酒樽屋が十代の頃から、お世話になっていた大阪の古書店「浪速書林」の主人梶原正弘氏が昨日、急逝されました。
葬儀は明日13日正午、大阪府池田市新町1−16
弘誓寺(ぐぜいじ)
酒樽とは何の関係もありませんが、ご専門の近代文学とは縁のない酒樽関係の資料蒐集に随分協力して下さいました。
ご冥福をお祈り致します。
世に瓶詰めの樽酒というものが流通しております。
一般に酒樽そのものを使う機会はそんなに無い事ですから、樽酒の普及の為には
有り難いことですし、皆さんも手軽に樽酒を呑む事が出来る訳です。
もちろん本当に清酒を酒樽に詰めて、木香を取るのですが、
この蔵元が使っている木香取り用木樽は、いわゆる甲付樽(こうつきだる)
ゆっくり、ほんのりとした杉の香が酒自身の芳香と数日の貯蔵期間の間にうまく、
あいまって樽酒特有ののどごしが生まれます。
ただ、ここの酒樽は甲付樽ですから、樽酒に使った後の処理に困ります。
つまり、外側の白い部分が水に弱く、長期保存用の容器には向いていないのです。
フタを抜いて漬物樽に使うには赤味樽あるいは中赤や黒樽の方が向いております。
物事には用途に適したものを使うという事が大事です。
シルクのスーツを着てマラソンに参加する人は どこにもいないでしょう。
この「甲付たる」は酒樽屋竹十の職人が一旦全部分解しフタやタガを新たなものに取り替えて、展示用や樽太鼓に改造し再利用します。
また、残念な事に底蓋と側などすべてに吉野杉を使っている蔵元は数える程です。
秋田杉や肥後杉、周山杉、木曽杉などは樽酒には向いておりません。
やはり、清酒には吉野杉が一番です。その中でも川上村産が最高です。
殊に、酒に最も長い間 触れている底(そこ)には必ず吉野杉を使うべきなのです。
酒樽屋竹十の酒樽は吉野杉を使っております。
路上を奇妙な形のバスが走っております。
普通のバスではないと気づき、酒樽屋が後を追いかけて行くと
なんと数十人の乗客を乗せたまま、バスは海の中へ!!!!!
水陸両用バスだった訳ですね。
ここは神戸市灘区および東灘区で唯一、歩いて海へ行ける地点で、
樽屋竹十のすぐ近くです。
つまり、かつて酒樽を満載した樽廻船(たるかいせん)が江戸に向かった浜なのです。
「スプラッシュこうべ」という企画だそうです。「飛沫」という意味ですね。
海に入る時には、確かに乗客も水浸しになります。
そういう理由ではないのでしょうが、現在は神戸市中央区のメリケン波止場からしか海には入らなくなり、灘の浜から定期的に かつての樽廻船のごとく船が出てゆく光景を眺めることは
出来なくなってしまいました。
はじめてこの企画を耳にした時は中央区の波止場から海上を遊覧し樽屋竹十横の浜に着くのかなと想像していたのですが、実際は余りに危険なので樽屋竹十付近を少し周海するだけでがっかりしました。
味噌だるの御注文は全国から頂くのですが、
恥ずかしながら、樽屋の親方もその女房も味噌を作った経験がなく、
皆さんの様々な問合せに対し具体的に返答する事が出来ず困っておりました。
味噌だる自体は売るほど持っているのですが、味噌をこしらえるのは初めてです。
今年の冬に、友人からもらった大豆、樽屋竹十が納めた木樽で作られた天草の塩、
そして麹は泉酒造の西野さんに分けてもらった山田錦の米麹と いい材料で仕込みました。
初めてながら、ご覧のように美味しく出来ました。
表面の白い黴はチーズのそれと同じで害はありません。
さる幼稚園からの依頼で樽太鼓をたくさん出荷しました。
本来、この時期は樽太鼓の注文が止まり、漬物樽、味噌だるの注文へ移行する頃なのですが、
