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江戸の世に遊ぶための小さな道具 煎茶器 

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樽屋竹十が創業された文政二年とは柏木如亭が亡くなった年でもあり、
菊池三渓が生まれた年でもあります。
漢詩や煎茶が盛期をむかえていた時期です。
文人墨客へ対する、造り酒屋の旦那さん達の援助がなければ成り立たなかった世界でもありました。
酒樽屋の親方たちも当時は、その末席に位置していたようです。

旦那衆のなかでも代表的な人物が大阪の木村蒹葭堂
伊丹の岡田利兵衛です。両者共に造り酒屋を営んでおりました。
旦那衆はこのような席を文化的な社交の場とみなし、当時の文人達を自宅に逗留させたり、
書画を買い上げたりしつつ自宅を解放し知的サロンを開催して、
情報交換を兼ねながら自身の文化的レベルを高めていきました。
現在では残念ながら、そのような粋を極めようとする老舗の旦那衆が少なくなくなりました。
前述の木村家、岡田家ともに現在は酒造を営んでおりません。

明石市立文化博物館で「兵庫の陶磁 煎茶の器」という展覧会があります。
8月29日から9月27日まで
兵庫県の陶磁器、すなわち珉平や三田を中心に京焼も含めた展示。
チラシの紫泥大茶罐は黄檗山萬福寺所蔵の宣興窯。高さが12センチ以上あります。まさに「ヤカン」ですね。

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たるや 竹十

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    2009年09月08日 12:14に投稿されたエントリーのページです。

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