2010年06月27日

修理に持ち込まれた年代物の「手桶」

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山口県の某氏から「手桶」の修理を依頼されました。
蔵の奥から出て来た、という桶です。
これほど傷んだ桶(おけ)が、はるばる長州から分解もせずに届いたことも奇跡的ですが、
なにより、これほど悪い状態の桶(おけ)が現存している事の方が珍しいのです。

類推するに製作されたのは明治の中頃、昭和の初めに手の部分を取り替えた形跡があります。
この時の竹の質が悪かったようです。
その後は非常に悪い環境に保管されていた模様で、上部は完全に乾燥、下部は過度の湿り方。
普通は、ここまで傷んだ樽(たる)や桶(おけ)の修理は、お断りするのですが、
伝来の愛着あるものだということと、「落とし」を入れるという条件だったので、
期限無しで引き受けました。


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ご覧の様に、無数の虫穴があいている上に、本体の一部に欠損している箇所もありますが、
これを風景として生かす事にしました。
現在は乾燥中です。更に変形した底が水平に戻らないと修理を始める事が出来ません。
完成のあかつきには、また報告致します。

2010年06月23日

「つゆのあとさき」に於ける樽(たる)と雨

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六月も半ばを過ぎました。
日本特有の、この時期は樽(たる)にとって、最も困った季節なのです。

竹や蓋(ふた)に黴が発生し易い、雨期という季節は酒樽屋にとって大敵です。
かつて、黴雨と書いて「ばいう」と読んだ程です。
地方によっては普段の倍以上の雨量なので「倍雨」とも呼びました。

今年は、春に長雨が続いたので、空梅雨とばかり予想していたら、
やはり毎年通り、梅雨前線は活発なようです。

ただし、樽にとって不可欠である杉や竹などの植物の生長にとって雨はなくてはならないもの。
また、味噌や漬物の醗酵が最も盛んに進む時期でもあります。
日本有数の雨量を誇る奈良県吉野郡川上村の山林でも、ここ数日の長雨は「恵みの雨」でありました。

さるにても、欧米の大粒の雨と違って日本の雨には幾本もの糸が引く様な降り方に独特の風情があり、
まさに、驟雨と呼ぶに相応しい景色です。

「久雨尚歇まず輕寒腹痛を催す。夜に入って風あり燈を吹くも夢成らず。
そゞろに憶ふ。雨のふる夜はたゞしんしんと心さびしき寝屋の内、これ江戸の俗謡なり。
........」永井荷風『 雨瀟瀟』大正十年

2010年06月18日

樽太鼓(たるたいこ)の晴舞台

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今年の鶴岡踊り祭りに参加した「宝谷八木節保存会」の勇姿です。

山形県は日本でも有数の酒処ですし、明治までは主たる輸送容器でしたから、かつては酒樽(さかだる)が村中に転がっていた事でしょう。
現在も「たるや竹十」から山形県の蔵元へ定期的に酒樽(さかだる)をお送りしております。

写真は今春のものですが、本来は夏の盆踊りの際に盛大に繰り広げられます。
他の地域同様、盆踊りは念仏信仰の一つです。発祥は鎌倉時代、江戸中期に現在の形式が確立します。
初期における、戦での死者への弔い、疫病による死人への鎮魂歌等の意味が薄れ、年に一度の身分を超えた夏祭りへと趣旨が変化して来ます。
当時の鶴ヶ岡城の下での踊りは、神田明神の神田祭りにも匹敵するといわれる程の巨大なものだったと伝えられています。
明治初期まで約200年間続いた、この踊りはも全国の踊り同様三日三晩踊り続けたそうです(旧暦7月17日から20日)
当然お酒も入りますし、年に一度のハレですから、様々な事故もありました。
結局、風紀の乱れが原因で幕府から徹夜の踊りが禁止されたり、先の戦争で男手が足りず中止されたりした経緯はあるものの、現代ではすっかり宗教色も消え、盆踊りは夏の風物詩の一つとして定着して来ました。

