« 2006年03月 | メイン | 2006年05月 »

2006年04月 アーカイブ

2006年04月01日

樽屋のおやかたの誕生日

今日はエイプリルフールですが、嘘ではありません。本当にXX回目の誕生日なのです。

「アラン・カスケヴィッチ」の樽斗ミックスでお祝いしました。
パッションフルーツ、オレンジ、胡桃、ココナッツ、杏子、カシューナッツ、レーズン、グランベリー、ピスタチオ・・・・などのドライフルーツがたっぷり。

閉店後のお店を開けてもらい、あれこれ選んでいると、
奥から出てきたカスケヴィッチさんからもお祝いの言葉あり。
"Bon Anniversaire!!!"

2006年04月02日

酒樽屋、他人の誕生日を祝う。HAPPY BIRTHDAY! !

ロン・ウッド 6月1日で59歳 Happy Birthday Ronnie!

チャーリー・ワッツ 6月2日で65歳  Happy Birthday Charlie!


本来なら、スペインで誕生日をむかえる筈が、おちゃめな怪我人が出たので予定は大幅に変更。
ツアーは、その不死身のメンバーが復活したので、7月11日のミラノから再出発。
あと21公演だ。

樽屋 谷崎潤一郎旧宅「お伽噺の家」に行く

大谷崎は関東大震災から逃れ、京都を経て、大正十三年春、神戸に初めて総面積300坪のT氏の家を借りました。

当時は西側にあった二階建てのクリスマスケーキのような母屋の洋館から神戸港が一望出来たことでしょう。その母屋は既に人手に渡り、書斎として使われていた、この小さな別棟だけが阪神大震災にも耐え、数少ない神戸に残る大谷崎の旧居でした。

平成十一年に借家人K氏が出てから空き家になり、残念ながら、この度所有者の意向で解体が決定した為、支援団体が借り受け、四月一日と二日の二日間、内部を一般公開したのです。

樽屋も梅見がてらに家族で見学に行ってきました。

住みやすいようにK氏が改装したので、元の面影は全くありません。
平凡な安普請の平屋です。
でも前庭(実際は空地)だけは、たっぷりあります。井戸もありました。
大谷崎もこの井戸で釣瓶桶を使って水を汲んでいたのでしょうか。


見なかったら後悔するけれど、見たらがっかりするといった「物件」です。
何度もこの前を通ったことはありましたが、奥まっている上に五段の階段の上に建つ凡庸な家なので、『北畑戸政の家』として存在は知ってはいても今まで見つける事が出来ませんでした。

『痴人の愛』は、舞台となった、この「お伽噺の家」と奈良ホテルで執筆されたのです。


解体は七月の予定ですから、外部は未だしばらく見ることが出来ます。
神戸市東灘区本山北町3-9-11 本山第一小学校東隣 
谷崎年譜で、北畑戸政249の1と表記されている建物です。 


当時のままかどうか分かりませんが「赤い屋根」です。それもスレートの。

「マッチの箱のやうに白い壁で包んだ外側」

「ところヾに切ってある長方形のガラス窓」

 

「正面のポーチの前に、庭といふよりは寧ろちょっとした空地がある」

 
大正14年7月 改造社刊

2006年04月03日

樽屋の雛祭り

樽屋も、雛祭りをします。
これは享保雛という江戸後期文化爛熟期の「おひなさま」です。

雛道具はみんな小さくて、かわいいので、マニアの間でも人気なのです。
生活用具が殆どあるわけですから、杉樽、漬物樽、味噌樽、盥、手桶・・・・・・
明治頃までの道具類は、なんでもあります。
樽太鼓は、ありません。

 

2006年04月04日

漬物樽(つけものたる)と味噌樽(みそたる)四斗の杉樽をつくる

たくさん杉樽の注文を頂いたので、伐りたての真っ青な真竹を結って、一番大きな四斗の杉樽を作りました。
杉樽の出来上がりがいいと、売るのが惜しくなります。
漬物樽ですから、杉材の色は黒いのですが、飾って置きたくなります。
杉樽職人は、それ位じゃないといけないんでしょうね。

そんなことでは、商売になりません…

右隣は二年経った、一斗の杉樽。
タガの色は、あっという間に褪せて行くのです。

一度使った、杉樽を「一空樽(いちあきだる)」と呼びます。
二級の造り酒屋が使います。関東には、そういう古樽業者があります。
杉樽の消費は、昔から殆どが東京だからです。関西にはありません。

「樽拾い」という正月後の季語がある位です。 
江戸時代、酒屋で働く丁稚の小遣い稼ぎでした。 
当時のリサイクルです。

 雪の日や、あれも人の子樽拾い  冠里
                                                            

2006年04月05日

樽屋 STONES名古屋公演へも行く

                                                            

”MISS YOU”を演りながら、六人を乗せたBステージが前へせり出して行く・・・・・

 
今回、殆どリードギターを務めたロン・ウッド。そして,いつもの最後の四人の挨拶(もう一回観ることが出来るかなあ?)


200トンの機材の一部。手前のノートパソコンは多分、デイヴ・ヒルの照明用?