祭りや音楽会が終わりますと樽太鼓も相当痛みますから、来年用に新調される方もいらっしゃる訳です。
この幼稚園は少し時期が遅くて、11月に音楽会を催されるらしく、樽太鼓が急遽必要になり、
注文下さったようです。
樽屋竹十の樽太鼓の在庫は他の木樽に比べると多い方なのですが、手持ちの樽太鼓では数が足らず、
慌てて、残業して納期に間に合わせました。
ですから、樽屋竹十には樽太鼓の在庫は今はありません。
来週、酒樽を作る合間に又、30個ばかり作らねばなりません。
写真の右に写っている丸いものは、醸造用桶の底です。
これも分厚い吉野杉で出来ております。
ようやく、「秋」です。植物の季節です。
紅葉もしていないし、昼間はシャツ一枚でないと暑かった時期が続きましたが、
ここのところ、朝晩涼しいどころか寒くなって来て、風邪を召される方も続出。
このまま一気に「秋」を飛ばして「冬」に突入の兆しです。
日本だけが持つ「秋」の期間が年々、短くなって行くような気がします。
確か「春」の頃もそうでした。
日本特有の四季というものが無くなって、夏と冬だけになってしまう時代が来るのも
時間の問題かも知れません。
写真は酒樽を再利用した植木樽ですが、
暦によれば11月は大根を漬けるのに最適な時期、漬物だるの注文が増えております。
つまり、「たくあん」作り用ですね。
漬物だるも某国製のプラスチックでは気味が悪い、陶磁器のカメでは水が上がる
というので、吉野杉製の漬物だるに代える方が殆どです。
これは、日本ではなく北フランスの光景です。
どこの国でも木樽は年々減って来て石油を原料とした化学物質製の容器が99%を占めるようになりました。
この容器は草入れに使っていますが、余りに大量に入れたためと経年による劣化のために
側面が割れて来ております。ますます亀裂は広がって、爆発するのは時間の問題でしょう。
こういった人工樹脂による容器は安価で扱いも簡単なので1970年頃から急速に普及した事は皆さんの家の中にある各種容器をご覧になればお判りかと思います。
ただ、その反面、どの町にもあった桶屋さんが壊滅状態になり、樽屋も需要が激減しました。
また外材に押されて内材が売れないものですから日本の森林も手入れをしないものですから、
荒れ放題になってしまいました。
竹もしかりです。
今頃になって、昔の方がよかったから元に戻せと言われても、手遅れです。
職人もいなくなり、技術の伝承もされることなく消えてしまいました。
「たるや竹十」では、古い資料を参考にして昔の製法を復元し、材料は各地の業者の協力のもとに良質の木樽を作るよう心がけております。
秋祭りにおける樽太鼓の極めつけは、やはり「にいがた総おどり」でしょう。
かつて農民たちが三日三晩、樽太鼓を叩き下駄を鳴らして踊り続けたという祭りを
地元の若い有志たちと企業の協賛を得て復活させ、動画の中心で樽太鼓を叩いている永島鼓山先生の指導の元、祭り好きの若い男女の共鳴をバックに今や新潟を代表する祭りに発展しました。
たるや竹十へもメンバーの一人佐藤さんがわざわざ訪ねて来てくれて、強いバチにも耐えられる特殊な樽太鼓を何種も試作し、現在の新潟専用強化型樽太鼓が完成しました。
来年こそ、この祭りに参加するつもりでおります。
水の新潟〜〜〜〜〜〜〜〜
末は万代ばんだい はしゃ長い はしゃ長い
とんとと たたけよ 樽たる砧 きぬた 港にお船が よってきた
(サアサ ハラショ ハラショノロンロン) 北原白秋作詞「新潟小唄」
新潟樽きぬた ~明和義人口伝~ という本が出たというので、昨年早速注文しましたが、
残念ながら、内容は「祭り」から少し外れていました。