往事は一つの村から多い時は200人、今の五日町のように商店が立ち並ぶ村からは500人以上の連が繰り出したと言います。
唄の文句は村ごとに鎮魂歌であったり恋歌であったり、あるいは卑猥なものと毎年書き替えられて来ましたと言います。
それに伴って衣裳や振り付けも変化してきました。
 構成は仕組み踊りと呼び、「大踊り」「中立」「どさ踊り」の三種でした。
踊り手は当然男に限ります。

「大踊り」は男役女役一対で役者の扮装で襦袢姿、「中立ち」はそれを簡素化したもの、「どさ踊り」は仮面をつけての滑稽踊り。
どさの主役は薄給武士が住む給人町でした。高禄の範士の家中新町からも繰り出し、町方ばかりならぬ城下上げての一大イベントだったのです。

現代では盆踊りは身分や立場を超えて、夏の暑さだけではなく全てを忘れる事の出来る楽しい催しになりました。

八木節阿波踊りを含めて、このような催しに「樽太鼓(たるたいこ)」も復活出来る様になって樽屋にとって嬉しい限りです。


2010年06月17日

樽太鼓(たるたいこ)を通じた出会い

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「竹十」の樽太鼓(たるたいこ)を二日連続でNHKがテレビ放送して下さったお陰で、
普段PCに縁のない方々も放映後、電話、FAXは勿論のこと、
わざわざ何人もの方が弊店まで足を運んで下さり、
長く探していた樽太鼓(たるたいこ)に出会えたと喜んで頂けました。

中でも、嬉しかったのは趣味で太鼓を最低毎日2時間練習しているという男性の方(上の写真)はバチを持って買って頂いた樽太鼓(たるたいこ)を叩き出したら止まらなくなってしまいました。
もう一人の方は翌朝,早くから来られた方は倉庫に何年も眠っている使用不能の樽太鼓(たるたいこ)の存在を思い出された某幼稚園の先生。
樽太鼓の修理は「樽屋竹十」が請け負いますけれど、さて幼稚園児にどんな方法で太鼓演奏を教えたら良いか、樽屋の親方はスティーブ・ジョーダンでもチャーリー・ワッツでもありません。叩く事は出来ても演奏指導は出来ません。

一日前の夕方来られた前述の太鼓マニアの方の連絡先を伺っていたので、この方に連絡を取って、先の幼稚園での指導をお願い出来た事です。


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2010年06月16日

修理を待つ樽太鼓(たるたいこ)達

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この時期には夏祭り、盆踊り等をひかえて、古くなって音が悪くなった樽太鼓の修理依頼が増えて来ます。
木工用接着剤や鉄釘を多用していない限り、どんな状態の樽(たる)太鼓(たいこ)でも修復が可能です。
多くの樽(たる)が一度使った酒樽(さかだる)の再利用なので、乾燥が激しく少々手間取りますが、
殆どの場合、蓋と竹箍(たが)を新しい物に取替え、側面を削り新品同様にしていまいます。

樽(たる)に限った事ではなく、どんな物でもそうですけれど「修理」という作業は最初から新しい物を作るよりも、ずっと手間がかかる仕事です。
殊に自分の作った樽(たる)の修理は簡単ですが、他の職人さん達が過去に作った樽(たる)は工程や寸法が異なるため手持ちの道具を使えず、道具作りから始めないと作業が出来ません。
それでも採算を度外視して修理を請け負う理由は、既に鬼籍に入った先輩たちが作った名人芸の樽(たる)を見せて貰えたり、逆にとんでもない作り方の樽(たる)を分解する事が出来ますので、樽造りの良い勉強になるからです。

2010年06月15日

杉樽(たる)に於ける「目荒」

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杉に限らず樹木には年輪があります。
酒樽に使用する吉野杉は色と木目、更に榑(くれ)のねじれ具合や厚み等々、
厳重な選別を経て製品に致します。
酒樽,漬物樽、味噌樽以外の液体容器でない樽、すなわち樽太鼓等を作る時に、
これら選別から外れた吉野杉の榑(くれ)を利用します。