セットリスト2006/4/5 (Wed)  
1. Jumpin'Jack Flash
2. It's Only Rockn'Roll
3. She's So Cold
4. Oh No, Not You Again
5. Ruby Tuesday(日本公演では名古屋だけ)
6. Rain Fall Down
7. You Got Me Rocking
8. Gimme Shelter
9. Tumbling Dice 
10. This Place Is Empty (Keith )
11. Happy (Keith )
12. Miss You(B Stage)
13. Rough Justice (B Stage)
14. Get Off My Cloud(B Stage)
15. Honky Tonk Women (B Stage)
16. Sympathy For The Devil
17. Paint It Black
18. Start Me Up
19. Brown Sugar
--Encore--
21. You Can't Always Get What You Want
22. (I Can't Get No) Satisfaction

 世界一のロッケンロールバンド、ローリングストーンズの日本最終公演。

ワールドツアーは今回で最後になるのではないかと思い、東京公演に行ったら、かつて無いほど最高の出来。だから、樽屋は急遽名古屋にも行ったのです。
 
ストーンズのメンバーは総勢200人のスタッフ共々、プライベートジェットで国内も移動の筈が、前日ミック以外の三人は新幹線で名古屋にやって来たとか。偶然同じ「のぞみ」に乗り合わせた人は握手とサインをしてもらったそう。いいなあ。僕たちは「上り」だったもんなあ。ミックは京都の友達の家に行ってたのかな。
裏情報によれば、名古屋のBのオーナーがミックとキース御一行様だけに鰻をご馳走したらしい。

今回、お疲れ気味のキースに代わり、ロニーが前面に出て、このツアー中にチャーリー達メンバーとストーンズナンバーのJAZZのCDを出したティム・リースとチャックのシンセが音を後押し。全面的に変えたPAで音響は抜群。 比類なきコンサートでした。

惜しむらくは、札幌、埼玉でがんばり過ぎたのか、オフの日の花見で疲れたのか、東洋最終公演は上海だという意識があったのか、名古屋では全員お疲れ気味。
ミックは何度も水を飲みにチャーリーの所に戻り、キースは左手オープンで何度も、お座り。東京などでは演ったミックのブルースハープから始まる”Midnight Rambler"が名古屋では抜けていたのは残念。

東京のバックステージには二人の寿司職人が常駐。クルーは食べ放題だったらしいけど、名古屋では何を食べていたのかな。

マスコミでは還暦を強調されているけれど、ビル・ワイマンは今年、古稀なのです。
ビルの抜けた前回のLICKS TOURはただの懐かしのヒットメドレーになってしまい、自己模倣にがっかりしましたが、ジャズとブルースが芯になっている、この二人のリズム隊が基盤になっていたからSTONESも、ここまでやってくる事が出来たことに違いないと思います。

やっぱり、名古屋も良かった。
だけど、伝記の迷訳を来日に合わせて出した出版社の社長(キースと同い歳)は大音響のせいで、難聴になってしまい現在入院中とか。もったいないなぁ。
 
尚、最高の出来と言われている四月二日の埼玉アリーナの様子は五月二十七日夜十時にWOWWOWで放送予定。その夜の観客総数は公称15000人だったとか。

2006年04月06日

名古屋にASTERあり

ストーンズの公演後に行った店が名古屋新栄の名門JAZZ喫茶「ASTER」
なんと、50年もやっているらしい。昭和32年!はしりでしょうね。
今も続けていることが奇跡!
マスターの橋本都直男さんは74歳とは思えないほど、カッコよかった。
若い時はさぞ、もてたんだろうな。
初めてなもので店の場所がわからなく路に迷い、電話をしたら、マスター自ら遠くから手を振って迎えに来てくれた。何で僕達だとわかったんだろう。
後でわかった事だけど、ASTERを知らなかったらモグリだと言われる位に有名な店だった。
残念ながら、最初の会話が「もう店は閉めるんだ」
実際は場所を移して、再開するらしい。また名古屋に行く時は絶対に寄ろう。

十代をJAZZ喫茶で過ごした私にマスターが選んでかけてくれた一枚がCHARLIE ROUSEの
「MOMENTE’S NOTICE」(勿論LP,CDともに廃盤)!!!

投稿者 diva : 10:44 | コメント (4)

2006年04月08日

樽屋 上海には行けず

遂に中国本土で滾石(クンシー)楽隊の公演が実現。
公称15000人で、中国人はほとんどいなかったとか。
チケットは残っていたらしいから、思い切って行けばよかったなあ。

キースは人民服を着ていたという偽情報は写真から嘘だと判断できます。
チャーリーがこの日、赤いTシャツを着ていたのは偶然かな。


Reuter/Nir Ellis

AP/G.Salvatore
中国の歌手崔健と"Wild Horses"を共演!
まさか中国語ではなかったと思う。
但し、ミックとの共演に緊張した彼の歌はハチャメチャだったとか。
仕方ありませんね。

