッツィとデルピエロを舞台に
呼び上げ、「キースとマテラッツィには頭に関る事件という共通点があります」とイタリア語で紹介したらしい。ミラネーゼの興奮も頂点に。

セットリスト (As Tears go byのイタリア語版は稀)
Jumping Jack Flash
It's Only Rock'n Roll
Oh No Not You Again
Let's Spend The Night Together
Tumbling Dice
Streets Of Love
Con Le Mie Lacrime(As Tears go by)
Midnight Rambler
Night Time Is The Right Time
Introductions
Before They Make Me Run (Keith)
Slipping Away (Keith)
Miss You ( B)
Rough Justice(B)
Under My Thumb(B)!!!
Honky Tonk Women (B)
Sympathy For The Devil
Start Me Up
Brown Sugar
You Can't Always Get What You Want (encore)
Satisfaction (encore)
Seven Nation Army(マテラッツィ+デルピエロ+7万人のオーディエンス)

21日には、そのワールドカップ優勝決定戦が行われたベルリンのオリンピアスタジアムでSTONES公演
未だ、チケットあります。

2006年07月18日

樽屋 祇園祭に行く

今日は祝日なので、樽屋夫婦も休養をかねて祇園祭見学に行くことにしました。
樽屋の女房は京都生まれ、京都育ちなので、祇園祭初体験の樽屋の「おやかた」にとって良き案内人になる筈だったのですが、京都を離れて永いからか、?????の連続でした。
しかも、当日は、あいにくの豪雨。
見事な懸装品も馬もビニールシートで覆われておりましたが、見物人が昨年の半数近くで、例年なら遠巻きでないと見ることが出来ない祭を地元の人々と一緒に間近で体験する事が出来ました。

見学したのは、有名な「宵山」でも「屏風祭」でも「山鉾巡行」でもなく、地元密着型の「神幸祭」という御神輿の巡行です。
道に面した各家の前には必ずと言っていい程、「角樽」に入った「御神酒」が供えられています。

角樽の形状が「尊」という形に似ているので「たる」のことを昔は漢字で「尊」と書きました。
その後、神に供えるための御神酒は尊い物だということから、
尊い物、尊い事の総称として「尊」を使うようになってきたため、
本来の「樽」には木偏を付けて二つを区別するようになりました。


何と言っても祇園の人々にとって最大のハレの舞台なのですから、ペットボトル入りの似非烏龍茶は勘弁して欲しいものです‥
来年から、ちゃんと沸かした京番茶か麦茶を出してあげてね。

先日、漬物樽を納品した錦市場の漬物屋さんも揃いの法被を着て元気に担いでいました。
残念ながら、勢いがありすぎて、カメラが追いつくことは出来ませんでした。

七月の京の都は祇園祭一色となります。

2006年12月08日

夜の神戸に、またまた怪あらわる!!!

師走になると、神戸の町に不思議な光りが出現します。
ルミナリエという名前で、阪神大震災で亡くなった方々への鎮魂と避難所生活など厳しい生活を余儀なくされてきた被災者の皆さんへのねぎらいと励ましという大義名分は立派で、実際に美しいものなのですが、楽しみにされておられる方も大勢いらっしゃるでしょうけれど、会期中は地元の神戸市民にとって、少々迷惑。

会場周辺が交通規制のために、町なかに侵入できず、仕事に支障がおきます。
市内全体が当然、渋滞して酒樽の配達が遅れます。
地方発送の漬物樽の配達を依頼している運送会社のトラックがいつもの時間に工房に来てくれません。
街の中心地で開催されるので、恐ろしい人数の人出に、日常生活に必要な買い物が困難になります。
なじみの飲食店が他府県の人たちによって占拠されるので、外食が出来ません。
近隣の百貨店は近道兼トイレ化するだけで、売上はむしろ落ちるそうです。

元々、これは南イタリア、シチリア島で毎年行なわれる祭礼の灯火で、LUMINARIAと言います。
それを、真似て、派手にしたもので、神戸独特の名物ではないのです。
日本でいうとお盆の行事のような物で、たいそう宗教的なものです。アメリカやメキシコでも盛んだそうです。
これを、更に真似た**ナリエなどという珍奇な物も各地で発生しています。