写真は吉野杉の中でも極々稀な「目荒」という種類で、杉の芯に近い部分を割ったのでしょう。
昔の樽が倉庫の奥から出て来たので調べていて見付けました。
今では絶対に榑(くれ)として樽丸には加工しない部分です。
大量に酒樽が出荷されていた時期の遺物です。


2010年06月09日

トラックに積みきれない程の漬物樽を通販のお客さまに発送

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漬物や味噌の手作りには、やはり杉樽を使う事で出来が全く違って来ます。
食品の醗酵には新鮮な空気の流通と余分に出て来る水分の逃げ道が不可欠だからでしょう。

写真は信州の味噌屋さんへ四斗(72ℓ)の漬物樽を運ぶべくトラックに積んでいる光景です。
竹十で出来る最大の樽(たる)は四斗樽なので、これを使って味噌を作るのだそうです。
この味噌屋さんは、木樽を使いたかったそうですが、樽屋との接点がなく今までは仕方なくプラスチック容器を使用されていたそうで、ずっと木樽を探しておられたとの事。
これからはきっと美味しい味噌が出来ることでしょう。

2010年06月08日

杉樽(たる)に於ける「目回り」

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酒樽(たる)に使う樽丸(たるまる)の中にも非常に稀ですが、
写真のような不良品が混入することが一年に一度位あります。
木口の黒い部分の冬目が割れているところが見える筈です。

これは「めまわり」と呼んでいる状態で、木目に沿って杉が縦に割れてしまっているのです。
このような材料は樽(たる)に組み立てる時、竹の箍(たが)の力に耐えられないので、
どんな種類の杉樽(たる)であっても使用不能です。
廃棄する他に手段はありません。
本来、ここまで歴然とした状態のものは樽丸(たるまる)の製造過程で見付け次第廃棄しますので、樽屋(たるや)の工房に登場することはあり得ません。

これは、樽屋(たるや)の倉庫に保管中、乾燥して木目が割れてしまったのでしょう。

こんな状態になる原因は山林内での「強風」です。
台風等で強い風が吹くと、当然ながら杉の大木も大きく揺れる訳ですけれど、
ある限界を越すと、このように垂直に木目が割れるか、それとも、
かつて紹介したような「風折れ(かざおれ)」又の名を「うて」という水平にヒビが入る
被害を受けることになる訳で、共に樽(たる)に加工出来ないため、焼却します。

更に強い風に遭った杉は原木まるごと地上に倒れ、山から搬出する値打ちもないので、
山林の中に放置されたままになっています。

決して「風が吹いたら桶屋が儲かる」訳ではないのです。

「めまわり」も「うて」も光線の加減によって見落としにくいものですから、
材料の選別には細心の注意が必要です。

2010年06月07日

酒樽屋のお八つ  その參拾

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LADUREE(ラデュレ)の「マカロン」です。
早く食べないと美味しくないので、現物はもう無いため間違っているかも知れませんが、
多分、左がショコラ、右がマント・グラシアン。
1862年パリ、ロワイヤル通りに創業。
ふたつのマカロンを合わせて、中にガナッシュを入れて48時間ねかせて置くそうです。
今では軽い食事も出来るシャンゼリゼ店の方が人気の由。


最近、東京と名古屋にも進出したので入手し易くなりました。

銀座三越 東京都中央区銀座4-6-16
午前10時~午後10時 03-3563-2120

日本橋三越 東京都中央区日本橋室町1-4-1
午前10時~午後8時 03-3274-0355

名古屋高島屋 名古屋市中村区名駅一丁目1-4 
営業時間:10時~20時 052-566-3877

2010年06月06日

樽屋 またまたテレビ番組に !?