日本からそのまま行った機材の一部
©taruya

上海体育館
1 Start Me Up
2 You Got Me Rocking
3 Oh No Not You Again
4 Bitch
5 Wild Horses
6 Rain Fall Down
7 Midnight Rambler
8 Gimmie Shelter
9 Tumblin' Dice
10 This Place Is Empty (kieth)
11 Happy (kieth)
12 Sympathy for the Devil
13 Miss You
14 It's Only Rock And Roll
15 Paint It Black
16 JJ Flash

17 Can't Always Get What You Want
18 Satisfaction

投稿者 diva : 10:46 | コメント (0)

2006年04月23日

幼稚園の卒園式に樽太鼓演奏

神戸市西区の「木津幼稚園」から、新しく樽太鼓(たる太鼓)12丁の注文を頂き、早速納品しました。

この木津幼稚園では卒園式で樽太鼓演奏が披露されたのです。
樽太鼓は「たるや竹十」のもの。
子供たちのエネルギーを思いっきり発散させてあげたいという園長先生の願い通りになりました。

写真は「神戸新聞」の地域ニュース記事です。新聞では「樽」という漢字を使うことが出来なくなりました。
「樽太鼓」も「たる太鼓」、或いは「和太鼓」になってしまいます。
木偏に尊の「樽」という漢字が新聞紙上から、消えたことは寂しい限りです。

ボランティアで園児に指導をしている坂本睦子さんは19歳。
各地で賞を総なめにしている神戸市立西高等学校和太鼓部の元副部長です。

また、この高校の太鼓を指導しているのは「和太鼓松村組」の同校教師松村公彦氏です。

2006年04月24日

杉樽材に蟻の道がある

杉樽を裏返したところです。
黒っぽい部分に二本の縦線が見えます。
これは不良品で、「蟻道(ぎどう)」と呼び、ここから水分が漏れます。

この黒い線は本当に蟻が通った跡だと思っていましたが、実はこの年輪の年に何か大きな雷や地震など、気象に大きな異変があった証拠なのです。

因みに台風で杉の木が大きく揺れた時には「うて」と言って、今度は横に罅(ひび)が入ってしまいます。
「うて」は杉樽の材料としては致命的でタガを締めると木は折れてしまいます。
建築材として使う時には支障はありません。

この他、「陽疾(あて)」といって岩石等が多い山で育った木は杉材も地質に負けないように硬くなってしまいます。これも杉樽材には不向きです。
樽職人の間の隠語で「あて」というのは酒の肴の事ではなく、悪いことの謂(い)いに用いられています。

こうした材料の選択も親方の重要な仕事のひとつなのです。

2006年04月25日

書を捨てよ、空へ登ろう

東京の高層ビル、新宿パークタワーの最上階(52階)から外を覗くと、もっと空に近い所で作業している人を見つけました。
パークハイハット東京の「ニューヨーク グリル」から更に上の鉄筋の上です。
樽屋の親方としては何の作業をしているのか気になって仕方がなかったのですが、声をかける事は出来ませんでした。
僕も高い所が好きで、学生時代に鳶職のアルバイトをしていた事がありますが、ここまで高い所には登れません。

22年前に死んだ天才、寺山修司の「書を捨てよ、町に出よう」(1967年刊)は翌年、カルメン・マキの主演によって新宿厚生年金会館で上演されました。

彼の遺作「さらば箱舟」の最後の台詞が壮絶です。     

 「百年たったら帰っておいで」

2006年04月29日

樽屋 ホイットニー美術館コレクションを観に行く

一ヶ月以上前から開催されていて、行く機会がなかった同展に合間をぬって行って参りました。
20世紀のアメリカ美術を語る時に外せないのが、ここを創設したガートリュート・ヴェンダービルト・ホイットニー(1875~1942)と後継者の娘と孫です。

ポスターになっているロイ・リキテンスタインの「窓辺の少女・・・」の印刷点描を更に網をかけてオフセット印刷すると何故か意味が無くなってしまう様な気がします。
プレスリーを描いたアンディ・ウォホールの作品も画集などではなく、実物を見ないとその迫力を理解することは出来ません。

さるにても、展覧会を観ながら居眠りをしてしまったのはこの催しが初めてです。

問題の兵庫県立美術館にて5月14日(日)まで

出口前に展示されていた、バスキアの「自画像」と「LNAPRK」の二点

2006年04月30日

休日も四斗の杉樽の出荷

四月最後の日曜日、樽屋は休みたかったけれど、注文が来ればそうは行きません。
杉樽の基本、四斗の酒樽がたくさん出荷されました。

昔は杉樽といえば四斗樽だけでした。
一斗の杉樽は「小樽」、二斗の杉樽を「半樽」と呼びます。

今では、容量が半分だけの杉樽のことも「ハンダル」と言う様になって混同しますが、
本当は「ハンダル」とは二斗の杉樽のことです。

たるや 竹十

  • たるや 竹十



  • 写真及び記事の無断転載はご遠慮下さい
  • About 2006年04月

    2006年04月にブログ「酒樽屋日誌」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

    前のアーカイブは2006年03月です。

    次のアーカイブは2006年05月です。

    他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

    Powered by
    Movable Type 3.35