LUMINARIA

本場のルミナリアは上の写真のように、ごく地味なものなのです。
シチリア大好きの樽屋も十数年前にラグーサで、はじめて見ました。

2006年12月11日

樽屋の隣で餅つき大会

「たるや竹十」H.P.表紙の版画にあるように、「竹十」の中に明治時代までは神社がありました。
現在は「住吉神社」として独立しています。
そこに毎年、町内から大勢の人々が集まって、餅つき大会があります。
朝から夕方近くまで、何臼もつきました。

普段、顔を見たことはあっても、挨拶もしたこともない人たちと和やかに餅を丸めて(形は悪い)、
雑煮を食べたり、酒を呑み交わして、一日を過ごす様子は、下町ならではの風情です。
町内の餅屋さんと和菓子屋さん、米屋さん、酒屋さん、樽屋さんの協力もありますから、心強いのです。
つい、最近まで何処でもあった行事ですけれど、今では都市部では勿論、地方の村落ですら、
失われていった日本の原光景と言えます。

イタリアの山岳都市やネパールの奥地の村では、何処にでも見られる光景でしょう。

2008年10月12日

酒樽屋は必ず海辺にある筈

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すっかり秋らしい空になりました。
灘五郷だけかも知れませんが、造り酒屋や酒樽屋は必ず海辺にあります。
川沿いにある地域もあるでしょう。

少なくとも造り酒屋や酒樽(さかだる)屋は水が美しい場所にあります。

海辺にあるのは昔、水運が発達していた頃は材料を船で吉野から運び、
出来上がった酒樽(さかだる)を樽廻船に積んで江戸へ運んでいたからです。

2008年10月23日

酒樽屋の前を神輿が通る

DSC07511.JPG

まことにローカルな町内の話です。
秋祭りの季節です。
「たるや竹十」の前で町内の神輿が御祓の儀を執り行なってくれました。
樽屋の前には、いつも出荷待ちの酒樽や漬物樽がたくさん並んでいるのですが、
この日は日曜日、酒樽類を全て片付けてしまっていたので、慌ててひとつだけ樽太鼓を店内から
出して来ました。
樽太鼓だけではなくて、酒樽も出しておけばよかったと後悔するも
来年から、祭り前のは きちんと店舗前も掃除しておこう。

神輿を担ぐのは知った顔ばかり。
酒樽屋の主人も、この祭りに参加したいのですが全国各地で同時期に秋祭りや秋の音楽会が続き、それに使う酒樽や樽太鼓の製作に夜なべが続く時期ですので練習に出る時間がとれないのです。

2008年10月29日

酒樽屋を撮るアマチュアカメラマンとウーマン

DSC07586.JPG

酒樽屋も観光地化してきて、アマチュアのカメラマンや日曜画家たちがよく来訪します。

左側に見える出来立ての酒樽よりも
「たるや竹十」の店先に並んでいる古樽がお気に入りのようです。
古樽やタガを並べている木製の棚は醸造用の桶を干すためのもので、決して古い酒樽(さかだる)を並べるためのものではありません。
普通に「たな」と呼んでいますが、特別な呼び方があるのかも知れません。
暖気樽を乾かす棚はもっとシンプルな形をしていて「ぬくめだな」と呼びます。

2008年11月05日

再び消えた「樽廻船」

DSC05495.JPG

路上を奇妙な形のバスが走っております。
普通のバスではないと気づき、酒樽屋が後を追いかけて行くと

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なんと数十人の乗客を乗せたまま、バスは海の中へ!!!!!
水陸両用バスだった訳ですね。
ここは神戸市灘区および東灘区で唯一、歩いて海へ行ける地点で、
樽屋竹十のすぐ近くです。

つまり、かつて酒樽を満載した樽廻船(たるかいせん)が江戸に向かった浜なのです。

スプラッシュこうべ」という企画だそうです。「飛沫」という意味ですね。
海に入る時には、確かに乗客も水浸しになります。
そういう理由ではないのでしょうが、現在は神戸市中央区のメリケン波止場からしか海には入らなくなり、灘の浜から定期的に かつての樽廻船のごとく船が出てゆく光景を眺めることは
出来なくなってしまいました。

はじめてこの企画を耳にした時は中央区の波止場から海上を遊覧し樽屋竹十横の浜に着くのかなと想像していたのですが、実際は余りに危険なので樽屋竹十付近を少し周海するだけでがっかりしました。

たるや 竹十

  • たるや 竹十



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