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最近、取材続きの樽屋ですが、この度は「樽太鼓」をニュース番組でご紹介いただくことになりました。


NHK 神戸(兵庫県のみ) 「テラス関西」6月7日夕方6時10分〜7時(6時40分頃の5分程度)
NHK 近畿5府県 「ぐるっと関西」6月8日 昼11時30分〜12時(5分程度)


そんな訳で神戸市立本山第二小学校の6年生の皆さんが樽太鼓を使って「本二太鼓」の練習をしている風景も放映予定。

そして、吉野杉の原木から樽丸を作り、竹と底蓋を組み合わせて
「樽太鼓」を作る工程の一部も撮影しました。
化学的な接着剤を一切使わず竹釘で継ぎ、材料は「樽太鼓」の場合も奈良県吉野郡川上村の杉のみで組み立てております。

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2010年05月27日

杉樽(たる)に於ける「目越し」

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杉の中でも最高といわれる「吉野杉」でも、中には樽(たる)に適していないものもあります。
杉も竹も生き物ですから仕方がありません。
原木を輪切りにした時、樽丸に仕上げる時、樽(たる)を作る時などなど、
何段階もの選別の機会があるのですが、これまた人間の仕事ですから、見落としも稀にあります。

写真の真ん中に見える材料が「目越し」という状態。
水分が木の細胞を通じて滲み出し、どのような方法をとっても滲みを止める事は出来ません。
この一枚だけを交換するしか手段はないのです。
杉の細胞が完全に死んでいて、このような木を「ネキ」(多分、木が寝てしまった意味でしょう)と呼びます。
どんな名人でも、この種の材料を使って樽(たる)を作ることは出来ません。

この一枚のために樽(たる)がダメになるので、選別には厳重な注意が必要なのです。

2010年05月10日

味噌樽(みそだる)の大中小、三種

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人気の「味噌樽(みそだる)」に「特大」(高さ約56センチ)を加えて、
大中小の三種が揃いました。
容量は、それぞれ約36リットル、18リットル、9リットルです。

これらの味噌樽(たる)には、落し蓋と上蓋の二枚が必ず付属します。
そして、この二枚の蓋(ふた)も吉野杉を用い、接着剤を使用せずに竹釘で継いでおります。

この形態の味噌樽(みそだる)は本来、樽屋ではなく、桶屋の仕事なのですけれど、
かつて、日本の町には必ず一軒あった桶屋が激減し、むしろ樽屋の方が未だ少しは残っているものですから、こういう仕事も樽屋が請け負わざるを得なくなってしまった訳です。

「桶(おけ)」と「樽(たる)」の違いは書き出すときりがないので、またの機会に。

2010年04月26日

樽屋 ニュース番組に登場

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遅いけれど、桜の季節です。
「テレビ大阪」の『NEWS BIZ』という夕方のニュース番組に取り上げられました。

樽のタガにする竹を割ってくれている「松下竹店」と「泉勇之介商店」も協力してくれました。

2010年04月20日

古い醤油用の木樽(たる)

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倉庫を整理していたら、昔の醤油樽(たる)がいくつか出て来ました。
明治から昭和30年代の終わり頃まで、
竹十では主に小豆島の醤油屋さんへ大量の醤油樽(たる)を
船積みして出荷しておりました。
もっぱら業務用の四斗樽(72ℓ)でした。

木樽(たる)の箍(たが)も何十年も経過しますと画像のように飴色になります。
切ったばかりの青い竹も清々しいものですが、このように古色が出て来ますと、
また別の味わいがあって、むしろ需要が増えて来て探し出すのに苦労いたします。
新しく同じ物を作ることは出来ませんから、これに似た古い感じの樽(たる)を
作る機会が増えました。

2010年04月10日

昔の木製樽のように、丈夫な底と蓋をつくる

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ほんの20〜30年程前、大量に均一の酒樽を製造しなければならない時代があり、
そのために多くの樽屋は木工用の接着剤を多用し始めました。
「たるや竹十」でも、その手法が残ったままになっておりました。
考えるところがあって最近、木製樽の製造工程上、本体の樽にはもちろん、蓋(ふた)にも底にも化学物質を含む接着剤を一切使わない事にしました。
江戸時代までさかのぼらなくても、昭和の中頃までは樽をつくる際に接着剤を使いませんでした。
需要が少なくなった今となっては、かつての伝統的な手法を復元する事が
少々手間はかかりますけれど川上産の吉野杉のみを用いた良質の木製樽を作る唯一の手段だと判断したからです。
底や蓋においては数枚の杉板を継ぐ際に接着剤の替わりに竹釘を使います。