四国の金比羅宮の祭に「流し樽」という儀式があります。
宮本昌孝氏の「こんぴら樽」という小説の冒頭で簡略に説明されているので紹介します。
「こんぴら樽(だる)」。
流し樽、流し初穂ともいう。
金比羅参りをしたくとも、自分では参詣出来ない者が[奉納金比羅大権現]の旗を立てた
空き樽に初穂料を入れて、これを海に流すという習わしである。
俗謡にいう。
沖のかもめか こんぴら樽か
今もゆらゆら 波の上
こんぴら樽を拾った者は、金比羅宮へ代参して、これを奉納しなければならぬ。」
講談社 1995年初版 後に改題して文庫化 初出同年刊「季刊歴史ピープル」初夏号
「りや女の仇討ち」を改題
今では、地元の各企業が祭に協賛して各社の旗を酒樽に付け、
海には流さず直接、金比羅宮に奉納するようです。
一空樽(一度酒樽に使った古樽)が現在は入手し難くなって来たので、
樽屋に新しい酒樽の注文が入ります。
奉納する酒樽ですから、普段より襟を正し、材料も心持ち良いものを吟味して作ります。
写真は昨年、若冲と応挙の展覧会を観に行った折に最上段まで登って撮影したもの。
因に酒樽の中でも上段左の縄の架かっていない物は本当に酒樽として使われた「一空樽」で
「たるや竹十」製ではありません。
全ての酒樽には三ツ輪掛けという特殊な縛り方の縄を掛けて奉納します。
まことにローカルな町内の話です。
秋祭りの季節です。
「たるや竹十」の前で町内の神輿が御祓の儀を執り行なってくれました。
樽屋の前には、いつも出荷待ちの酒樽や漬物樽がたくさん並んでいるのですが、
この日は日曜日、酒樽類を全て片付けてしまっていたので、慌ててひとつだけ樽太鼓を店内から
出して来ました。
樽太鼓だけではなくて、酒樽も出しておけばよかったと後悔するも
来年から、祭り前のは きちんと店舗前も掃除しておこう。
神輿を担ぐのは知った顔ばかり。
酒樽屋の主人も、この祭りに参加したいのですが全国各地で同時期に秋祭りや秋の音楽会が続き、それに使う酒樽や樽太鼓の製作に夜なべが続く時期ですので練習に出る時間がとれないのです。
虫養ひには少々、量が多いかも知れませんが、大阪高麗橋のすし萬の詰め合わせです。
もちろん名物「雀鮨」も入っています。
雀鮨に限ってだと記憶しますが、今でも薪を使い竃(かまど)で米を炊いている所が、
どこか「たるや竹十」と共通する気がします。
頑固という事とは違うのです。そうしないと美味しいものを作る事が出来ないのでしょう。
創業から300年以上、同じ製法を続けておられるようです。
雀鮨は小さな木桶に入って販売されています。
それこそ江戸川乱歩の新発見小説のタイトルのようですが、
酒樽(さかだる)は怒ることはありませんが、笑うことは稀にあります。
正確には竹の箍(タガ)が笑うのです。
細長い割竹を丸く巻く時にどうしても、自然の形に逆らって巻く訳ですから
決まった位置に竹が入らず、一部飛び出してしまった状態になることもあります。
これを見落として酒樽(さかだる)にしてしまった場合、職人たちの間では「酒樽(さかだる)が笑っている」と言います。
実際に職人の間では恥ずかしいことなので、職人が実際に笑う訳ではありませんが、
作った方の職人は自分の技量を笑われている気分になります。
勿論、「たるや竹十」としては商品にならないわけですから、箍(タガ)の工程は一から作り直し出荷します。
「わらう」には「咲う」という書き方もあり、つぼみが開いたり実が熟して皮が裂けることや、縫い目がほころびる意味になります。
「樽がわらう」という場合は、こちらの意味の方が近いかも知れません。
ほっこんとわろうて栗の落ちにけり(尤草子)