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漬物樽や味噌樽の押し蓋と上蓋も接着剤を使わずに竹釘を使用し、
更に厚みを2センチ程の丈夫な吉野杉の板目材を使う事にしました。
写真の上が新型。見た目は悪いですけれど、丈夫で安全です。

尚、例外として食品の容器ではない樽太鼓とディスプレイ用展示樽の蓋の一部には、
接着剤を使う事が未だありますが、御容赦下さい。
いずれ全ての木製樽を接着剤未使用にして行く積もりです。


2010年04月09日

味噌(みそ)作りの容器に木製樽を使う

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数年前から、味噌(みそ)を家庭で作られる方が増えてまいりました。

自家栽培の有機大豆、国産の天日塩、手づくり麹まで揃えておられるのに、
肝心の容器がホウロウや陶器、プラスチックでは折角の味噌が台無しです。
味噌(みそ)を醗酵させるために最適な容器は木製樽なのです。

木製樽は自身が呼吸しているので不要な水分を外へ出し、
新鮮な空気を中に入れて理想的な醗酵を促します。
木製樽の中でも選ぶのなら杉材のものを。出来れば吉野杉の樽を。
そして柾目ではなく、板目の物を使って下さい。
長期保存のための容器には「木製桶」でも柾目材は使わず、板目材を使用します。
柾目ですと長い期間に木目から液が滲み出してしまうからです。

写真の味噌樽(大)は敢えて赤味材の中でも黒い部分を選んで作りました。
黒い方が「アク」は強いのですが、木製容器としては丈夫なのです。

弊店の木製味噌容器は「樽」であって、「桶(おけ)」ではないのです。
「桶」の手法で木製容器をつくると、「樽」よりも時間と費用がかかります。
出来るだけ廉価に手作り味噌の容器を皆さんに提供したくて試行錯誤の末、
ようやく完成しました。

今は更に大きい味噌樽も試作中です。もうすぐHP上に登場の予定です。
もちろん、全ての部分に接着剤は一切使用しません。

尚、右に写っている蓋(ふた)は、樽(たる)に使う「落し蓋」と「上蓋」。
厚みは1センチ以下ですし、更に柾目材なので、長い間使っていると、
湿気を含んで歪んで来る可能性があります。
今は蓋(ふた)も板目材に順次変更して、継ぎ目には竹釘を使うように変更しました。
厚みも2センチ程のしっかりした物に順次替えております。

2010年04月07日

酒樽屋のお八つ  その弐拾玖 

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桜、満開。
花見団子ですけれど、形は同じでも餡で出来た茶席用のもの。
酒樽屋の親方は、お八つに気楽にいただきました。
お薄はビタミンがたっぷりだそうです。

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その他の蒸菓子「若草」「春日野」「桜花」
甲乙つけ難し。

御菓子司 緑菴(りょくあん)

定休日 第2、第4水曜(祝日を除く)
営業時間 午前9時~午後7時
 京都市左京区浄土寺下南田町126-6
 電話 075-751-7126

2010年04月06日

鏡開き用の酒樽に「謝」と書す

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某研究室の謝恩会に吉野杉の酒樽で鏡開きをしたいという依頼がありました。
主賓の教授が大の日本酒党なので院生の方々が、是非、鏡開きの宴を催したいという趣旨。

一斗樽に菰を巻いては折角の酒樽が台無しになるので、
酒樽の正面に「謝」と墨書きしてもらった和紙を貼ったら酒樽が一段と引き締まりました。

20年程前までは菰を巻かずに鏡開きしておりました。
その頃までは、必ず酒樽の正面に酒の銘柄を刷り込む風習があり、それを「腹書き」と呼んでおりました。

学生たちに囲まれた先生の、お喜びになっている顔が見えてくるようです。

2010年02月20日

樽屋も吉野杉の良し悪しを見落とす

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吉野杉は色も香りも最高なのですが、なにしろ自然のものです。
年に一度位、写真のように「目越し」という状態になる事があります。
この場合は、どのように手を施しても滲みを止めることが出来ません。
しかも、場所が樽(たる)の底です。交換以外に修理の方法はありません。
たくさんの吉野杉から樽(たる)に適した材料を選別することが酒樽屋の親方或いは、
番頭の役目なのですが、この場合は作業中の見落としと言えましょう。

幸い「たるや竹十」が使っている奈良県吉野郡の川上村周辺の杉だけは、
乾燥させて、もう一度使うと滲みが止まる魔法のような不思議な性質を持っています。
川上村特有の土質に依るようです。
しかし、この樽(たる)の場合は大事を取って底は交換することにしました。
「目越し」になる「ネキ」類と「風折れ(ウテ)」だけは樽(たる)には一切使う事が出来ません。
これらについての詳細は後日。

2010年02月18日

ディスプレイ用樽(たる)又の名を売場樽(たる)

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いわゆるディスプレイ用樽です。
店舗設計や施工会社の方からの依頼や、店頭のディスプレイに使いたいというお店から直接の
御依頼があったりします。
木樽に乗せて展示すると商品がいっそう引き立って見えるそうです。
店舗の売場に設置するので、「売場樽(たる)」とも呼びます。
高さが56センチあり、底は上から12〜15センチ下がった所に固定します。

この写真の樽(たる)は更に上へ笊(ざる)を乗せるという御指示だったので、
液体は若干洩れます。
全く洩れない物も作ることが出来ます。
漬物屋さんが直接樽に糠を入れる場合です。
この時は箍(たが)を更に二本増やします。当然少し値段が変わります。

右側は普通の一斗漬物樽(たる)高さが34センチなので通称34型と呼んでおります。

一番右側に少し見えているものは親方愛用の自転車に付いているCAMPAGNOLO,コルサレコードの前期型リアディレイラーと同じカンパのOMEGA のリム。


2010年02月07日

樽(たる)

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樽という漢字は木偏に尊と書きます。稀に土偏になることもあります。
もとは、尊だけで「たる」呼びました。

尊という字が角樽の形に似ているので、これだけで「たる」や「そん」と呼んでいましたが、
「尊い」と区別するために左に木を付けて「樽」となったといいます。

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こちらは撮影風景。アイルランドの写真家デビットさんのセッティング。
フランスの出版社の企画、写真集[SAKE](仮題)のための撮影です。
樽などをお貸ししたご縁で、彼の了解の元、酒樽屋も撮らせていただきました。
さすがにプロのセッティングですね、拙写(上の写真)もうまくいきました。

2010年02月04日

酒樽屋が使う植木樽

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本日、立春。東風、氷を解く

「氷が解けたら何になるか?」という理科の問題に「春になる」と回答した小学生に一票。
それを正解にして、◎を三つ付けた先生にも一票。


酒樽屋は酒樽(さかだる)ばかり作っている訳ではありません。
味噌樽(みそたる)、漬物樽(つけものたる)、樽太鼓(たるたいこ)は勿論ですが、
この他に、隠れた逸品があるのです。

「植木用の木樽(たる)」です。
木製樽は吉野杉と竹だけで作り、接着剤などの化学物質は一切使わないので、
大きく分類すれば樽(たる)も「植物」の一種です。
ここで植物を育てる訳ですから友達同士、仲良くなって当然。
樽(たる)は適度の水分を植木からもらい、余った水分は植木の方へ譲りながら、
互いに助け合っているようです。

2010年01月20日

酒樽屋の入り口

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酒樽屋のおもてに出来上がった樽を並べて、数を調べました。
これから、これらを梱包しなければなりません。この作業も案外手間取ります。

この時期、味噌樽と漬物樽の注文が酒樽を上回ります。

味噌樽は高度な技術を要するので、漬物樽より高価になってしまいます。
味噌樽は出来るだけ空気に触れないように細長く、逆に漬物樽は空気をよく通すように作ります。
漬物樽を使っても味噌を作る事は出来ますが、仕上がりは、やはり味噌樽には及びません。
それでもプラスチックや琺瑯(ほうろう)の容器を使った味噌よりはずっと美味しいものが出来る筈です。


酒樽屋の虫養ひ 其の拾參

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久しぶりのベトナム料理です。
容器はヤシの実を半分に切ったもの。
「蓮の実」飯です。

メコン

神戸市中央区北野町3−6−17
078−271−9221

水曜定休

この店、昔は六甲アイランドにありました。
酒樽屋も10年以上前、開店当時に食べに行った記憶があります。
数年前に北野町に転居された由。

2010年01月19日

酒樽以外の木製樽各種を発送する

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酒樽屋は酒樽ばかり作っている訳ではありません。

酒樽以外に味噌樽や漬物樽、樽太鼓に展示用の木樽...........
何でも注文に応じて、あらゆる樽(たる)を作っては全国に発送しております。
今日は、四斗樽(たる)から味噌樽や五升樽(たる)まで殆どの種類の樽(たる)を
梱包して発送しました。

因みに写真の四斗樽は漬物ではなく味噌作りに使うのだそうで、特別に上蓋も加えました。

2010年01月17日

酒樽屋は味噌樽(みそたる)も作る

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一昔前の酒樽屋は正月から二月まで未だ未だ酒樽を作り続けて居たものですが、
最近は「酒」を呑む人口が日に日に減って来て、当然ながら酒樽の需要も少なくなってまいりました。
替わりに、この時期は味噌作りに最適の気候ですし、新麹も出来るので味噌樽の注文が続きます。
今まで、プラスチックの容器で味噌を作っていた方々は勿論、初めて味噌を作ってみる若い方々も、
折角つくるのなら杉の木で出来た木製樽を使おうという気運が広まって来て、毎日のように注文をいただきます。
一切の化学的な接着剤を使わず、杉と竹だけで作った「たるや竹十」の味噌樽が少しずつ認知されてまいりました。

2010年01月14日

酒樽屋が文庫本に掲載 !?

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表紙 歌川広重「名所江戸百景」のうち [する賀てふ] 暖簾の店は現在の三越


日本経済新聞に連載中の人気シリーズ「200年企業」が文庫本化されました。創業200年を超える71社が取り上げられ、
「たるや竹十」もご紹介いただいています。

日本には創業200年を超す老舗が3000社以上もあるそうで、世界で最も多いのだそうです。
なかでも一番多いのは、やはり酒造会社447社でした。
酒造に関連した酒樽屋は殆どが戦前に廃業してしまったので弊店のような例は珍しいのかも知れません。

今年「たるや竹十」は創業191年。
200年と呼ぶには、少々若いようです。

2010年01月13日

酒樽屋がニュース番組に !?

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朝日放送のニュース番組で『たるや竹十』の一日をご覧いただけることになりました。
ほんの数分の紹介です。


1月20日(水)『NEWSゆう+』16時50分〜18時54分 たるや竹十は18時頃の予定

(関西地方以外は放送日が変わるようです)


2010年01月11日

酒樽屋の鏡開き

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毎年、一月十一日は鏡開きの日です。

鏡餅も酒樽も「鏡開き」されます。
「割る」という言葉が忌み嫌われているので「鏡割り」とは決して呼ばないのです。

2010年01月02日

酒樽(さかだる)と箸(はし)

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日本をはじめ、東アジアの食文化にとって不可欠な道具のひとつである箸(はし)は、
中国で随の時代から使われはじめ,聖徳太子によって日本に到来したそうです。
竹冠で書くところから最初は竹で作っていたらしいのですけれど、
日本の食事には竹よりも木の箸(はし)が相応しいと思います。


殆どの箸(はし)は杉をはじめとして各種の木で出来ています。
箸に使う杉の材料は、ほんの少し前まで酒樽の材料を作った端材を用いて、
奈良県吉野郡の地場産業のひとつとして樽丸と共に栄えて来ました。
最近では、1500年前とは別の形で中国から大量の白樺の箸(はし)が輸入されて、
吉野地方の産業としては成り立ちにくくなってまいりました。

正月の祝箸には両端の尖った柳の物を用います。

市原平兵衛商店

住所:京都市下京区堺町通四条下ル
電話:075-341-3831
営業時間:AM10:00〜PM6:30(平日) AM11:00〜PM6:00(日・祝)

たるや 竹十

  • たるや 竹十
  • tel:078-861-8717



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